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Route2・これが僕の兄弟だよ / 神木・九郎
白い息を吐きながら、両のポケットに手を突っ込んで歩くのは神木・九郎だ。
彼はポケットの中で握り締めた封筒に想いを馳せ、そして僅かに笑みを零した。
「今日は想像以上に実入りが良かったな」
そう語るのは、今日のバイトの成果だ。
ポケットの中で握り締める封筒は、札と小銭が入り混じった給料袋で、その中身は元々の値段よりも色が付いて入っている。
正直言って、内容以上に良い収入になった。
だからこそ、こうして笑みが零れるわけだが、こう懐が暖かくなると人間欲が出る。成長盛りの九郎からすれば腹の具合が気になるのは当然のことだろう。
となれば、自然と考えるのは食べ物のことなわけだ。
「久々に美味いもんでも食いたいが……」
そこまで口にして思い出す。
「……この間食ったＢＢサンド美味かったな」
ちょうどひと月ほど前の事だろうか。
辰巳・梓と名乗る男が働いていた奇妙な店で食べさせてもらったサンドウィッチが彼の記憶に濃く残っている。
量も味も申し分なし。
あれをもう一度、しかも収入をそんなに減らさず食べれるなら彼にとって文句のつけようもない。
それに時間的に、ランチを行っている時間だ。今から行けば梓も居るだろう。だが、気になることが１つ。
「……野郎が執事を指名するってのはどうなんだろうな」
そう。梓が働いているのは執事＆メイド喫茶だ。
そして先日足を運んだ時は、男である自分が執事を指名していたことからかなり注目を集めた。
それを思うと気後れしてしまうのは仕方がないだろう。
「でもまあ、気にし過ぎだよな。ダチが遊びに行くってこともあるだろうし……って、ダチか」
ふむ、と視線を落とす。
友達と呼べるほど接点がある訳でも無し、かと言って知らない間柄でもない。所謂、知人の粋なわけだが、何かが気に掛かる。
「あー……とりあえず、持ち帰りにして貰うか……ん？」
そう言って梓の働く喫茶店に向かおうと歩き出した時だ。目の前を見覚えのある金髪が通り過ぎた。
あの長身具合と燕尾服とくれば、見間違えるはずはないだろう。
「何だ。店に居なかったのか」
今のは間違いなく梓だ。そして彼は店と逆方向に歩いて行った。
つまり、今店に行っても梓はいないわけで、目的の店員割を適応して貰う事も出来ない。そうなると完全自腹な上に、給料を多く削ってしまうことになる。
「仕方ない。今日の所は帰るか……って、そうだ。いつが出勤かだけでも確認しておくか」
梓が店に居れば社員割が適応される。それを考えれば当然の行動だったのだが、これが大きな転機となった。
「！」
突然、首の後ろがチリリと痛んだ――瞬間、彼の目が頭上に飛ぶ。
「またかよ！」
叫んで飛躍した先に見えたのは、黄金の鬣を持つ獅子だ。とは言っても、この獅子普通じゃない。
「この感じ、ただの獣じゃないな……」
これはほぼ直感だ。だが、九郎の直感が外れたことは殆どない。特に、こうした危機的状況では。
「くそっ！」
グルグルと喉を鳴らしてこちらを見据える金色の瞳に舌打ちが零れる。
どう見ても相手は接近型。しかもかなりの力を持っていると判断できるだろう。
近付けばあの大きな腕で薙ぎ払われるだろうし、何より持っている牙が危険すぎる。だからと言って、近付かなければ倒す事も出来ない。
「……どうするか」
慎重に間合いを計りながら、獅子への対応策を練る――と、その時だ。
「手を貸すよ」
「！」
後方から聞こえた声に九郎の目だけが動く。
そして一気に通り過ぎた金糸の髪に二度目の舌打ちが零れた。
「無理すんな！」
一気に敵との間合いを詰める梓に叫び、九郎もまた地面を蹴った。
一気に近付く間合いと、それに合わせて飛び込んできた獅子に拳を引き結ぶ。その間、梓の手が獣化している事に気付いたが、今はこの獅子をどうにかする方が先だ。
九郎はもう一度梓の手を見、そして一気に足を加速させた。
「力はお前の方が有りそうだ。俺が奴の注意を引く。隙が出来た所で一気に決めろ！」
言い終える頃には、彼は完全に獅子の前に立っていた。その姿に「無茶するのはそっちじゃないか」と呆れた声が聞こえたがこの際気にしない事にする。
「さて、その牙とこの拳、どっちが強いか勝負と行こうか！」
こうした熱いのは趣味じゃないが仕方ない。
拳に全身の気を巡らせて息を吸う。その動きに合わせて獅子が口を開くと、同時に大きな手が爪を覗かせて襲い掛かってくるのが見えた。
「……そうだ。そのままこっちを向いてろッ！」
僅かに引き上がった口角をそのままに、九郎の拳が獅子の口を突いた。それと同時に凄まじい衝撃音が響く。
「っ、固い牙だな……もう一撃！」
言って、すぐさま拳を引いて飛躍する。と、それを見計らうように獅子の腕が降ってきた。
それを自らの脚で一掃して、もう一度接近を試みる。その目に対面へと到達した梓が見え、九郎は目で頷いた。
「チャンスを逃すなよ」
誰とも無しに呟き、再度拳を振り上げる。
