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<東京怪談ノベル(シングル)>


令嬢くのいち、廃墟に舞う


 標的を見失った傭兵たちが、自動小銃を手にしたまま慌てふためいている。
 彼らの背後に、細身の人影が1つ、軽やかに着地した。艶やかな黒髪が、ふわりと舞い上がる。
「……私を、お探しかしら?」
 端麗な唇が、にこやかに言葉を紡ぐ。
 傭兵たちが、慌てて振り向いた。4人。屈強な身体に、ゴテゴテと防弾装備をまとっている。
 こんな至近距離では今ひとつ役にたて辛い自動小銃を、それでもとっさに構えようとしながら、4人の傭兵は絶命した。彼らの首筋を、一瞬の閃光が走り抜けていた。
 白兵戦用の、大振りなクナイである。
 それを左右の手に1本ずつ握った人影が、倒れゆく傭兵4人の中心で、ふわりと動きを止めた。
 魅惑的な女の凹凸が、過酷な鍛錬によってしっかりと保たれた身体に、丈の短い戦闘用の着物がまとわりついている。その下には薄手ながら強靭な黒のインナーを着込んでいるのだが、まるで裸のように身体が軽い。
 豊麗なヒップラインを覆うミニのプリーツスカートからは、美しく鍛え込まれた左右の太股がスラリと現れている。優美な脚線が、ロングブーツで戦闘的に彩られた両足へと続いてゆく。
 その足元に、傭兵4人の屍が、崩れるように倒れ込んだ。
 同じような、武装した男たちの屍が、あちこちに横たわっている。
 屈強な傭兵の1個部隊が、全滅していた。
 死屍累々と言うべき光景の真っただ中に今、琴美は優雅に佇んでいる。
 水嶋琴美。19歳。忍者の血を受け継ぐ家系に生まれ、今は現代の忍びとして自衛隊特務統合機動課に所属し、公務員でありながら公には出来ない仕事を行っている。
 今回の任務は、一見すると郊外の単なる廃墟でしかないはずの建物への潜入である。
 元々は、病院であったらしい。
 今は、いわゆる廃墟マニアが好んで寄り付くような、寂れた場所となっている。
 その廃病院の、荒れ果てた待合室で、琴美はいきなりの歓迎を受けていた。
 場所が場所だけに、何やら出ると言われてはいるようだが、琴美を出迎えてくれたのはそういった類のものではなく、生きた人間の傭兵たちである。
 1人残らず死んだ傭兵となっている事を、琴美はちらりと見回して確認した。
 こんな傭兵団を雇って身を守りながら、何かをしている輩がいる。この廃病院に、隠れている。
 一体どのような輩であるのか、どのような悪事が進められているのか、潜入して探り出すのが琴美の今回の任務である。
「探り出した後、これを殲滅せよ……と。まあ、そういう事ですわね」
 琴美は苦笑した。自分に仕事が回って来たという事は、すなわちそういう事だ。
 ともかく、この廃病院が実はまだ営業中である事は、この傭兵たちを見ても明らかだ。行われているのが、真っ当な医療業務ではない事も。
「汚らしいお金儲けしか出来ない、貧しい方々がいらっしゃいますのね。この奥にも」
 冷たく美麗な嘲笑を浮かべつつ、琴美は足取り軽く歩き出した。
 その足を、すぐに止めた。
 むくり、と気配が生じたのだ。
 もう1度、琴美は見回してみた。
 屍であるはずの傭兵たちの中から、3人が、よろよろと起き上がりつつある。
 全員、屍である事は疑いない。クナイで頸動脈を断ち切り、心臓その他急所を正確に刺し貫いた手応えは、琴美の両手にしっかりと残っている。間違いない、絶命の手応えだ。生きているはずがない。
 人間であれば、の話だが。
 任務開始前に聞いた司令官の言葉を、琴美は思い出してみた。
 この病院が営業停止処分を受けたのは、患者を使って人体実験を行っていたからであるらしい。
