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<東京怪談ノベル(シングル)>


 休息は心の栄養

 本日は久々のオフ。水嶋・琴美(8036)はいつもと同じ時間に目を覚ましてシャワーを浴びると、
 同性でも羨望するであろう美しい肉体の上にバスローブを羽織り、紐を結んでリビングへとやってきた。
 バゲットを数枚分切ると,その上にサワークリームを乗せ、作り置きのトマトスープを冷凍庫から取り出してレンジで温める。
 情報収集も欠かさず新聞を広げ、市井や様々な記事欄を確認していく。
 薄いレースカーテンの間から陽光が部屋に差し込んでおり、琴美の黒髪をその日差しに照らす。
「今日はどう過ごそうかしら……?」
 激務(本人はそう思っていないのだが)をこなし、ようやく訪れた休暇だ。
 有意義に使いたい気持ちも頷ける。

 食事の後はバスローブを再び脱ぎ、白の上下という下着姿で洋服選び。
「うーん……たまには思い切ってみようかしら」
 いつものミニのプリーツスカートでも良かったが、たまには違う格好もしてみようかなと思い至った。
 裾の部分にレースをあしらっている少々ゴシック調の雰囲気を持つ、黒のティアードロングスカート。
 それに白のブラウスを大人っぽく合わせ、アクセントにシルバー製のロザリオをつけてみる。
「……なかなか良いのではありませんこと?」
 自画自賛ではあるが、思ったより似合っていたので誰にともなく呟く琴美。 
 特に何かを信仰しているわけではないが、ファッションとしてなら十分アリだろう。

 アテもないが気分転換にもなるし、何より――何事もない街、というのを見るのもいいものだろう。
 食事ともともとの素材を生かした軽い化粧を終え、琴美は『いつも自分が見ていない』平和な街へと繰り出したのである

■街は穏やか

「……営業時間、というものもそういえばありましたわね」
 駅前の商店街へと足を運んだが、少々出かけるのが早かったようだ。
 まだ時間は9時を少々回ったところ。
 基本10時、11時という頃から活動しはじめる街は、いまだ準備に追われている――というところだろうか。

 それでも気を悪くすることなく、琴美は人々が活動しはじめる街の様子を眺めていた。
「街もなんだか久しぶり……」
 任務に出掛けてばかりだったため、買い物すらも久しぶりだ。
 自分の住んでいる街の商店を見るのでさえ、まるで別の街へ訪れた時のように新鮮に映る。
 洋服も硝煙や戦闘ですぐに汚れてしまうため、替えは何着も必要である。
 その他、気に入ったものがあれば値段に関係なく買ってしまうため、金銭感覚は――正直、高くはない。
 だが、庶民的な場所で『高額』とは言っても普通のクレジットカードで十分賄える程度だし、
 仕事ばかりの琴美にとって、使う暇がない金は……豪邸を数件買えそうなほどに貯まっている。
 しかし浪費をするでもない使い方なので、今後に関しても問題ないであろう。

「おはようございますわ。朝の散歩は気持ちがよいものですわね」
 商店の前を清掃する従業員に挨拶をしながら歩く琴美は、非常に楽しそうに見える。

「……あら?」
 百貨店の前に差し掛かると、すでに長蛇の列。
「こんにちは、何か催し物がございますの?」
 列に並んでいる中年の女性に声をかけると、どうやら洋服の割引セールがあるらしい事を教えてくれた。
 普段高価で手が出ないようなものが3割引き、
 あるいは半額もあると熱っぽく語る中年の女性に、琴美の興味は高まったようだ。
「私もちょっと並んでみようかしら」
 楽しそうだと思ったのだろう。特に予定もないし、ということで最後尾へ並んだ琴美。
 彼女の後ろに並んだ男が話しかけてくれるので特に退屈はしなかったが……男の下心に気付かぬ琴美は、
 開店と同時に動き始めた列と共に会話をすぐに打ち切り、店内へ消えていく。
「……あら、皆様お急ぎですわね……よほど良いものがあるのかしら?」
 女性が多く雪崩れ込んでいく方向に足を進めると、数台のワゴンに群がっているのが見て取れた。
「なるほど、これが『バーゲンセール』ですのね。皆様必死の形相。
……あら、これは素敵な服ですわ!」
 くすくすと微笑ましく見ていた琴美だが、やはり年頃の女性。
 ワゴンの中に気になる服を見つけた途端、誰よりも早く近づき、目的の服をひょいと手元に引き寄せた。
 類稀なる戦闘能力が、まさかこんなところでも役立ったとは本人すら気づかぬことではあったが、
 シンプルで可愛らしい服を体に当ててみて、ちょうどよさそうなので購入を決意したようだ。
 レジで会計を済まし、その後店内をあてどなくブラつく。
 他に購入意欲を起こさせた鞄やアクセサリなど、さまざまな紙袋が琴美の手に握られていた。
 
 少々歩き疲れたような気もしたので、手ごろな店に入ろうかと思うのだが……。
「……あら、もう昼をとうに過ぎていましたの?」
 腕時計を確認し、驚きの声を上げた琴美。

 あまりに楽しい時間はあっという間ですわね、と言いながら遅めの食事を摂るため喫茶店に入った琴美。
 香り高い紅茶とクリームパスタを注文し、運ばれたそれを満足しながら口に運ぶ。
「ふふ、なかなか良いお店を見つけましたわ。紅茶をいただくのに、次回からこの店も候補に挙げましょう……」 
 カップを持ち上げ、横から見つめつつ『良いティーカップです』と、これにも表情を綻ばせていた。

 その時、琴美の携帯に着信が入った。
「あら……」
 相手先は非通知。だが、琴美には確信に満ちた予感があった。
 失礼、と席を立って誰もいないテラスのほうへと移動しながら通話を押す琴美。
「はい。水嶋ですわ」
『休暇は終了だ。任務を与える……本部へ戻れ』
 機械的かつ事務的に用件を伝える女性の声。
 了解と返事をすると、そのまま通話は途切れた。
 プープーという通話不能音を聞きながら肩をすくめ。
「……人使いが荒い所ですこと……まぁ、平和に浸かっていられない私には丁度良いのかもしれませんわね」
 そう言いながら通話をオフにし、テラスから夕暮れ時の街を見つめる。

 茜色に照らされた街並み、心なし足早に通り過ぎていく人々。
 中には家族連れもあり――琴美は小さく笑った。
(私の仕事、多少あなたたちの笑顔に貢献していると思って、よろしいのかしら?)
 身を翻す琴美の顔にも、いつもの……【特務統合機動課】に属する琴美の微笑みが浮かんでいる。
 荷物を持ち、会計を済ますと……レジの女性に、自分の買った商品が入っている紙袋をカウンターへ置くと『あなたにあげるわ』と言い残して去っていく。
 レジの女性が困ったように商品と琴美を交互に見ながら声をかけてきた気がするが、気にしなくていいだろう。


――今日の仕事も、楽しみですこと。

 未だに、この身体の皮一枚切り裂く傷はなく。

 今日もそれは、変わらないに違いない。
 微笑みの死神の単身撃破記録数と共に。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8036 / 水嶋・琴美/ 女性 / 19 / 自衛隊 特務統合機動課】