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<東京怪談ノベル(シングル)>


 - 胡蝶、蛇を食す -


「まったく、人使いが荒いですわ」

 月夜に舞う影あり。
 さながら胡蝶の如く流麗である。

「お国の警護で手一杯だからって、私一人にテロ組織を丸投げなんですもの。」

 吐息が暗がりに溶ける。
 四肢はしなやかに跳ねる。

「少々派手に壊してしまっても、よろしくて?」

 呟きは浮世に沈む。
 月光に煌めく唇が艶やかに孤を描いた。



「Happy New Year!!」と、世界中で新たな年の幕開けを華々しく祝った同時刻。
 政府宛に犯行予告が届いた。

「日の出と共に、永田町を盛大な聖火として新年に捧げてやろう」

 なんとも幼稚な内容だったが、十字架を巻いた蛇の刻印が特徴的だった。
 最近巷を騒がすテロ組織で、ホワイトハウスに喧嘩を売ったり、戦場でも自爆テロなどを行う過激で危険な犯罪組織である。見過ごすことはできない。
 受信したメールを逆探知し、居場所を突き止めた。
 場所は歌舞伎町のごく奥まった場所だった。

「木の葉を隠すには森の中、というわけか」

 探知位置を見定めて司令官は呟く。
 自慢の顎髭を何度もさすり、渋い声で続けた。

「しかし、時期が悪いな。最悪といってもいい」
「どういうことですの?」

 背後から若い女の声が帰ってきた。
 手すりに腰掛け、グローブをはめた左手で体を支えている。
 右手は携帯端末を持ちながら任務の内容を確認していた。
 組んだ足の太ももからは体をフィットする黒のスパッツが覗き、足の先は空中に投げ出されている。
 ふくらはぎと大腿筋は程よく締まっているが、筋肉質でもないので、つま先までの魅惑的なラインを描く。
 ヒールの高い編上げブーツが膝まで覆い、腰にはミニのプリーツスカート。
 スパッツを履いてるとはいえ、組んだ両足の内側、極ミニのスカートの方に視線が泳いでしまう。「セクハラですわよ?」と司令官に釘をさした。
 咳払いをして視線を上に持っていく。
 水仙柄の着物、というには革新的な形状の上着を着ている。
 元は高価な着物であったであろうそれは、両腕を肩の部分で切り取り、帯は緩めに巻いてある。
 着物の内側にはスパッツ同様に密着タイプのインナーを身につけている。伸縮性と機能性に優れ、豊かな胸をたしなめるもグラマラスな体型から発する色香は隠し切れない。
 後ろで束ねたロングヘヤーはよく手入れされている。
 司令官はコホンと一つ咳払いをした。

「各ご要人方が年始の挨拶回りをするために、今回我々が護衛の任に付くのだが……。その御蔭で人手はが足りないのだよ」
「それでも情報要因で一人や二人はまかなえるでしょう?」
「残念ながら一人も、だ」
「……一人も?」
「そうだ」


 仕方ないとはいえあまりに投げやりな任務の内容を思い出し、はぁ、とひとつため息をつく。
 自分が失敗することはないだろうが、もう少し組織の協力があってもいいのではと、そこでふと意外な自分に気づく。

「私が他人と協力することを望んでいるだなんて」

 今までも一人でなんでもこなしてきたし、その自負もある。けれど、今仲間という存在を強く意識している。
 ふっと笑みを呟いて、冷たい夜風で思考を切り替えた。

「考えても仕方ないですわね」

 繁華街の奥まった場所にある、地下へと続く階段。
 入口の看板はBarの文字。

「本当にこんなところにあるのかしら」

 そんな心配も杞憂だった。
 階段を降りていくと「テロ実行本部はこちら」との張り紙がしてある。

「……一応、間違いなさそうですわね」

 なんとも言えない間の抜けた感じに軽く目眩を覚えた。
 用心してドアを開ける。
 中は意外と広かった。
 一つの研究所くらいはまるまる入ってしまうくらいで、周囲に人影は見当たらない。
 物陰に隠れながら進み、見つけた扉の奥から人の声が聞こえた。
 政府……我々……鉄槌を……と途切れ途切れでよく聞き取れないが、実行犯達はここに集まっていることだろう。
 琴美はふっと短く息を吐き、目を閉じた。
 ゆっくりと開いたその眼光は冷徹な色へと変わっていた。
 ドアを蹴破り、同時にクナイを8本投げながら室内に突入する。
 室内にいた全員の視線が集まり、奥から男が怒声をあげた。

「きーーーさまは何者ダァアア」

 甲高い非常に不愉快な声に眉を潜める。
 長いロングテールを後ろに振り払い、最初のクナイで倒れた一人に片足を乗せて言い放つ。

「永田町の襲撃を辞めていただけないかしら?大人しくしてくださるのでしたら、私も命までは奪ったりしませんわ」

 奥の白衣風の男は顔を真っ赤にして目一杯喚いた。

「おーーーれたちのけいかぁぁくを邪魔するとワァアア」

 男は、実に分かりやすいスイッチを取り出した。

「今すぐミサァァァイルでぇぶっっっこわぁぁしてヤルゥウウ」
「少しお黙りなさい」

 奇声に耐えかねた琴美は瞬きのうちに男の背後を取り、強烈な掌打を見舞った。危険なスイッチもクナイで寸断する。
 ジャキッと一斉に銃口が向けられる。
 テロの実行犯は高度な訓練を受け、重火器で武装したプロの集団だった。
 高度な訓練……というのは、軍隊出身のものが大多数だったためだろう。
 国のために働く者たちが反旗を翻したのは志を違えた、ということだろうか。

 バァンと一発の銃声が響く。
 琴美の肩に向かう弾丸を、キンッと甲高い金属音と共にクナイで弾いた。
 その一発を皮切りに他の銃口からも火が吹く。
 だが、それらが一発たりとも琴美に当たることはなかった。飛び交う弾幕を寸でのところで避ける。
 右へ、左へと動いている大きな的に当たることはなく、敵が視覚で捉えた琴美の映像は全て残像だった。
 ドサッ、ドサッっと次々となぎ倒していく琴美。
 クナイで銃身を切り裂き、手刀で頬を強打。戦闘不能になった相手を大きく蹴り飛ばし、別の集団を突き飛ばす。
 武装した集団を前にしても、琴美の強さは圧倒的だった。
 施設内の敵全てを気絶させ、任務を完遂した。
 髪を止めていた簪を引きぬくと、ふわっと艶のある黒髪が舞うように落下する。
 肩かかった一房を人差し指でいじりながら憂い気に呟く。

「こんなに弱くてテロだなんて、呆れてしまいますわね」

 そう呟いた琴美はどこか満足気でもあった。
 壁面は傷だらけで無数のクナイや手裏剣などが刺さっており、天井は崩れて2階が落ちてきた部屋もある。
 地面には大きなクレーターが至る所に出来ており、瓦礫と一緒になってテロ組織の人間も山積みになっていた。
 この壮絶な光景は相手の考えなしの銃撃5割、琴美の攻撃5割、といったところである。
 壁に背を預け、ほぅっと吐息を吐く。
 戦闘の興奮状態のせいか、頬はわずかに上気して朱を帯びている。
 瞳はどこか呆けた表情で唇から漏れた。

「少し、やりすぎてしまったかしら……」