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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ xeno−番外− +



 思い返そう。
 同じ顔をした『自分』の事を。


 これは振り返った小さな<回想―思い出―>。



■■■■■



 Lu Lu Lu Lu Lu .
 何度も何度もコール音が鳴り響く。
 早く出て。早く出て。
 焦燥だけが私を満たす。
 Lu Lu Lu Lu Lu .
 早く出て、愛しい夫(ひと)。
 私のこの不安を吹き飛ばす声を聞かせて欲しい。


「――どうして、出ないの?」


 夫の仕事柄連絡が付かない時があるのは納得済みだし、私もそれを受け入れて日々を過ごしてきている。けれど、こんなにも長時間連絡が取れないのは久しぶりで不安に不安を重ね塗りされている気分。
 傭兵をしている夫が今回その仕事を請け負って出て行ったことは知っている。でもそろそろそれも終わりの期間のはず。だからこそ邪魔しないよう時間を見計らって電話をしているというのに一向に繋がらない。
 もしかして電話も取れないほどの怪我を負っているのか、それとも仕事が長引いて動けない状態にあるのか――言いも知れぬ心もとの無さが私を襲う。受話器を握っているのは震えた手先。
 プチっと電話を切って今まで虚しく響いていた音を絶つ。
 受話器を握り締めながらそれを額に押し当て、私はふぅっと息を一つ吐き出した。


「嫌だわ、何か別のことでも考えないと……ますます嫌な方向へと沈んでしまいそう」


 でも夫の声を聞いて、『同じ姿をした自分』の話を私は出来るのかしら。
 自分にだってどんな状況なのかさっぱり分かっていないというのに、夫に「気をつけて」とは言いがたい。ただ望むのは彼が私ではない『私』を見抜いてくれる事だけを信じる事だけ。
 同じ能力を持ち、同じ記憶を持ち、同じように振舞う事が出来る『私』。
 だけど唯一違うのは『私』が私を殺そうとしている事だ。


「いいえ、ちょっと違うわね。似ているかもしれないわ」


 考えを散らそうと座っていたソファーから立ち上がり台所へと歩む。
 以前夫に教えてもらったハーブティーを入れて心身ともに落ち着こうと思っての事だ。湯を沸かし、準備をしていてもやっぱり私の思考は『もう一人の私』へと至ってしまう。今日の夕食のメニューくらい考える隙をくれても良いのに、どうやら私は相当参っているらしい。
 やがて湯が沸くと夫に教わった通りのやり方でハーブティーを作り上げる。香りが鼻先を擽れば心持ち落ち着きを取り戻したようで、手の震えは収まっていた。私はマグカップを持ちながら再びソファーへと腰を下ろす。温かなそれを一口、また一口と愛しい夫の姿を思いながら飲んでは心の波を撫で、穏やかなものへと変えていった。


「ふぁ……」


 一つ欠伸が漏れる。
 精神疲労から来たものであるが、私はそれに気付くことなく眠気に誘われた。少しだけ休んだら夕食にしようと心に決めると、そっとソファーの肘置きに頭を寄せて寝転がる。本当にちょっとだけの休憩のつもり。時刻は夕食にはまだ早いのだから。
 起きて夕食を食べたらまた電話をかけよう。
 きっとなんてことない声で夫は応えてくれる。優しい声できっと……。


―― 殺してもいいわよね?


 なのに夢に沈む瞬間聞こえたその声は――どうして『私』のものなのかしら。



■■■■■



 私は走る。
 走って走って、それでも縮まらない距離を走り続ける。
 ほんの少し先には夫の姿。そしてその隣には――。


『待って! 行かないで!』


 周囲の人は私を認識してくれない。
 弟は私を姉と見ず、知人もまた首を傾げるばかり。
 夫に必死に声を掛けて駆け寄ろうとしてもその距離は縮まることなくむしろ相手が歩いている事によってより一層遠のいている。可笑しい、私は走っていて、相手は――『二人』は歩いているだけなのに。
 どうしてその場所にいるの。
 どうして夫の隣にいて笑っているの。
 その場所は私の場所なのだから奪わないで――!


『行かないでちょうだい、お願いよっ!』


 腕を組み合う男女の姿。
 気付いて。
 私は此処にいる。
 気付いて。
 『私』はそこにいる。


 存在を消された私は緩やかに存在を入れ替えられ、まるで鏡の中の虚像のよう。
 だから叫んでも夫にはこの声は届かない。けれど諦められるはずもない。だって私は貴方の妻だもの。貴方は私の夫だもの。「弥生・ハスロ」は私なんだから、その場所を奪わないで。
 その声が一瞬だけ届いたのか、夫がゆっくりと背後を振り返る。
 そしてその視線は私の方へと注がれ、やっと気付いてくれたのだとほっと息を吐き出した。そうよ、誰がわからなくなっても彼だけはきっと私に気付いてくれる。
 そう信じて。


『君は誰?』


 砕かれる希望。
 ガラスがパリンッと割れるような物音が聞こえたかのような絶望感に身体が一気に固まった。
 女は笑う。嗤う。
 夫の腕を引きながら『私』は私を嘲笑う。遠ざかっていく二人の姿を私は呆然と見ていた。鮮やかに入れ替えられた存在。奪われた私の居場所。夫の隣、家族の位置、知人達の記憶。緩やかに替えられた記憶は消去と上塗りを得て『彼女(わたし)』を主人公へと仕立て上げた。


 闇の中、独り取り残された私は絶望に嘆き苦しむ。
 ぎりっと唇を噛み今にも零れ落ちそうな涙を耐えながら、今しがた突きつけられた真実を認めたくなくてただただ心は拒み続ける。


―― 君は誰?


