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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −tractus−





 年末年始――特に師走という言葉の通り、年の暮れは何故だか非常に忙しく、何時もよりも時計が早く進む気がして、足取りも自然と早足になっているような気さえしてくる。
 セレシュ・ウィーラーも――日本人ではないが――日本と言う風土で生きる中で、自然とそんな感じでクレを過ごす様になっていた。
 何が必要かと頭で思い浮かべながら指折り数える。
 年越しソバ。手持ち無沙汰になった時用にコタツにミカン。正月の鏡餅に、店先と自宅両方の玄関に置く門松。
 そういえば今年の紅白は誰が出るだろうとまで考えて、セレシュの足が止まった。
 それは、あの時セシルが居た公園に差し掛かったから。
 また彼女がいるとは限らないが、セレシュの足は自然と公園の中へ進んでいく。
(居た―――)
 ベンチで白い息を吐きながらそっと辺りを見ている少女。
 着込んでいる自分の恰好と比べればかなりの軽装で、寒さを感じているのかどうかさえ妖しい。
「こんちは、セシル」
 セレシュは声をかけながら、軽く手を上げる。
「あなた――…」
 驚いたように一瞬瞳を大きくするも、セシルの顔は直ぐに穏やかな物へと変わる。
「こんにちは」
 行間に何か言おうとして止めたような雰囲気を感じつつも、挨拶を返されたことで、拒否はされていないと感じ、セレシュはセシルにお茶でもどうかと、言いかけた所で、止める。
 恰好然り、彼女は持ち合わせがあるように思えない。奢るといっても遠慮しそうな気がして、どうしても言いかけて止めてしまったのだ。
 ぴたっとそんな状態で止まった自分を、セシルが小首を傾げて見ている。
(あかん! 何か言わんと不自然や! あ!!)
 妙案とばかりに、セレシュはぐいっとセシルを覗き込む。
「今から買出しに行こうとしてるんやけど、時間あるなら手伝って貰えんかな?」
 きょとんと見返してくるセシルに、何か変な事を言ってしまっただろうかと不安な気持ちが押し寄せてくる。
「ダメ、やろか?」
 再度、確認するように首を傾げれば、セシルはゆっくりと首を振った。
「ダメじゃないわ」
 そう言うと、セシルはベンチから立ち上がる。その姿に、セレシュはほっと胸を撫で下ろした。
「なあ、セシル」
 セレシュは聞こえてきた幼い笑い声に、ふと顔を向ける。
「こうして公園におるっちゅうことは、やっぱり、人恋しいんとちゃうん?」
 もし、誰にも自分に関わらせないようにしするならば、どこかに閉じこもっていればいい話だ。けれど、セシルはそれをせず、昼間から公園のベンチで独り、時間をつぶしているように見えた。
「そうかも…しれないわ。それに、昼間は居る所がないの」
「無いって?」
「今、私が住んでいるところ、昼間になると人が沢山来るの」
「はい?」
 よくよく話を聞いてみれば、セシルが今勝手に間借りしている所は、体験宿泊が可能なモデルハウスであると知る。
「あんさん……そこは、無料の宿泊所やないで……」
「え?」
 どうやって毎日忍び込んでいるか分からないが、セシルは本気で、日本には無料で泊まれる家があるのだと認識しているようで、セシルの言葉に本気で驚いている。
「どこで生活しとるんやと思っとったけど……」
 ホームレスとそう大差ないではないか。
 はぁ…と、大仰にため息を着いたセレシュの姿を、セシルはただきょとんと見つめる。
「買い物、行くのよね?」
「あ、せやった!」
 余りにも衝撃的な事実に、本来の目的がポーンと何処かへ飛んでしまいそうになったが、何とか引き戻され、2人は商店街へと歩き始めた。






