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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 時空の異邦人


 景色が変わる瞬間、フェイト・−(8636)は背筋に何かが走る感じがした。

――ああ、またか。今日はどこへ連れて行ってくれるんだ?

 そう、己でも制御できぬ能力に問いかけた瞬間、フェイトの身体はその世界から【消え】た。

「……ん?」
 サングラス越しの景色は、先ほどの街並みとは打って変わって光量を抑えられている薄明るい店内。
 棚の上に所狭しと酒瓶やグラスが多数並んでいることからして、どこかの――飲み屋、だろうか。
 なかなか落ち着いた雰囲気じゃないか、と思って視線を右にずらしていくと……自分と同年代程度の青年と目があった。
「……いらっしゃい、でいいのかな?」
 絢斗はコースターを手の中でくるくると回しながらフェイトを見つめていた。
「あ……ああ。店のお勧めがあればそれで」
「お勧めは多々あるんですが、酒の種類とかのご指定はあります? バーボンがいいとか、カクテルだとか」
 ぽり、と頬を掻いたフェイトは、小さな声で『ビールとか……アルコールが弱めのものを』と漏らす。
「ビールはあまり置いてないんで、弱めのカクテルでいいですか?」
「ああ」
 ようやく注文を終えたフェイトは、重要なことを聞くのを忘れていた。
 メジャーカップを手にしてリキュールを入れている絢斗に『今西暦何年だ?』と声をかけた。
 絢斗が西暦と月日を答えると、フェイトは『5年後か』と口の中で呟く。

「お店の中へ転移して、きちんとスツールに座れて幸運ね」
 涼やかな女性の声が近くで聞こえ、フェイトがそちらに目を向けると――銀髪の女性が頬杖をついて、優しげな視線を向けていた。
「初めまして、トラベラーさん。私は久留栖 寧々。この店の主人です」
「あ、どうも……工藤、です」
 見たところ彼らはどこかの所属ではないようだったので、本名のほうを名乗ると寧々という女はにこりと微笑む。
 そして、フェイトははたと気づいた。
「トラベラー……と呼んだか?」
「寧々さんの比喩だよ。時空を超えてきた人を示す『時渡り』だとか『ジャンパー』って言えばいい?」
 フェイトの前にコースターを置き、その上に出来たばかりの琥珀色のカクテルを置く。
「ジンジャーワインをジンジャーエールで割ったカクテルですよ」
 炭酸の海にレモンがゆらゆらと揺れている。
 早速一口飲むと、甘さの後にサッパリとした清涼感が抜けていく。

「……どうして、時空を超えたと思ったんだい?」
 喉の湿り気を実感してから、フェイトはグラスを置くと絢斗に訊いた。
「どうしてって……扉は開いていないし、いつも通り客はゼロ。
寧々さんはいつも人の気配に気づくんだけど、その寧々さんが『転げ落ちないといいわね』って言ったんだ」
「気配を? ……君らは……」
 瞬時に緊張した表情を見せたフェイトに、絢斗は『よくある、ただの特異体質だよ』と何でもない事のように告げた。
「寧々さんはヴァンパイアだけど、僕は一応人間。組織の所属とかは興味ない」
 二人を見比べたフェイトは、ゆっくりと緊張を解き――失礼、と詫びた。
「察しの通り、この能力は突然で。敵陣に突っ込んだりすることもあり得ますからね」
 黒いスーツに黒ロングコートにサングラス。髪も黒い、と全身黒づくめのフェイト。
 どこからどう見ても暗殺者か組織所属者である。
「あなたが、どこの所属であっても構わないわ。乱暴者でない限り」
 寧々はカウンターの上にある花瓶から、白いバラを一輪取り出すと爪の先で程よい短さに茎を切る。
 そうして水気を拭くとフェイトの胸ポケットに差し込んだ。
「ふふ、薔薇が似合う男性は素敵ね……ゆっくりしていって。ここは、よく『訳あり』の人が来るのよ」
 若干の戸惑いを浮かべたフェイトだったが、幸いにしてサングラスで目元は覆われており、黙ってるためその下の表情を伺うことは難しい。
 やがて、フェイトは……肩の力を抜き、噴き出すように笑った。
「ワケアリの人ばかりじゃ、ここは儲からない店みたいだね」
「まったく儲かってないよ」
 力強く同意する絢斗に、寧々も『いいのよ、昼間頑張ってくれてるから』と苦笑した。
「昼も営業を?」
「お昼は喫茶店なのよ。その時は、広く開放しているの。夜になると、この令堂を見つけられなくなるだけ」
 それは困った店だねぇ、と本来の人懐こい性格と酒のせいか幾分砕けた口調になるフェイト。
 他愛ない話を聞きながら、最近開眼した能力……時空転移についてかいつまんだ話をする。
「身についた転移は、自分で制御できないんだ。
何が起きたのか訳が分からなかったから、最初は『ずっとこのままかもしれない』って動揺もしたけどね。
でも、何度か同じ目に遭って、時間が経てば勝手に元の時間軸に戻れるのを知ったら落ち着いたよ」
 自分の意思で戻れないのだから、なるようにしかならないのさと諦観するほかないらしい。

