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<東京怪談ノベル(シングル)>


【闇に潜む者】
■ 
 琴美は郊外にある、寂れた廃工場の前に立っていた。周りに人影はない。
 なんだか、この前の任務も、こんなシチュエーションでしたわね。
 琴美の口からは思わず、溜息が零れた。
 こんな仕事をしているのだから、華やかな任務など期待できないのは分かっているが、毎度毎度、こんな場所での仕事というのも滅入る。
 後ろ暗い事をしている者は、大抵、こういった暗くて人気のない場所に集まるものなのだ。
 せめて、今回の任務では、少しは楽しめるお相手がいて下さればいいのですが。
 これも毎度のことながら、琴美はそんな事を思った。それに、今回は新たな戦闘服での初任務でもありますしね。少し、新性能を試してみてもいいかもしれませんわ。
琴美は高らかにブーツを鳴らし、今回の殲滅対象、前の任務で関わった薬物兵器『HEM』を所持していると思われるテロ組織のアジトへと乗り込んだのだった。


 前の薬物兵器は、まだ試作品段階だったが、少なからず市場に出回っていたみたいだ。あんな物をみすみす見逃す訳にはいかない。そこで、薬物兵器『HEM』を所持していると思われる組織の殲滅が、任務として琴美に回ってきたのだった。
 試作品段階とはいえ、HEMの効力は劇的だ。理性を失うという欠点はあるものの、身体能力の向上という観点だけを見れば、それは異常と言える。そんな物を使用した敵を相手するのは、常人では務まらない。また、琴美はHEMを使用した相手との戦闘経験もある。その為、今回の任務が琴美に回ってきたのだ。
 建物の中は暗かった。明りが灯されていない。いや、もともとこの廃工場に電気がきていないのだ。割れた窓から差し込む月明かりだけが、建物の中を薄く照らしていた。
 琴美は立ち止り、ゆっくりと建物の中を見渡した。
 十人ですわね。
 建物の中にいる敵の数を、視覚ではなく、気配で察知した。
 右手の柱の陰に二人、左手の柱の陰に二人、奥の扉の向こうに五人と……、
 琴美は心の中で呟いて、いつの間にか手にしていたクナイを、視線も向けず、右手側に下から切り上げた。
 あと、私の入ってきた入り口の陰に一人、ですわね。
 琴美がクナイを切り上げた先には、鉄パイプを振り被った男が驚愕の表情を浮かべて、固まっていた。男の胸には深々と、縦に鮮血の一文字が刻まれていた。
「い、痛えぇぇぇぇ!」
 男は鉄パイプを手放し、自分の胸を押さえた。
「だ、誰か! 誰か、助けてくれ! 血が、血がこんなに!」
 男はその場にうずくまり、騒いでいる。
 琴美は男に一瞥をくれ、
 だらしない男ですわね。そんな傷で取り乱すなんて。
 撫でるように、男の首筋にクナイを走らせた。すぐに工場内は静寂に包まれた。
 やはりテロ組織なんて、野蛮な人間の集まりという事なのでしょうね。
 こんな所に、自分を楽しませてくれるような相手はいないだろう、と琴美は思った。さっさと片付けてしまいましょう。少し新性能を試そうかとも思いましたが、こんな相手に、例えわざとであっても、私の服に攻撃を当てられるのはごめんですわ。最初から本気でいかせてもらいます。
 琴美は視線を前に向け、
「お初にお目に掛かります。私、水嶋琴美と申しますわ。どうぞ、お見知りおきを」
 琴美は右手を胸に、左手を背に回しての、芝居がかったお辞儀をし、
「それでは、さようなら」
 そう呟くと、姿を消した。


