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願いよ、届け
鳴らない携帯電話を見詰めながら、重いため息が1つ零れ落ちる。
「やっぱり、急なメールじゃダメだったかな」
そう零して思い返すのは、2時間ほど前に送ったメールのこと。
新年の挨拶と一緒に、鹿ノ戸さんにあるお誘いを掛けたそのメールは、私にとって今年最初の大きな賭けだった。
「まさか、気付いてないとか? ハッ、まさか……無視されてる?」
鹿ノ戸さんならどんな可能性も考えられる。
面倒だからと返事を返さないということも、既に寝ていてメールに気付いていない可能性だってある。
そもそも明けましておめでとうメール自体、送るなんて言ってなかったし、迷惑な可能性だって大いにあるんだ。
「……そう、だよね……迷惑だよね」
今更ながらに落ち込んで来たかも。
ガクッと項垂れて、それでも携帯の液晶画面に目が落ちる。
「去年お世話になったから、そのことへのお礼と反省を込めてたわけだけど……流石に、初詣に誘うのはやりすぎだったかな……」
大晦日を越えて新年を迎えた今、初詣に行こうと言う誘いは自然な流れだと思ったのに……鹿ノ戸さんがそういうことに興味があるないに関わらず、そう言ったことに誘うこと自体が間違ってたんじゃないかって、そう思い始めてる。
「ダメだな……悪い方向にばっかり考えてても、良いことなんて何もないのに」
そう呟いて頬を叩く。
部屋の時計は既に夜中の2時を示している。これ以上待つのは難しいかもしれない。
時間的な物もあるし、今気付いたとしたらもう寝てると思われてる可能性だってある。そうなれば、朝まで返事が来ないことだってあるかもしれないもの。
「よし! 1人で行っちゃおう!」
そうと決まれば善は急げだよ!
急いでコートを着て、鞄を持って、あと携帯もポケットに入れて準備完了。
「流石に準備早いな」
クスリと笑って身の回りを確認する。
鹿ノ戸さんからいつメールが来ても良いように準備していたから忘れ物も無さそう。
「これで鹿ノ戸さんがいればもっと良いスタートだったんだけど……仕方ないよね」
急に誘った自分も悪いんだ。そう言い聞かせて、私は勢い良く家を飛び出した。
***
1年の計は元旦にあり。
そんな言葉を表すみたいに、すごい人の数が神社にはいた。
「真夜中だって言うのに、すごい人……あ、甘酒も売ってる♪」
よく見ると、人混みの中にいくつか出店も出てるみたい。警備員さんや、メガホンを持った神社関係の人も見えるけど、やっぱり参拝客の方が多いかな。
「入場規制されてる神社なんて初めて見たかも……」
そう呟いた時だ。
「うわっ!?」
人混みに押されて前に飛び出してしまった。
このままだと地面に激突する!
そう思ったのだけど、意外や意外。世の中には優しい人がいるのね。
「ありがとうございます。助かりまし……え?」
倒れないように支えてくれた人。
その人にお礼を言おうとして頭を下げたんだけど、顔を上げた瞬間、私は思いっきり目を見開いてしまった。
「相変わらずアホだな」
苦笑半分、呆れが半分。
人を少しだけ馬鹿にしたような笑いの含んだ声は間違いない。
「鹿ノ戸さん!」
「あー……うるせぇ」
近くで騒ぐな。って、耳を塞がれたけど、黙ってなんていられない。
「な、なんで鹿ノ戸さんがここに居るんですか? だって、鹿ノ戸さんメールの返事くれてないし、ここに来てることなんて私――」
「誰が返事してないって?」
「え?」
今、なんて言いました?
「人を2時間も待たせた挙句に出たのがその言葉か……呆れて帰りたくなってきたな」
やれやれと肩を竦める鹿ノ戸さんに、何を言ってるのかと目を瞬く。
「今、2時間待ったって言いましたか?」
間違いないよね?
鹿ノ戸さん、2時間も待たされたって言ってた。
でも私には鹿ノ戸さんからのメールの返事は来てないし、でも鹿ノ戸さんがそんな嘘つくはずない。
そう戸惑っていると、鹿ノ戸さんは自分の携帯を取り出して私に見せてくれた。
『あけましておめでとう。風邪引かないようにして来いよ』
絵文字も何も使わない、ただの文章だけのメールだけど間違いない。
これは鹿ノ戸さんのメールだ。
送信時刻は私のメール送信から少し後のこと。と言うことは私の携帯にそのメールがなければおかしいんだけど……。
「あの……そのメール、届いてないです」
「何?」
「ちょっと待ってくださいね」
そう言って自分の携帯を取り出す。
そうして操作していると、着信を知らせる音楽が鳴った。それに次いでメール受信の画面が映し出され、新着メールの表示が映し出される。
つまり――
「――今、来ました」
まさかの出来事にサアッと血の気が引いて行く。
まさかまさか、私の携帯が原因だったなんてっ!!!