 荷物が入った紙袋を荷物を置いておく机下のバスケットに入れて、注文と通す。
 こうして一緒に買い物をしてみると、所帯じみた金銭感覚を持っている事は分かった。
 程なくして、仄かな湯気が立ち昇るコーヒーと、スコーンが乗った皿が二つ運ばれてくる。
「毎年の事とはいえ、骨が折れるわ」
「毎年買ってるの?」
「せや。自宅用と鍼灸院用。自宅はまだええけと、鍼灸院はこういうの蔑ろにできんから」
 年末の休みで休診しているものの、新年明けて門松も置いてないでは、客足も遠のく。それは生活にも直結してくるため、こうした行事への出費は店にはとても重要だ。
「シンキュウ…?」
「あー…はりとか、お灸とか、マッサージ師やって言えば、分かり易いか」
 普通のマッサージと違って、資格が必要なれっきとした医療分野ではあるけれど。
 セシルの感心しているかのような表情を見て、セレシュはにっと笑う。
「施術致しましょうか?」
 そして、あえて、標準語――事務的に言ってみる。
「え!? いい、いいわ!」
「遠慮せんでもええのに」
 大仰に首を振ったセシルに、くすっと微笑む。
「一息ついたら、食品系の買出しやで!」
「まだ買うの!?」
 よしっと気合を入れなおしたセレシュを見やり、セシルは、こんな楽しい気分になったのは久しぶりだと感じながら、自然と笑みを浮かべていた。






 セレシュの自宅玄関にどさっと置かれた買い物袋。
 正月の雑貨品と、年末年始でスーパーも休みになるため買い込んだ食品。1つ1つならば軽いそれも、数が増えればそれなりの重さになる。
 きっと、1人ではなく2人だったから、楽しくてつい買い込んでしまったのだ。
「ああ、セシル、ちょっと上がって待っとき」
 セレシュは冷蔵庫に押し込んだ食品からいくつかを取り出し、手早く調理していく。
 差し出されたおわんには、少しだけ色がついた透明な汁と、餅が2つ。
「これ、何?」
「雑煮。本当は正月に食べるんやけど、セシル知らんやろ? 今日のお礼や」
 箸が扱えるのかどうか暫く考えるも、好きなものを使ってもらえば言いと、箸やフォークを一緒に渡す。
 セレシュも一緒に早い雑煮を頬張りながら、餅と格闘しているセシルに視線を向ける。
「なあ、やっぱり、セシルがやってることは不法侵入やと思うねん。見つかったら、警察行きやで」
「そ…そんなに、大変なことだったの?」
「気付いとらんかったんか!」
 何だろう、普通の常識とかはあるっぽいのに、一本ずれてるような感じがするのは。世間知らずと一言で括ってしまうのも、何だか違う。
「うちかてこう、日本人やないけど、日本の事はちゃんと知っとるんやで。セシルかて、日本に居るなら、もう少し日本のこと知らんと」
「本当は、長居するつもりなんて無かったから……」
 どこか、別の国へ逃げられる手段を手に入れたら、速攻日本から去るつもりだった。それが例え密輸品に紛れたり、密航になったとしても。
「……日本にはどうやってきたん?」
「チャイナ経由で」
「まさか、密入国やないやろな?」
 鬼気迫るようなセレシュの表情に、セシルは一瞬眼を大きくしたが、その後瞳を虚空に泳がせる。
「…………」
 図星か。図星かいな! と、叫び出したい衝動をぐっと抑えて、無理矢理沈黙を作る。
「それこそ見つかったら強制退去や」
「強制退去になったら、国に戻されてしまうのよね」
「そういうことやな」
 戻る国があるならば。
「それって、いろんな人に知られてしまうかしら」
「大使館にパイプがある人には、知られてしまうかもしれんな」
「それは……困るわ」
 真剣に考えて込んでしまったセシルの姿に、肩をすくめて息を吐く。
「まぁ警察のお世話にでもならん限りは、そないなこと殆ど起こらんけどな」
 永住権がなれば、この先の暮らしていくならば外国人は滞在ビザの延長を申請する必要があるだろうが、警察だって、一人ひとりご丁寧にチェックなどしていない。だからこそ、時々ビザ切れだのなんだのと言うニュースが流れるのだろう。
「セシルは、どっから来たん?」
「とても温かい所から」
「暖かいちゅうと、南半球?」
 セシルはゆっくりと首を振る。
「温かい人が居る所から。逃げて……」
 そして、表情を曇らせて俯く。
「その温かい人は、あの神父“も”含まれとるんやろ」
 頷いたセシルは、複数形で問われた言葉に気がついていない。
「まさかと思うんやけど――」
 それ以前に、自分が来た国の名前を知らないなんて事はなかろうか? と、セレシュは危惧したが、お金はユーロだったと返ってきた答えに、うな垂れるしかなかった。






























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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −tractus−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 謎を話すことよりも、親しくなる方向に重きが置かれる感じになりました。
 それではまた、セレシュ様に出会えることを祈って……