 少なくとも男たちには、そう見えた。突如、琴美が姿を消したように。
 琴美は残像などの小細工は一切なしで、純然たる速度だけで、敵を圧倒した。にもかかわらず、工場内は静寂に包まれたままだった。先程まで、高らかに鳴り響いていたブーツの音も、風のそよぎすら起こさず、琴美は全速の移動を行っていた。プリーツスカートからは、躍動的でしなやかな、琴美の美しい脚が覗いているが、それを捉えられる者は、ここにはいない。
 軽い、と琴美は感じていた。体が軽い。新戦闘服は、まさしく天女の羽衣のようだった。
 琴美は更に加速した。
 まずは右手の二人。
 一度、柱を越えて、相手の姿を目に捉える。銃を持った男二人が、視線をきょろきょろとさせている。姿を見失った琴美の事を探しているのだろう。
 滑稽ですわね。
 琴美は真っ直ぐ男二人に駆け、両の手に携えたクナイで、その首筋を優しく、切り裂いた。鮮血の雨が工場内に降る。
 琴美はその身を一切、血の赤に染めることなく、左手側の柱に隠れていた二人へと移動を続ける。こちらの二人も銃を所持していた。
 突然、首から血を噴いて倒れた仲間に、驚愕と恐怖の混ざり合った顔で、男二人は振り向いた。
「う、うわぁぁぁぁあ!」
 一人が照準も何もない、無茶苦茶な構えで、銃の引き金を引いた。それに釣られたように、もう一人も引き金を狂ったように引き続ける。
 琴美は弾丸の雨を意に介さず、真っ直ぐ二人に向かう。こんなものが、琴美に当たるはずがない。
「少し、騒がしいですわ」
 琴美のクナイは、楔のように、二人の喉に突き立てられていた。
 あとは、扉の奥に五人でしたわね。
 琴美がその扉に視線を向けると、
「なんだあ、静かになったと思ったら、やっぱり、やられてやがるぜ」
 扉が開き、そんな男の声が耳に届いた。


「だから言っただろ。こんな奴ら使えねえって。それに、旦那だって、今回の相手は手強い、って言ってただろ?」
「折角、銃まで待たせてやったのによお」
「なんだ? こんな可愛い娘ちゃんがこれをやったのか?」
 ぞろぞろと、扉から男たちが姿を現す。ぱっと見は、どこにでもいる普通の若者だ。しかし、よく見ると、その目は異常に血走っており、その肉体は服の上からでも分かるほどに隆起している。それは、男たちの雰囲気とはアンバランスに感じられた。
「『HEM』ですわね」
 琴美は呟くように、そう口にした。
「へえー、お嬢ちゃん知ってるんだ? HEMの事」
 男のうちの一人が、感心したように琴美を見た。
「そうだよ。俺たち五人はHEMを使っている。HEMの事を知ってるってことは、その効果も知ってるんだろ? お嬢さん、逃げなくていいの?」
 男がそう言うと、他の四人は何が可笑しいのか、げらげらと笑い声を上げた。
「お前は、女にはとことん優しいよな。いっつも、逃げてもいいぜ、とか言ってさ」
「そうだぜ。俺は女には優しいんだ。それに鬼ごっこも好きなのさ」
「鬼ごっこって言っても、鬼は俺たち五人で、逃げるのは女が一人とかだけどな」
「別に鬼の数に制限なんてないだろ? それに、必死に逃げる女をじわじわと追い詰めて捕まえた後に、優しく可愛がってやるのが堪らないんだろ」
 男は厭らしく、舌なめずりをした。琴美の足先から頭にかけて、特に太腿や胸、首筋や唇を入念に、舐め回すように見た。
醜い生き物だ。琴美は男たちに嫌悪感しか抱かなかった。
 しかし、前のHEMを使用した男とは、何かが違うような気がした。理性がまともに働いていないのは同じだが、掻き立てられている衝動が違うように思える。この前の男は、ひたすらな破壊衝動だったが、この男たちは純然たる欲望で動いている。そんな気がした。
「鬼ごっこに付き合って差し上げても宜しいですわよ。ただし、一つ質問に答えて下さらないかしら」
 琴美はそう言い、ある推測を元に言葉を続けた。
「あなた方は何度、HEMを使用したのですか?」
「何回、使ったかって? そんなの覚えてねえよ。最初は訳わかんねえくらいに周りを、人もモノも、全部ぶち壊したくなってよ。それが治まったら、中毒性って言うのか、またHEMが欲しくなるんだよ。そして、また破壊を繰り返す」
男は拳を握りしめて、その当時の事を思い出しているのか、興奮したように語り続ける。「そうしているうちに、HEMに慣れてくるんだよ。そしたら、頭がぶっ飛んじまったみてえに最高の気分になってよ。全能感っていうのか? 何でもできる気がするんだ。いや、実際なんだって出来るんだよ、今の俺たちにはな。そしたら後は、やりたい事をやるだけだろ」
探りを入れて聞き出すつもりだったが、男は自ら、琴美の聞きたかった事を語ってくれた。図らずもこれで、HEMについての新たな情報が手に入った訳だ。つまり、
「もう、あなた方に用はありませんわね」
 その言葉を聞いて、男たちの目つきが変わった。獰猛な犬のような目だ。しかし、琴美はそんなことは気にもかけず、言った。
「それでは、鬼ごっこを始めましょうか」