 その実験が、廃病院となった今でも、密かに行われている気配がある。司令官は、そう言っていた。
 結局どのような実験であるのかは公になっていないが、今、どうやら明らかになりつつある。
 この傭兵3人の肉体にも、その実験が施されているのは、間違いなさそうであった。
 よろよろと立ち上がった3人の全身から、防弾装備がちぎれ飛んだ。
 その下から、甲殻、獣毛、鱗と、3種類の外皮がメキメキと盛り上がって来る。
 3人の傭兵は、甦りながら人間ではなくなっていた。
 四肢に頭1つという、一応は人間の体格をした、1人は蟹、1人は狼、1人は魚。
 蟹男に狼男に半魚人、としか呼びようのない怪物と成り果てた傭兵たちが、銃器を拾おうともせずに素手で飛びかかって来る。蟹男はハサミを振り立て、狼男と半魚人は牙を剥き、琴美を襲う。
「あらあら……何だかよくわからない病気に罹っておられるようですわねえ、かわいそうに」
 哀れみながら琴美は、柳のように身を揺らした。突進して来る狼男と半魚人の間を、グラマラスな細身がユラリとくぐり抜ける。鋭い爪の生えた獣の剛腕が、ノコギリのような怪魚のヒレが、唸りを立てて空振りした。その風が、艶やかな黒髪を舞い上がらせる。
 紙一重の回避を終えた琴美に、蟹男が迫っていた。他2名と比べて速度は劣るものの耐久力は格段に上であろう甲殻質の巨体が、鉄骨をぶつ切りに出来そうなハサミを猛然と叩き付けて来る。
 かわしながら、琴美は身を翻した。巨大なハサミが、傍らをブンッと通過して行く。
 3名とも間違いなく、人間であった時とは比べ物にならぬほど、身体能力も攻撃の正確さも向上している。ただ人間としての知能は、ほとんど失われているようであった。だから銃も使えない。
「それで忍びを倒そうなどと……少しばかり、おめでた過ぎるのではなくて?」
 出るべき部分は豊満に膨らみ、凹むべき部分はしなやかに引き締まった細身が、回避運動の勢いを保ったまま、高速で翻った。艶やかな黒髪が弧を描いて宙に広がり、瑞々しい果実を思わせる胸の双丘が、インナーや着物を振りちぎってしまいそうな勢いで横殴りに揺れる。
 それに合わせてクナイが一閃し、蟹男の後頭部と首の間、甲殻の隙間に深々と突き刺さった。
 刺さったままのクナイを手放しつつ、琴美は跳躍した。そして空中から、もう片方のクナイを投擲する。
 琴美を見上げ、牙を剥いた狼男の脳天に、流星の如く飛んだクナイがズドッ! と突き刺さる。
 着地する暇はなかった。空中の琴美を狙って半魚人が、大型のヒレを広げて翼の如くはためかせ、跳躍したところである。半ば飛行に近い跳躍。トビウオの能力でも与えられているのだろう。
 ギラリと剥き出しになった牙は、トビウオと言うよりピラニアである。
 凶暴に食らいついて来たそれをかわしながら、琴美は半魚人の身体に両腕を巻き付けていた。
 優美にして強靭な左右の細腕が、鱗だらけの異形の肉体にしっかりと抱きつく。食べ頃のメロンあるいはグレープフルーツにも似た胸の膨らみが、半魚人の身体にムニュッと押し付けられる。
 いくらか気持ち良い思いをさせてしまっているかも知れない、と思いながら琴美は捕えた敵もろとも、真っ逆さまに落下して行った。
 半魚人の頭部が、床に叩き付けられた。頸骨の折れる音を、琴美は間近で聞いた。
 いくら人間でなくなろうと、脳を有する生物である。脳と全身との連結を断たれるか、あるいは脳そのものを抉り潰されれば、生きてなどいられない。
 人間ではなくなる奇病にでも冒されたかのような元傭兵たちの屍から、クナイを引き抜いて回収しつつ、琴美は声をかけた。
「ふふっ、お大事になさいませ……」
 自分にナースの服は似合うだろうか、などと考えつつ琴美は軽やかにブーツの足音を響かせ、廃病院の奥へと向かうのだった。