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+ 夢心地のままチョコ味へ +
「あんた今暇なんだろ。だったら此処に行ってみないかい」
「『魔法菓子屋』さん?」
「そこの店主が配達の手伝いを探していてね。お菓子好きの女の子が欲しいんだとさ。ティレイラ、あんたお菓子好きだろ」
「大好きです!!」
「じゃあ、店主の方にはあんたを紹介するとしよう。後で連絡するから少し待っててくれ」
「はぁーい!」
――と、これが彼女ファルス・ティレイラが魔法菓子屋の手伝いへと至った経緯である。
馴染み深いアンティークショップ・レンの店主、碧摩 蓮(へきま れん)から紹介された菓子屋の地図を片手に彼女は数日後その店を訪問した。
外見からしていかにも甘そうな雰囲気を漂わせる大き目の店舗にティレイラは店の前で目を丸める。客の入りも多く、そこが人気店だという事は一目瞭然であった。店員の女性達が身に纏っている服も可愛らしく、乙女心を擽る。ティレイラは意を決してその店の中に入り、スタッフ伝えで店長の元へと案内してもらうとすぐに歓迎の声を貰った。
店主は可愛らしい女の子で、笑顔からして甘い雰囲気を漂わせて美味しそう。ティレイラは彼女から漂うスゥイート特有の香りに既にうっとりと顔を緩めるばかり。
「じゃあ、早速こっちの制服に着替えてもらっていいかしら?」
「うわぁ、フリフリの可愛い服ー!」
「貴方の仕事は主に配達よ。店の宣伝も兼ねてその服で配達に回ってもらう事になるけれどそれは碧摩さんから聞いてるわよね」
「はい、大丈夫です! 普段も配達屋をしてますから地域の事もお任せ下さい!」
「そう、それは良かったわぁ。で、着いて早々で悪いんだけど、今入っている配達からお願いしようかしら。お菓子は崩れやすいから気をつけて運んでね」
「壊れ物は大切に扱うのは基本中の基本ですもんね」
「ふふ、今日はそれが終わったらケーキでも食べましょ。折角ですもの、うちの店の味を知ってもらいたいわ」
「!? そ、それは頑張って働いてきます!」
ティレイラはじゅるりと己の口端からよだれが垂れそうになるのを感じつつ、必死に洋菓子への欲望を抑える。そんな彼女とすっかり意気投合した店主は配達リストを彼女に渡し、分からない場所などを教えながら仕事を進める。
自分でも言った様に、ティレイラは配達人だ。分からない事の方が少なく、そんな彼女のしっかりした応答に店主もまた満足げに綻んだ。
「じゃあ、配達にいってきまーす!」
「いってらっしゃい」
元気いっぱいの声を上げて店を出て行くティレイラ。
その手には沢山の夢が詰まった甘いあまーいお菓子。彼女が運ぶ洋菓子を待っている人が居る事を念頭に置きながら、ティレイラは丁寧に一軒一軒注文先へと訪問した。
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やがて人手が欲しかった繁盛期が過ぎ、ティレイラのお手伝い期間ももうすぐ終了となる頃に店主はふとあるものを見てしまった。
それは常々疑問に思っていた事なのだが、あの『碧摩 蓮』の紹介と言う事でそこまで深く追求していなかったのである。そう、それはティレイラがどうやって配達に行っているのかという事。店のスクーターなどを使うわけでもなく、スピードからして徒歩ではありえない。
だが疑問はある時一瞬にして晴れた。
ティレイラが配達に行く時にこっそり様子を見に行った時、彼女はその背にドラゴンのような翼を生やして飛んで行ったのだ。ティレイラは元々別世界からこちらへとやってきた紫色の翼を持つ竜族だ。それを知らなかった店主は面白いものを見たと笑みを浮かべ、そしてその脳裏にある案が浮かぶ。「うふふふふ」と無邪気に邪気とでもいうような大胆不敵な微笑を浮かべた彼女は早速そのアイディアを実行に移す為に準備へと取り掛かる。
「ただいまですー! 今日の分の配達終わりましたぁー!」
「あら、おかえりなさぁい」
「あちゃー、やっぱり遅くなっちゃいましたね。皆今日は帰っちゃいました?」
「そうね、ティレイラちゃんが最後よ」
「じゃあ、私も帰宅の準備を……」
「あ、待って。ちょっとお願い事があるのよ」
「はい?」
「こっちに来て貰えるかしら」
