コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


【邪教団とシスター】

 酷い光景ですわね。
 白鳥瑞科はそう思った。瑞科は今、敵に囲まれていた。しかし、その事を指して、酷い光景だと思ったのではない。瑞科を取り囲む敵の目が、どれも虚ろで精気を感じさせない事に対して、そう思ったのだ。


 空気は淀み、部屋の中は陰鬱としていた。
 瑞科は、悪魔との契約を行い、悪徳を尽くす邪教団の殲滅指令を受け、その教団の拠点の真っただ中にいた。
 そこは地下にある、大きな部屋だった。造りとしては教会に似ている。祭壇があり、長椅子が並んでいる。ただし、祭壇の上に奉られているのは、悪しき悪魔であり、部屋の光源は、柱の先でめらめらと燃える炎だけだ。その、炎が揺らめく様は、人を闇へと誘うようでもある。
 瑞科は本能的な嫌悪感を抱いていた。「教会」という組織に属している瑞科にとって、この邪教団は許しがたき存在でもあった。
 瑞科は「教会」の武装審問官(戦闘シスター)として、人に仇なす魑魅魍魎や組織の殲滅を司っている。今、瑞科を取り囲んでいる者たちは、人が手を出してはいけないもの、悪魔に手を出したのだ。
 瑞科は、自分を取り囲んでいる教団員を、もう一度ゆっくりと見渡した。
 この方々はもう助かりませんわね。悪魔に魅入られ、魂を売り渡した彼らは、二度と元に戻る事はできない。
 瑞科は一歩、前に踏み出した。腰下まであるスリットから、太腿に食い込むニーソックスを履いた、艶めかしい脚が覗き、彼女の履く膝までの編上げブーツが高らかに鳴り響いた。教団員たちが身構える。
「あなた方は禁忌を犯しましたわ。神の代行人として、わたくし、白鳥瑞科が裁きを下します」
 瑞科の高らかな宣言を聞き、教団員たちは嘲笑を浮かべた。瑞科はすでに、教団員たちに取り囲まれており、圧倒的に不利な状況なのだ。この状況で、負けるはずがない、と教団員たちは思った。二十人近くいる自分たちを相手に、たった一人で何ができるのだ、と。
 しかし、瑞科は教団員たちの態度を一切、気にすることなく言葉を続けた。
「これは天罰であり、神の怒りです」


 瑞科は静かに、二の腕まである白い布製のロンググローブと手首までの革製グローブをした右手を前に掲げた。たったそれだけの仕草が、神秘的であり、美しかった。
 なんのまねだ? と教団員たちは疑問を抱いた。すると、瑞科の右手の先が光を発した。かと思うと、前に立っていた教団員が五人、身体を痺れさせ、倒れた。
 周りの教団員たちは、何が起きたのか分からない様子で、瑞科と倒れた仲間を交互に見た。瑞科の右手の先では、微かに電撃の残滓が迸っていた。瑞科は右手から電撃を放ったのだ。
 瑞科は次に左手を掲げた。
「これは裁きであり、人を縛る重みです」
 次の瞬間、さらに五人の教団員が吹き飛び、壁に打ち付けられて、動かなくなった。今度は重力弾を放ったのだ。たった一瞬で、瑞科を取り囲んでいた教団員の数は、半分にまで減っていた。


 教団員たちの顔は、驚愕に染まっていた。だが、すぐに教団員たちの表情は、元の何を考えているか分からない、虚ろなものに戻った。教団員たちは頷き合うと、突如、身を走らせた。その速度は、先程までの彼らの様子からは想像も出来ない、驚異的な速度だった。
 教団員たちは一斉に、瑞科に襲い掛かってきたのだ。 その表情は、先程までのものとは打って変わり、瞳をぎらつかせ、獰猛に唇を吊り上げた、まさしく悪魔のような表情だった。
 教団員たちは、距離を開けていてはやられる、と判断したのだ。それに、あれだけ強力な遠距離からの攻撃手段を持ち合わせているなら、近接戦闘は不得手であろうという推測もあった。
 安直で、つまらない判断ですわね。瑞科はそう思った。瑞科は焦るどころか、呆れるような気持ちだった。愚策ですわね、と。
 瑞科は腰を落とし、剣の柄に手を添えた。ふわりと純白のケープが揺れる。
 むしろ、わたくしはこちらの方が得意ですのよ。
 瑞科は心の中でそう呟き、四方八方から襲い掛かってくる教団員たちを、純白のヴェールとその下の長く美しい髪をなびかせながら、一閃した。
 一瞬の静寂が訪れた。かと思うと、空気が爆発した。瑞科の剣は音速を超え、その衝撃が遅れてやってきたのだ。教団員たちは、断末魔を上げる事も無く、まるで紙屑のように、吹き飛んだ。目の前で嵐が過ぎ去ったかのような、恐ろしい剣圧だった。


 瑞科のシスター服が、なぜ普通のものよりもボディラインを浮き出させ、身体に密着するような形になっているのか。なぜ、シスター服にここまで深いスリットが入っているのか。
 それは、彼女の動きを阻害しないため。彼女の戦闘能力を最大限、発揮するために他ならなかった。ただ、戦闘に特化して作られたはずのその服は、胸を強調するかのようなコルセットも含め、瑞科の肢体の魅力を隠すどころか、艶やかに引き立ててすらあった。
 瑞科は体を起こし、十字を切るかのように、剣を振り払った。
 そこに男の声が響いた。
「まあ、なんて事かしら」
 瑞科は、祭壇の上に男の姿を捉えた。先程の教団員たちとは、明らかに雰囲気が違う。
「私の可愛い子羊たちに、よくも酷い事をしてくれたわね」
 この邪教団の教祖だ。金とも銀ともつかない、色素の薄い髪に、黒いローブのような物を羽織っている。手には歪に曲がった杖を携え、肌の色は異常なほどに白い。頬も目の周りもこけ落ち、ぎょろりと眼球だけが異常な光を宿していた。
「こんな酷い事をするなんて」
 教祖の目が、鋭く瑞科を捉えた。
「あなたみたいな悪い娘には、少しお仕置きが必要ね」
 教祖は杖を床に打ち鳴らした。
 瑞科も剣を構え直す。
 二人は互いを真っ直ぐに見据え、動いた。
 邪教団での、最後の戦いの火蓋が、切って下ろされた。