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<東京怪談ノベル(シングル)>


華椿

 任務の報告に帰還した水嶋琴美は会議室へと呼ばれた。

「失礼しますわ」

 自動でドアが開き、奥に2人が席に付いていた。
 向かって左側にビジネススーツの女性。金のウェーブがかった髪がふんわりと柔らかい印象を与えるが、体の線は細く目鼻立ちもキリッとした美女である。
 白いブラウスに、深いブラウンのスカートから伸びる黒タイツの細長い足。
 琴美とあまり年齢の変わらないくらいなのだが、やや大人びて見える。
 いつも髭面の司令の補佐をしている、副司令だ。
 奥にいる男の方は見覚えがない。客人だろうか。
 白衣を着ているが、着崩したスーツ姿にどこか飄々とした雰囲気のする青年。

「それで、要件はなんですの?」

 そう言う前に白衣の男が話しかけてきた。

「やぁご苦労さん、水嶋琴美」

 しばしの空間が沈黙する。
 副司令の方は我関せずと、髪をいじって暇を持て余している。
 司令も何やら不穏な空気に気づいて剃ってスッキリした顎髭を撫でる。
 滅多なことに動じることのない琴美だが、目を丸くして白衣の男を凝視している。
 司令によく似た声、体型。そして琴美のことをよく知っている。
 ということはつまり……。

「司令の、息子さん?」
「ちがう!!」

 反射的にバン!と勢いよく椅子から立ち上がる。

「私だ、本人だ!分からないのかね!」

 確かにいつもの司令のようだ。
 いつもムサイ髭に白髪の混じった髪、どこか疲れたような威厳を放っている司令はどうみても初老の男性のようだったのだが……。
 琴美はすっと距離を引き、片手で口元を抑えて呻く。

「……司令、案外お若かったのですね。ワタクシてっきり」
「……報告を頼む」

 金髪の美女は声を押し殺して笑っていた。



「なるほどねぇ。けどあの組織だとすると、こんな幼稚な犯罪程度のことをするとは思えないね」

 あの組織、とは先日の蛇が十字を巻いた紋章をした集団のことである。
 ヒゲを剃ってさっぱりすると、口調まで変わるものだろうか。琴美の怪訝な視線を知ってか知らずか、副司令があとを続ける。

「それについてですが、彼らは単に模倣しただけのようですね。例の組織からは犯行声明は出されていない。おそらく注目を楽に集めるために取った安直な案だったのでしょう。事実、この作りも雑です」

 副司令は親指でピンッと弾くと、司令の右手に紋章を象ったコインが落ちる。封書に刻印されていたものを造形化したものだ。
 蛍光灯に透かすようにして片目でじっくりと観察する。円と思われる外側はやや歪んでいて、蛇も右が上なのか左が上なのか絶妙なトリックアートのようにも見えた。

「フム、確かに」
「今回の件は子供のお遊びみたいなものですね」

 ふぅと嘆息する副司令に、鈍く眼光を光らせた。

「そうとも言い切れないね」
「……どういうことですの?」
「これさ」

 渋い顔をした司令。
 テーブルに置かれたのは先程の紋章が刻印された一枚のカード。

「このカードは……」
「あぁ、紛れもなく本物だよ。特になにかメッセージが残されていたわけではないし、カードそのものにも記載はないね。不気味なのは水嶋琴音、君が現場から去った後に処理班がその場所で見つけたと――いうわけさ」

「なんだか嫌な予感が、しますわね」

 柳眉を寄せて唸る琴美。
 できることなら杞憂であってほしい

「おっと、つい長くなってしまった。悪いね、この件は進展があり次第報告するとしようか。次の任務までゆっくり休んでくれ」

 ぽんっと琴美の肩を叩いて部屋を出て行く司令と副司令。
 たまにはエステでもいってみたら?と、去り際に無料招待券を渡された。



 男は何度も振り返り、女は目を輝かせて遠巻きに見ている。
 街を歩くと琴美はいつもそういった稀有な視線に晒される。

「ふぅ……」

 腰まで伸びるストレートヘアーを片手で流し、空を仰ぐように一息つく。
 今日は控えめの紅を差しているが、ぷっくりとした瑞々しさが色香をそそる。
 降り注ぐ陽光が眩しい。
 手をかざし、太陽を遮るように仰ぐ。
 実に久方ぶりの街だが、多くの好意の視線に少し疲れしまった。
 琴美の日本人離れしたスタイルの良さに、通り過ぎる人は振り返れずにはいられなかった。
 銀色のジャギーコートを着ているものの、はち切れんばかりの膨らみが胸元のボタンを押し出す。
 細くくびれた腰をミニのプリーツスカートが覆い、すらりと長い足を守るように黒のロングブーツが膝上までカバーする。
 黒、銀、とメタリックな配色が多い中、ちらりと覗く太ももが悩ましい。
 信号が青になったので、目的の場所へと足を進めた。


「いらっしゃいませ」

 恭しく案内され、中に入る。
 先日副司令からもらったエステ店へとやってきた琴美。
 やや照明を落とした白熱灯の明かりに、木を基調とした家具と内装。
 観葉植物もあり、落ち着いた空間を演出している。
 ほんのりバニラアロマの香りがした。
 店員にコースの説明をされるが、

「お任せでお願いしますわ」

 茶色を基調とした施術着に着替え、台の上にうつ伏せで寝そべる。
 たわわな胸が体を押し返して少々苦しかったが、腹部にクッションをいれてもらうことで少し楽になった。
 肩を揉み、背筋を伸ばし、ふくらはぎをほぐしていく。
 コースの一つで最近流行りという、アーユルヴェーダとかいう油を全身に塗り、リンパを刺激して老廃物を流す。

「んっ……」

 普段、緊張している筋肉がほぐれていく。
 施術師の手は琴美のボディラインに沿って滑らかな曲線を描いていく。
 コースが進むにつれて次第に肩の力も抜けて瞼がとろんと落ちそうになった。

「たまには……こういうのも、いいものですわね」

 うっとりとした心地よさのなか、ぽつりと吐息を漏らした。
 頭皮のツボを抑えながら、店員が聞き返してくる。

「お客様はこういうお店は初めてですか?」
「えぇ、なかなか機会がなくって」

 痛みや緊張といったものは日常体に染みこんでいるが、積極的に癒しを受ける経験はあまりない。
 人に触られること自体、あまりない。
 戦場でもほとんど傷を負ったことはないのだから。
 体のケア、というものなら多少は自分で行なっていた。
 だが、たまには誰かに体を預けてみるのもいいのかもしれない、と思った。

「ありがとう、また来ますわね」

 肌に一層瑞々しいハリがあるのを感じ、気持ちが昂ぶる。
 次の任務は一体どんな過酷な試練になろうか。
 自分の絶対の実力と自信は揺るがない。
 けれど、たまに一休みするためにまた立ち寄ってもいいかもと思っていた。