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<東京怪談ノベル(シングル)>


令嬢くのいち、殲滅を嗜む


 十数個もの人間大のカプセルが、ずらりと並べられている。円筒形の、柱のようでもあるカプセル。
 それらの中に、この病院の患者たちはいた。
 様々な年齢の男たちがカプセルの中、一糸まとわぬ姿で、謎めいた液体に浸されている。うち何人かは、先程の傭兵たちの如く、人間ではなくなっている。
 この患者たちを管理しているのであろう電子機器類が、妖しく色とりどりに点滅し、それが照明となっていた。
 傭兵たちが使用していたのであろうエレベーターで、廃病院の最下層まで降下し、扉を開いた途端。そんな光景が琴美の視界に広がったのである。
 患者たちを内包した円柱カプセル十数本の間を歩き抜けながら、琴美は言葉を発した。
「……一体どんなお金儲けを企んでいらっしゃいますの?」
『金儲けではない。高尚なる国家事業の一環である』
 円柱カプセルの1本が、答えた。
 それは他のカプセルと違って、この場の最奥部、上座のような場所に1本だけ、偉そうに立てられている。
 その中を満たす液体に浮かんでいるのは、成人男性のものと思われる、1個の脳髄だった。
 それが機械を通じて、尊大なる合成音声を発しているのだ。
『何の役にも立たぬ者たちに、国のために戦う力を与えてやろうと言うのだ。大変、意義のある事業だとは思わんかね』
「あなた……院長先生、かしら?」
『さよう。国を憂える方々から、この病院を任されている者だ』
 司令官から聞いた話を、琴美は思い出してみた。
 この病院が、人体実験の発覚によって営業停止処分を受けた際、院長は自殺したのだという。
 黒幕を庇うために自殺したのか、させられたのか。
 とにかく死んだはずの院長が今、脳髄だけになって、カプセル内部に浮かんでいる。
 1つ、わかった事がある。
 人間を、人間ではないもの……生ける兵器へと、作り変える実験。それを、発覚した後も隠蔽し、こうして密かに続行する。
 そのような事が、一個人や一企業に出来るものとは思い難い。間違いなく、国家が関わっている 院長の言う「国を憂える方々」というのも、恐らく政府関係者であろう。
『国を守る。それはな、このような連中を役に立てるという事なのだよ』
 脳髄だけになった院長が、得意気に語る。このような連中というのは、十数本の円柱カプセル内にいる患者たちの事であろう。
『人を殺す力を与えてやる。そう声をかけて小金を見せつけただけで、こうして自ら集まって来て実験材料になってくれる……ありがたいが、まあ社会のクズとしか言いようのない者どもだ。こういう輩を、最強の兵士に作り変える。生身で海を泳いで敵国に上陸し、銃も使わずに殺戮を行う、究極の生ける兵器にな。これほど有効な国防策が他にあるかね? お嬢さん』
 円柱カプセルのいくつかが、破裂した。強化ガラスらしきものの破片が、液体の飛沫と共に飛び散る。
 究極の生ける兵器。院長にそう表現された患者たちが、床に立つと同時に琴美を取り囲んだ。
 4人、と言うか4体いる。
 全員、四肢に1つの頭部という人間の体型は保ちながら、人間ではない生き物と化していた。
 1体は、2メートルを超える巨体である。毛むくじゃらのその姿は、熊のようでもあり、ゴリラにも似ている。
 1体は対照的に、子供のように小柄だ。粘膜外皮に覆われた身体は、いくらか猫背気味に曲がっており、手足には水掻きが広がっている。蛙に似た姿の男である。
 蛙がいるから、というわけでもあるまいが、蛇もいた。四肢のひょろ長い身体から、毒蛇の首がニョロリと伸びて牙を剥き、細長い舌をうねらせている。
 4体目は、人型の昆虫だった。全身、外骨格に覆われ、口元では大顎がギチギチと凶暴に鳴っている。
『社会の役には何一つ立たぬ者どもに、有意義な生き方をさせてやろうと言うのだ……邪魔はさせんよ!』
 院長の言葉を号令として、4体の生体兵器が一斉に襲いかかって来た。