■ 
 それは最早、戦闘と呼べるものではなかった。ただの一方的な殺戮。言うなれば、狩りに近かった。
 初動で、男たちは完全に琴美を見失っていた。男たちが気を抜いていたせいもある。ただ、男たちと琴美の間には、圧倒的な差、確然とした格の違いが、もとより存在していた。
 琴美は一手目で、真ん中に立っていた男の心臓に、クナイを深々と突き立てた。前の戦いで、HEMによる痛覚の麻痺と、治癒能力の飛躍は目の当たりにしている。
元よりそれが琴美の戦闘スタイルではあるが、一撃で確実に相手を絶命させる攻撃を選んだ。
真ん中の男が倒れて、やっと、他の四人は驚愕の表情を浮かべた。
遅いですわね。
琴美は左右の男二人の首筋に、クナイを走らせた。それも、ただ頸動脈を切るだけではなく、首を切り取るかのようにクナイを走らせ、脊椎までを切り裂いた。
そこにきてやっと、残った二人は自分たちの置かれた状況を理解したのか、慌ててその場から、左右に跳び退った。
琴美は血の雨を潜り抜け、まずは右側の男に向かった。男は拳を握り締め、大きく振り被った。HEMを使用したその肉体から放たれる拳は、容易くコンクリートをも砕く。そんなものをまともに食らえば、琴美といえど、ただでは済まない。
しかし、琴美は焦るどころか、思わず笑ってしまった。
そんなに大きく振り被って、今から殴りますよ、と私に知らせているみたいですわね。まさしくテレフォンパンチとはこの事を言うのでしょうか。
琴美はその拳をやすやすと躱し、その場で軽く跳躍すると、重心を前に傾け、空中で一回転した。琴美の美しい黒髪が、その動きに合わせて、空中で弧を描く。
琴美は一本のクナイを両手で持っていた。その回転の勢いのまま、琴美はそのクナイを、男の脳天に突き立てた。頭蓋を突き破り、琴美のクナイが男を絶命に至らしめた。
琴美はクナイから手を離し、軽く後ろに振り返ると、身体を横に流した。
最後に残った男は琴美の横を、両腕で琴美を抱き止めようとするかのようにして、通り過ぎた。琴美よりも腕力で上回っている男は、琴美を捕まえ、動きを封じることで、勝機を掴もうとしたのだろう。その判断は悪くない。ただ、その動きは完全に、琴美に読まれ、察知されていた。
琴美は素早く男の背後に接近し、男の首と頭をホールドするように、腕を絡めた。
 私は、機動力やクナイを使わなくても、あなた程度の相手には負けませんのよ。
 琴美は心の中でそう呟き、男の首を捻るように、ホールドしている腕に力を込めた。骨の折れる音とともに、男の身体からすっと力が抜けた。
 琴美は腕を解き、男から離れた。男は糸の切れた操り人形のように、その場に膝から崩れ落ちた。
 殲滅完了ですわね。琴美は辺りを見回した。
 ほぼ完璧に殲滅を遂行できましたけど、最後に汚いものを触ってしまいましたわね。最後もやっぱりクナイを使えば良かったかしら。
琴美は男に密着した自分の手と服を眺めた。帰ったら、念入りに身体を洗って、この服もクリーニングに出さないといけませんわね。
 そんな事を思ってから、ふと視線を感じた。
 いえ、まだですわね。この感じは……。
「さすが水嶋琴美、といったところかな。素晴らしい手際だったよ。それに、俺の隠れ身に気付くなんて。完璧に気配は消していたと思うんだけど」
 琴美は視線を上に向けた。
 そこには黒尽くめの男が、天井に立っていた。男は口元をスカーフのような布で隠し、その背には刀を背負っている。
 その男は、琴美と同じ忍者だった。