 例え夢の中でも、そんな声、聞きたくなかったのに。
 夫を奪った女が『私』である事を心から憎みながら、私はとうとうこの日が来たのだと心底怯えていた。



■■■■■



「――て、起きてちょうだい」
「っ――!?」
「ああ、起きたわ。おはよう、<迷い子(まよいご)>さん。気分はいかが?」
「フィギュア、ちゃん?」
「随分と魘されていたようですね」
「随分と魘されていたからな」
「スガタ君に、カガミ君、も……」
「夢の中の夢も随分酷な事をするもの。さて、貴方は一体なにゆえ此処に迷い込んだのかな?」


 最後にミラー君が声を掛けてくれ、私はゆっくりと瞬きを数回繰り返す。
 私は安楽椅子に腰を掛けており、背もたれに全身の体重を預けて座っていた。足の悪いフィギュアちゃんが普段座っている場所だという事に気付く事にやや時間が掛かる。彼女はぺたりと床に座り込み、私の膝の上へと手を乗せてぺちぺちと叩いてくれていたらしい。
 スガタ君とカガミ君はその左右に立って私の顔を覗き込んでくる。ミラー君は丸いテーブルの傍でティータイムの準備をしながら私達の方を観察していた。


 私はある異変に気付く。
 此処はフィギュアちゃんとミラー君が住むアンティーク調の一軒屋。内装は壁イコール鏡張りという不思議なお屋敷だ。だからこそ私は私の今の姿が普段着ているカジュアル系のものではないという事を視覚から見て取った。
 普段は黒い髪も今は赤く長い髪に、黒目も赤い物へと変わっている。更に漆黒のコルセットドレスを身に纏い、化粧も普段の非ではないほど厚塗りされていた。例え友人であれ一見しては私である事を見抜く事は出来ないであろうその姿を鏡越しに認識すると、私はふぅっと息を吐き出す。もうこの格好であっても私は驚かない。むしろこうなる事を頭のどこかで分かっていたのだから。


「皆は私の姿に驚かないのね」
「外見が変わっていても僕らは内側が見えますからね」
「外見が変わっていても中身が同じであればそれは同一人物」
「さあ、ティータイムを始めましょう。貴方の好きなお菓子も飲み物もミラーが用意してくれるわ」
「今日はあのハーブティーがいいかな? 望むなら貴方の夫が淹れる味そのものを再現してみせよう」
「あら、それは嬉しいわね。お願いしても良いかしら」
「もちろんだとも」


 私は安楽椅子から立ち上がり、用意されていた席の一つへと腰を下ろす。
 ドレスの裾を持ち上げ、裾を踏まないよう蹴りながら前へと進む動作は慣れたもの。ミラー君はフィギュアちゃんを抱き上げると定位置へと運び、彼女を椅子へと下ろした。少女特有の細い腕がミラー君を求める仕草はどこか愛らしい。
 そして注がれる紅茶達。
 目の前の洋菓子――クッキーやケーキに合わせたそれらはよい香りを漂わせて食欲をそそる。遠慮なく受け取って私は一口カップに口付けてハーブティーを飲んだ。宣言通り、夫が淹れてくれた時と同じ味が再現されており、ふっと口元が緩んでしまう。


「今回の一件、私の過去が関係しているかも知れないわ」


 それだけ言えば彼らには伝わってしまう。
 だって此処は何も言わなくても通じてしまう世界。私がこんな姿になった経緯も、私が『私』に狙われている状態も彼らは知っている。『私(かのじょ)』が何者かなんて私には分からないけど、それでも確信めいたものが一つだけ存在していた。
 私はドレスを汚さないようにクッキーへと手を伸ばし、一齧りする。


「貴方達は全てを知っているかもしれないわね。でも――」
「話すといいよ。口に出す事の方が時として有益だからね」
「ええ、気兼ねなく話してくれていいのよ。私達は確かに多くの情報を持ってはいるけれど、人との会話の方がその人となりが見えて好きだわ」
「情報はあくまで情報であって、<迷い子>から見た視点ではありませんからね」
「過去はあくまで過去であって、その時感じた事なんかは俺達は追いかけられないからな」
「皆、有難う……」


 私は口の中を潤すためにまた一口紅茶を飲む。
 吐き出す息は淡く、穏やかな気持ちにさせてくれる。けれども反対に心中はざわつき始めていた。私自身、まだ口に出すのは戸惑いがあるけど、話さなければ前進は無い。
 紅が塗られた唇を開き、私はすぅと目を細める。
 これから紡ぐのは私の過去、そして。


「今から話すのは私が『魔女』になった理由よ」


 ――賽は投げられた。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 xenoシリーズへのご参加有難うございます!

 今回は番外編、承からの話ということで繋げさせて頂きました。相変わらずアドリブ多めに含ませて頂いておりますので、そこも気に入っていただけたら嬉しく思います。
 では、次は弥生様の過去のお話が聞ける事を願って――失礼致します。