「ご、ごめんなさい! まさか鹿ノ戸さんが待ってるなんて思わなくて! 無視されてるとか、気付いてないんじゃないかとか、すごく失礼なことを考えてました!」
新年早々やらかしてしまったことに顔が一気に熱くなる。たぶん、耳も真っ赤になってるかもしれないけど、そんなこと気にしてられる状況じゃない!
頭を下げたままじっとしている私の頭に、ポンッと大きな手が触れた。
「まあ、失礼極まりないのは認めるが、全部が全部お前のせいじゃないだろ……気にするな」
苦笑を滲ませた声に顔があがる。
そこに見えたのは微かに笑みを浮かべた顔だ。
「……鹿ノ戸さん」
やっぱりこの人は優しい。
そう思うと自然と笑みが零れてくる。
「ありがとうございます!」
そう言ってもう一度頭を下げると、ポンポンと頭が叩かれた。
子ども扱いされているような気持にもなるけど、鹿ノ戸さんのこの手の動き、嫌いじゃないな。
「行くんだろ、初詣。人が多いからな、気合入れて歩けよ」
確かに猛烈すぎる人の量だよね。迷子にならない自信はないけど、新年早々これ以上迷惑をかけるわけにもいかないし、気合を入れるしかないよね!
「鹿ノ戸さんを押し退けてでも行くつもりで頑張ります!」
任せて下さい!
そう言って自分の胸を叩くと、「はあ」と大きなため息が聞こえてきた。
「押し退けてどうすんだよ。アホか」
言って差し出された手に目が落ちる。
「迷子にならない方法だ……放すなよ」
「はい!」
元気良く返事をして鹿ノ戸さんの手を握る。
ほんのり暖かい手に、少しだけ胸がドキドキしているのがわかる。それでも放したりしないで歩き続けると、思いのほか楽に賽銭箱の近くまで来ることができた。
「鹿ノ戸さんのおかげ、なのかな……」
思い返せば、人混みから守るように歩いてもらっていたかも知れない。そう考えると、鹿ノ戸さんってやっぱり優しいな。
「ほら……こっからなら賽銭にも届くだろ」
「あ、ありがとうございます」
今年も去年と同じようにこの人のお世話になるんだろうな。そんな漠然とした気持ちが浮かんでくる。
それは嫌な気持ちでは無くて、すごく暖かくて優しい気持ち。
ただ思うのはお世話になるっていうだけのものじゃなくて、私も彼の役に立ちたいってこと。
その気持ちは去年から変わらない。
「よし、気合を入れてお祈りします!」
「へいへい」
私がお賽銭を投げるのと同時に、鹿ノ戸さんの手からもお賽銭が放たれる。
それを見届けて手を合わせると、静かに目を閉じた。
願いごとはいっぱいある。
例えば、鹿ノ戸さんが戦えるのに私が戦えないから「超人になれますように」とか?
でもそれって何か違う気がする。そもそも私がそうなりたいと思わない。
じゃあ「鹿ノ戸さんに怒られませんように」とか「機転がきくようになりたい」って言うのもあるけど、これは神様にお願いすることじゃないと思うの。
こういうのは、私の心がけ次第でどうにかなっていくものだろうし。
それなら願うことはただ1つ。
(……鹿ノ戸さんが心身共に無事でいますように……)
1人で戦い続ける彼が、今年1年を無事で過ごせますように――。
「よし、お願いごと終わりました!」
目を開けると、既にお祈りが終わったらしい鹿ノ戸さんと目が合った。
「随分長かったな。何を願ったんだ?」
「えへへ、秘密です♪」
はにかみ笑いに照れ笑い。
その笑みに首を傾げると、鹿ノ戸さんはふと何かを考えるように神社を見た。
そしてポケットから小銭を取り出して賽銭箱に投げる。その仕草に私の首が傾げられた。
「能天気でどうしようもないアホが無事生き抜けますように……ってな」
「!」
「そのアホ面見てたら心配になったんだ」
「あ、アホ面!?」
クッと笑った鹿ノ戸さんに喰い掛かろうとして失敗した。
つんのめる形で倒れそうになった私を鹿ノ戸さんが支えてくれる。そしていつものように呆れた息を零すと、彼は小さな声で呟いた。
「ちゃんと生きててくれよ……頼むぞ」
そう言って放された手に目を瞬くと、去っていこうとするその背に縋るよう歩き出した。
神様へ、ご加護のお願いをすること自体は罰が当たらない! だからお願いするのは間違ってない……よね?
(神様、どうか私の願いを叶えて下さい。お願いします)
そう胸の中で囁き、私は鹿ノ戸さんの背中を追い駆けた。
今年1年がどんな年になるかわからない。
それでも良い未来があると、そう信じて……。
――END
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