「まったく、どうして時空転移するんだろうねぇ……」

 何気なく呟いた言葉に、寧々が細い顎を上げた。
「……人はなぜ、転生するのか……」
 寧々の唐突な言葉に、男二人は怪訝そうな色を浮かべた。
「魂の課題をクリアするためだとか、いろいろと議論もあるけれど……時空転移も、もしかすると似たようなものかもしれないわ。
未来ならあなたにとって必要な事を告げるためや、過去ならやり残したこと、後悔したことを――拾い上げ、清算するとか、ね」
「清算……拾い上げる……」
 心にじわじわと沁みてくるように思え、フェイトは自分でも言葉に出してみる。
 思い当たる節でもあったのか、フェイトはふぅと息を吐いて氷で薄まったカクテルを飲み干した。

「寧々さん、でしたっけ。
色々考えさせるお話をありがとうございます……」
「いいえ、私は適当なことを言っただけですよ。工藤さんのお力になれるのなら嬉しいわ」
 口に手を当ててくすくすと笑った寧々は、近所のお姉さんのように親しみが持てる。
「あんまり寧々さんに親しみを持たないほうがいいよ。血を吸われるよ」
 絢斗が薄く笑い、軽口を叩いて茶化すのだが、寧々が『絢斗君が吸わせてくれるならいいのよ』と言うと黙った。
「血、吸うんですか?」
「時々、輸血パックに入ったものを頂くのよ。人から直接はかなりご無沙汰ね」
 人の物じゃないと取れない栄養もあるから、と背筋が寒くなる言葉をにこりと告げられるが、
 恐らく人外と呼ばれる人たちの食事は、大変なのだろうとフェイトも思うことにした。
「変な組織に睨まれないように注意したほうがいいですよ」
「ありがとう、もし無実なのに危機が訪れたら、助けに来てもらおうかしらね」
 すると、フェイトも『うまく転移できれば』と告げて、自身の身体に手を置いた。
「いつか、コントロールできるようなきっかけが来ればいいけど」
「そうね。でも、時間がかかっても……できるようになると思うわ」
 言いながら、寧々は彼女の左側にあるタロットカードの山から一枚引き抜くと、フェイトへと見せる。

「――吊るし人の正位置。
今はまだ、力の加減をコントロールできずに我慢を強いられる状態にあるようね。
苦しいときこそ良い結果を得るために模索できる。
ただ、ちょっと引っかかることもあるわ。
何か……」

 そこまで言うと、寧々は何かを感じ取ったのか目を瞬かせる。

「あ、工藤さ――」
 最後まで言い終わらぬうちに、フェイトの身体は再び時空の彼方へと消えて行った。

「……行っちゃいましたね」
「元の時代に戻れたのかしら。短い来訪だったわね……」
 御代貰ってないですけど、と絢斗が苦笑すると、寧々は『次にお会いできた時でいいわよ』と微笑む。
「――多すぎるお釣りと忘れ物があるから、来て頂かないとね」
「?」
 怪訝そうな表情の絢斗は、カウンターに置かれているサングラスと紙幣数枚を見つける。
 恐らく、転移の瞬間に慌ててカウンターへと置いたのだろう。
 確かにカクテル一杯の値段としては、貰いすぎである。
 絢斗は紙幣を一枚抜き、正規の金額分の釣銭と一緒にチャック付きポリ袋へと残りの紙幣と共に納め、
 サングラスと一緒に引き出しの中へと入れる。
 メッセージカードに何かを記載し、サングラスと紙幣の上に布を被せると、カードを置いて鍵をかけた。

 カードには、こう記されている。

『工藤様
またのお越しをお待ちしております』



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【8636 / フェイト・−/ 男性 / 22 / IO2エージェント】