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人型兵器と兵器のような人間(前編)
1.手には剣を
神に仕える者は刃物を使ってはならない。
そういう戒律を持った宗派も世の中にはあるが、白鳥・瑞科(しらとり・みずか)の属する『教会』には、関係が無い話だ。
彼女の身を包む、身体にぴったりとフィットしたボディスーツも、遠目に見ても女性とすぐにわかる彼女の身体のラインを強調している。胸の膨らみと腰回りのヒップラインを眺めるだけで、すぐに女性とわかるその姿は、宗教家にしては性を強調し過ぎているようにも思える。
暗めのボディスーツに身を包み、刃渡り60センチ程の反り身の剣…いや、剣というより刀を構えた瑞科の姿は、シスターというより、暗殺者か忍者という方が説得力があった。
彼女が仕える『教会』の戦闘シスターの基本的な仕事着である。
その姿が、夜の闇に程良く溶け込んでいた。
周囲を見ると、何かの採掘施設や倉庫が並んでる。少し遠くを見ると、一面には海が広がっている。
瑞科が居るのは、海岸沿いの採掘現場のようだ。
だが、夜とはいえ人の気配がほとんどない。警備の人手の姿すら無かった。
採掘施設が使われているにしては、その気配が全く無かった。
カツン…カツン…
静かな廃墟のような採掘施設に、瑞科のブーツの音が響く。
忍者の様な姿とは対照的に、瑞科は自分の気配を隠そうという気が無い。
自分のスタイルを堂々と見せつけるように、また、足音を聞かせるかのように、瑞科は人気が無い夜の採掘施設を歩いていた。
…なるほど、地上を警備する気は無いというわけですね。
そうして挑発しても、何の気配も感じないので、瑞科は少し落胆したが、やがて、にっこりほほ笑んだ。
…警備をすれば、その気配は隠す物の存在をさらす事になってしまいますものね。
警備をする範囲を最小限にする事も、大事ですわね。
この付近に、今回の標的となる施設がある事は間違いない。
だから、自分が派遣されたのだ。
…でも、モグラじゃあるまいし、ずっと地面の下に潜っているわけにもいきませんものね。少し待たせて頂こうかしら。
瑞科の心に焦りは無かった。
冷たいコンクリートの埠頭に腰を落ち着け、目を閉じた。
思いがけない休養を楽しむ余裕が、瑞科にあった。
2.夜が明けて
数年…いや、数十年前には、賑やかな港だった。
日本では珍しく沿岸の海底で石油が採れた為、日本では珍しい石油採掘のプラントが建っていた。
だが、それも昔の話。
石油が無くなった今では、廃墟である…表向きは。
だが、ここでは石油とは別の資源が採れる事が裏の世界では噂になっていた。
しかも、それを使って何か怪しい物を造っているという噂も。
というわけで、『教会』は瑞科を送り込んだのである。
だが、少なくとも地上には人の気配が無い事を瑞科は目視で確認した。
コンクリートの地面に腰を降ろして、浅い眠りについた瑞科は待った。
夜が明けて日が昇ってくると、ボディスーツを着た瑞科の姿はむしろ人目を引く。なまじスタイルが良いだけに、ボディスーツを着た姿は、よく目立った。
だが、それで良かった。そもそも隠れようという気が、瑞科には無い。
そうした昼過ぎ…
何かが遠くで、微かに光ったのを瑞科は感じた。
その、同時刻。
双眼鏡を手にした、軽装の男が瑞科の姿をレンズ越しに見ていた。
ハイキングにでも来たような、軽い服を着ている。
レンズの向こうに居る女…座禅でも組むように腰を降ろして微動だにしない、ボディスーツの女を見て、男は一瞬首を傾げた。
だが…
次の瞬間、男はレンズの向こうに誰も居ない事に気づいた。
いや…つい、一瞬前までは確かに居たはずだ。
双眼鏡を外して、男は辺りを見渡す。
特に勘が鋭い男ではないが、嫌な予感を覚えていた。
次に、男は背中に何か柔らかい物が触れているのを感じた。
人肌の様な温かさの盛り上がった塊が二つ、背中に触れている。
首に何かが触れた。
背中に回った誰かが、首に腕を回して絞めているのだ。
「こんな所でお散歩ですか?
宜しかったら、おうちまで私を案内して頂けませんか」
耳元に生温かい息が触れるのを感じた。
姿は見えないが、それが先ほど双眼鏡の向こうに見えた女…瑞科であろう事を男は理解した。
そして、その声に逆らったら、命が無い事も男はわかった。
3.地下施設へ
広大な敷地の一角に隠された入り口を見つけるのは、簡単な事では無いが、案内人が居れば話は別だ。
瑞科は地上で見かけた男に、入り口まで案内してもらった。
後ろから首に手を回して、優しく声をかけたところ、見張り役の男は素直に入り口に案内してくれた。
「ご案内、ありがとうございます」
瑞科は、入り口を確認すると、見張り役の男に微笑んだ後、彼に背を向けて地下施設へと歩き始めた。
…このまま、黙って見送って良いのだろうか?
瑞科に解放されて、我に返った見張り役の男はしばらくその後ろ姿を眺める。
ボディスーツ越しのヒップラインは、男ならば目を逸らせない美しさだ。
だが、自分の仕事は見張り役。彼女の様な侵入者が居ないか、地上を定期的に巡視する事である。このまま瑞科を行かせて、良いはずがないのだが…
見張り役の男が戸惑っていると、瑞科の足が止まった。
その顔が、ゆったりと見張り役の男の方を振り返って、もう一度微笑んだ。
「この施設は、間もなく廃墟になります。
危ないですので、逃げた方が宜しいですよ」
そう言って微笑む瑞科の恐ろしい笑顔は、男が逆らえるものではなく、見張り役の男は黙ってうなずくしかなかった。
それから、瑞科は再び見張り役の男に背を向けて地下へと歩き出す。
カツン…
カツン…
瑞科の靴音が響く。
この組織は、もう終わりだと、見張り役の男は確認した。
(後編へ続く)
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