店主はティレイラを手招きし、店の奥へと案内する。
厨房へと至ればそこには見たことも無いほどの巨大な魔法菓子スポンジが台車の上に乗せられており、ティレイラも思わず目を大きく見開いた。
「あのね、翼と尻尾を生やした姿でそこのスポンジの上に寝転がってみてくれる?」
「え? このスポンジにですか?」
「ええ、そうよ。新しく開発したスポンジなんだけどぜひティレイラちゃんに最初に感想を聞きたくて」
「でも何故翼とかを出した姿で?」
「あたしの趣味! お願いよぉ、後でケーキいっぱい食べさせてあげるから」
「……ま、まあいいかな!」
「じゃあ、前払いでこのチョコをあげるわ」
「わぁーい! いっただきまーす♪」
食べ放題という言葉につられ、ティレイラは翼と尻尾を出現させた状態でそっとスポンジの上へと身体を横たえる。思った以上のふかふかクッションの感触と幸せを運んできてくれる美味しそうな香りについついお腹が鳴ったのはご愛嬌。
自分のベッドよりも気持ちいいかもしれない、とうっとりしていると、急に台車が動き出す。どこかに運ばれていくようだと思いつつも、何故か抗えない心地でティレイラは寝転がったまま動こうとしない。いつものティレイラならば多少は警戒心を抱くが、まるで薬でも盛られたかのように動けない。その様子に店主は「チョコが効いて来たようね」とほくそ笑んだ。
そうこうしている内に厨房の更に奥――秘密の製造工場へと彼女は連れて行かれた。一層濃い香りが漂うその場所はティレイラも入ったことのないところで、もう少し様子を見ようと身体を僅かに起こした――その瞬間!
「きゃあ!?」
急に身体に掛かる温かい何か。
それが口の中に入ればなんと正体はチョコレート。店長は嬉しそうにスポンジごとティレイラをチョコの滝へと押し入れ潜らせる。そこには遠慮も容赦という言葉も存在していなかった。
だがチョコを掛けられている方はたまったものではなく、小さな悲鳴を上げながらばたばたと手を振り何とかチョコの滝から抜け出そうと暴れ始める。しかし次第に手先や尻尾の方から硬化する気配を感じるとティレイラはさぁっと血の気を引かせた。
スポンジに寝かせる前に食べたチョコは『チョコ化魔法』が掛かった特別製のもの。内側から食べた者をそれはそれは美味しいチョコレートへと変化させてしまう代物だ。
「やっぱり可愛らしいチョコレートになるわぁ! いいわ、いいわ! お仕事の報酬上乗せするからそのままチョコでいてちょうだい!」
「や、……う、ううん……」
「うふふ、可愛い竜の女の子のディスプレイ――いいわぁ。絶対にお客さんの目を引く事間違いなしよ♪」
「――ふぁあ……」
次第に眠気がティレイラを襲い、彼女は夢心地のままチョコレートへと変わっていく。
幸せそうに巨大スポンジの上で横たわりながら、硬化したティレイラ。完全にチョコと化した彼女はそのまま意識を落としてしまう。
「……――ふふ、新作チョコのセール中ずぅっとそのままでいてちょうだいね」
明日から始まる新商品の事を思い、彼女はうっとりと出来上がったばかりのチョコディスプレイを見下ろす。今はもう可愛い竜少女チョコをどの場所に飾れば一番お客さんの目を引くのか考えが切り替わり、忙しなく場所を探す。
数日後、気まぐれで店を訪れた蓮がチョコレート型のティレイラを見て「おや」と一笑い。
「あんたも相変わらず飾られるのが好きだね」
その声はティレイラには届かず、彼女は客の視線をただただ浴びるのみ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
【NPCA009 / 碧摩・蓮(へきま・れん) / 女 / 26歳 / アンティークショップ・レンの店主】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、発注有難う御座いました!
今回はチョコ化! 美味しそう!と思いながら書かせていただきました。お菓子店で飾られていたら注目される事間違いなしですね。きっと売り上げにも貢献を……! と考えつつ。
ではまた宜しくお願いします。ではでは!
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