 最も速いのは、蛇男である。胴体は動かさずに首だけを超高速で伸ばし、琴美の細首を狙って大口を開き、美しい首筋に毒牙を突き刺そうとする。
 ひょい、と頭だけを動かして毒牙をかわしながら、琴美は右手のクナイを思いきり突き上げた。
「頭部だけで攻撃を仕掛けて来るなんて……御自分の首級を、敵に差し出すようなものですわよ?」
 そのクナイが、蛇の頭部を、喉元から脳天へと思いきり貫通した。
 琴美は、突き刺さったままのクナイをぐいと引き寄せた。
 楯となる格好で引きずり寄せられて来た大蛇の首に、琴美を狙った人型昆虫の大顎が食らいつく。
 その大顎が再び自分に向かって来る前に、琴美は左のクナイを突き込んだ。切っ先が、人型昆虫の頸部、甲殻と甲殻の隙間を正確に抉った。
 脳と全身を繋ぐ神経の束を、根こそぎ切断した手応えが、クナイから左手にザックリと伝わって来る。
 その間、別方向からは、毛むくじゃらの巨漢が殴りかかって来ていた。熊のようなゴリラのような剛腕が、琴美を撲殺せんとしてブンッ! と唸りを立てる。
 右のクナイを手放しつつ、琴美は跳躍した。唸りを立てる一撃が、足元を通過した。
 標的を見失った巨漢の頭部に、琴美は空中から両手を差し伸べた。熊にもゴリラにも見える毛むくじゃらの頭部を、しなやかな左右の繊手がしっかりと掴み押さえる。
 その状態で琴美は倒立し、全身を思いきり捻った。凹凸の瑞々しい身体が、逆さまのまま竜巻の如く捻転する。美しく力強く引き締まった両脚が、ローターのように弧を描いて猛回転した。
 その蹴りが、跳躍して来た蛙男を迎撃した。猫背気味の小柄な身体が、美脚の一閃に打ち据えられて墜落する。そして手足の水掻きを広げ、ベチャッと着地する。
 琴美は、巨漢の頭から両手を離した。解放された頭部が、だらりと垂れ下がる。頸骨が、捻り折られていた。
 3体の生体兵器が、屍となった。
 残る1体、蛙男が、着地直後の這いつくばった姿勢のまま、再度の跳躍・襲撃を試みようとしている。
 そこへと向かって、琴美は落下して行った。猛禽にも似た、急降下。
 左のクナイを逆手に構え、思いきり振り下ろしながら、琴美は着地した。
 振り下ろされたクナイが、蛙男の脳天を穿ち抉った。
『な……な、なななな……』
 円柱カプセルの中で、脳髄だけになった院長が絶句している。
 生体兵器の屍からクナイを引き抜きながら、琴美はユラリと立ち上がった。
「ふ……最高の、お仕事ですわ」
 琴美自身の事ではない。この、新しい戦闘服である。
 本当に、風の如く身体が動く。
 この任務においては、装着物との間の僅かな違和感さえ命取りになる。それを、特務統合機動課の技術者たちは、よく理解してくれている。
「それに比べて、貴方のお仕事……お粗末でしたわね、院長先生」
『ま、ままま待ちたまえ、何をする気だ』
「そうですわね、まずはお訊きいたしましょうか……国を憂える方々とは、具体的にどなた様やどちら様?」
 強化ガラス越しに琴美は、脳髄に向かって優しく微笑んだ。
 院長が合成音声で、いくつかの人名を白状する。
 何の事はない。特務統合機動課でも目をつけている人々の名前と、完全に一致した。
「新しい情報は得られず……という事ですわね」
 琴美は院長に背を向けた。艶やかな黒髪がふわりと舞い、そしてクナイが一閃する。
 強化ガラスが、切断された。円柱カプセルが、切り倒されていた。
 液体が溢れ出し、合成音声が耳障りなノイズに変わり、やがて静かになった。
 まだ無事なカプセルが、何本もある。それらの中では男たちが、人間の姿をとどめたまま眠っている。彼らの救助は、特務統合機動課の医療班に手伝ってもらわなければならないだろう。
 人を殺す力を欲し、自ら実験材料となった者たち。院長は、そう言っていた。
 この世の中、確かにそういう輩もいるだろう。
 守るべきは、子供たちだけではないのだ。こういう者たちが不満をくすぶらせながらも平穏に過ごす日常。それもまた、守らなければならない。
「良くてよ……どなたであろうと、守って差し上げますわ」
 まだ見ぬ任務。そこで出会うであろう数々の敵に、琴美は微笑みかけていた。