そこに獅子の咆哮が響き、双方は互いに止めを刺すよう足を踏み出した。
「これで終いだっ！」
風を切って撃ち込まれる拳が、獅子の口腔を貫く。そして、同時に獅子に触れた箇所から鋭い衝撃が響いてきた。
そう、梓が獅子の背から拳を突いたのだ。
だがただ拳を突いた訳ではない。
「マジか……」
獅子の急所を抉るように突き入れられた拳が見える。
あそこまでの力、普通の人間なら成しえないものだ。そもそも、あの手を見る限り、梓も普通の人間であるはずはないのだが……。
「離れて」
「！」
囁くように響いた声にハッとした。
急いで獅子から腕を引き抜き飛び退くと、梓も手を引くのが見えた。
その手に握るのは――獅子の心臓。
未だ小刻みに振動を撃つそれを握り締める手は、やはり人間の物ではない。
「……まあ、関係ないな」
人と違う力を持つのは自分も同じだ。それにそうした人間を見るのは初めてじゃない。今まで何度も、何人も、どうした人間を見て来ている。
九郎は腕に付着した唾液と、僅かに着いた傷を見遣り、そして改めて梓を見た。
「あんま面倒事に首突っ込むなよ。痛い目みるぞ」
自分のことは完全に棚に上げた状態だが、これは無意識だ。そもそも先程の役割分担も、彼の方が危険だったのだが、それすらも自覚がない。
言ってしまえば、根っからの巻き込まれ体質＆危険体質なわけだ。
「でもまあ、今回は助けられたな」
「それはお互い様だよ。えっと……怪我は少しあるみたいだね。でも、そのくらいなら平気かな？」
「この位は怪我の内に入らない」
言って腕を振って見せる。
その上で梓を見ると、彼の手は人と同じ形に戻っていた。それを見て思う。
手の変化はともかくとして、梓が良い奴であることに間違いはない。ここ何回か接してみて、それは十分伝わってきた。
「確か辰巳、だったよな」
そう問い掛けながら記憶を探る。
そうして思い至った。自分がまだ自己紹介をしていないと言う事に。
「俺は九郎。神木九郎だ」
よろしく頼む。そう言いかけた所で、小さな影が無数に駆け込んできた。
「梓兄ちゃんだ！」
「あず兄ー！」
次々と駆け寄って来たのは５・６人の子供たちだ。彼等は梓を取り囲むと、口々に何かを放し始めた。
「梓兄ちゃん、今日はどうしたの？」
「お仕事の服着てるー！」
嬉しそうに話しかける姿からして梓の兄妹だろうか。しかしその数は多いし、何より顔が違い過ぎる。
「……これは？」
「ああ、僕の兄妹だよ。僕、そこの孤児院出身なんだ」
そう言って梓が示したのは、道先にある教会風の建物だった。
よく見れば、そこから顔を出している子供が更に何名か見える。
「なるほど……帰宅途中だったのか」
それで店から逆方向に進んでいたんだな。そう思い至って「ふむ」と思案する。
今の状況で出勤状況を聞くのは野暮という物だろう。
状況から察するに、仕事の休み時間を抜けて来たのだろうから。
「それなら用件はまた今度にするかな」
そう言って去ろうとした時、九郎の腕を引く者があった。
「？」
「お兄ちゃん、梓兄様のお友達？」
小さな女の子が、九郎の腕を引いて問いかけている。その様子に、梓が女の子の頭を撫でながら頷いた。
「そうだよ。あ、そうだ！ 折角だからお茶でもどうかな？ 消毒液も出すよ」
お茶と消毒液のセットと言うのも奇妙な物だ。だが、断る理由も無いだろう。
それに……
「お兄ちゃん、一緒に来る？」
この子供の期待に満ちた目を裏切るのは忍びない。
「わかった。ただし、長居はしないかな」
梓もそう長居をするつもりはないだろう。
折角なら、彼に同行して店に戻る時に一緒に行けば、目的の社員割も適当されそうだ。
「よかったな。お兄ちゃんも一緒に来てくれるってさ」
「やったー♪」
嬉しそうな子供達。
それを見守る梓の視線はとても穏やかだ。
さっきまで化け物と戦っていたなど、到底思えない程に。
「……こいつも、いろいろ事情があるのかもな」
九郎はそう零すと、子供の手を取り歩き出した。その視界に、子供達と楽しげに話をする梓の姿を置きながら。
ＥＮＤ
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
登場ＮＰＣ
【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員＆高校生 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは「りあ☆」シナリオルート２への参加ありがとうございました。
完全に欠食児扱いされている九郎ＰＣですが、やはり戦闘だと活き活きしてくる気がしますね。
書いていてとても楽しいです。
今回、ようやく自己紹介が終了し、ようやく次回からは梓も名前を呼べるのではないかと思います。
どう呼ぶかは、次回までのヒミツと言う事で。
ではまた機会がありましたら、大事なＰＣ様を預けて頂ければと思います。
このたびはご発注ありがとうございました。
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