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A HAPPY NEW YEAR
1.
鏡餅、門松、羽子板。
冬の冷たい北風の中、もう少しで新しい春が来る。
新しい門出、新鮮な気持ち。
夜の参道は、正月ゆえに煌びやかに彩られキラキラとした光に包まれている。
人もそれほどの混雑ではなかったが、普段よりは人影があった。
草間武彦(くさま・たけひこ)と黒冥月(ヘイ・ミンユェ)はパーティーを抜け出して、初詣へと来ていた。
新年の空気と神社の神聖な雰囲気に身が引き締めるような思いがする。
「今年は…さすがに着物じゃ無理だったな」
パーティー会場から直行したせいで、草間はタキシードの上にコートを羽織り、冥月は黒のロングドレスの上にコートを羽織っていた。
「…和服の方がよかった?」
冥月が気にすると、草間は微笑んだ。
「いや、それも似合ってる。俺は冥月と一緒ならいいさ」
冥月は少し頬を染めて「…ありがとう…」と囁いた。
「ちょっと待ってろ。温かい缶コーヒーを買ってくる。懐炉代わりに持っておけ」
そういうと草間は門前に冥月を待たせて、走って自販機へと向かった。
少し腰かけて待とうかと思った冥月の前に、数名の男が立ちふさがった。
…男というにはまだ経験値も浅い、少年といっていいほどの年齢の男たちだ。
「おねーさん、フラれたの? 俺ら今暇してんだけど、一緒にどう?」
「俺ら紳士だし、別に悪いことしないよー?」
ニヤニヤとそういう男たちに、冥月はため息をつく。
ナンパする男のセリフというのはどうしてこうも画一的なのか?
「おまえたちと遊んでやるほど暇じゃない」
「またまたおねーさん、強がちゃってぇ〜」
男たちはそう言って冥月に手を伸ばそうとした。
それより先に冥月が男の手をひねろうとした瞬間、横から手を掴まれた。
「わりぃな。待たせた」
草間はそういうと、冥月に缶コーヒーを渡した。
そして、男たちに向き直る。不敵な笑みを浮かべて。
「そこのお子様ども。この女ナンパしたいんなら、最低でも俺より大人になって出直してこい。じゃなきゃこいつの相手はつとまんぞ?」
草間はそう言って、冥月の手を取って「行こうか」と促した。
冥月もその手に自分の手を重ね、草間にエスコートされつつ振り返って男たちに別れを告げた。
「…そうね。それじゃ坊やたち」
ぽかんとした男たちを背に、冥月と草間はお互いの顔を見合わせて笑った。
2.
2人はしっかりと腕を組み、はぐれぬように境内の奥へと進んだ。
そんなに人はいないので、はぐれる心配はないのだが、先ほどのような例もある。
誰がどう見ても恋人同士であると見えるように…いや、実際に恋人なのだから堂々と歩いた。
大きな鳥居の下で一礼。
手水舎で手と口を洗う。切るような冷たさの水で洗い清められた気がした。
賽銭箱の前はそれなりに余裕があり、2人はそれぞれにお金を投げた。
鈴を鳴らし、二礼二拍手。
武彦と別れない未来であります様に…。
草間の娘・月紅(仮名)が幸せであります様に…。
最後に一礼。
厳粛な儀式、神様への今年最初の願い。
どうか…受け入れられますように…。
「なにを願ったんだ?」
隣の草間にそう訊かれ、冥月はいたずらっぽく微笑んだ。
「内緒よ。だって言ってしまったら神様が叶えてくれないかもしれないでしょ?」
草間は「ちぇ」と不服そうだったので、冥月は逆に聞き返した。
「じゃあ武彦は何をお願いしたの?」
答えは即答で返ってきた。
「災厄退散」
「それは…無理じゃないかしら?」
色々頭をよぎっていく冥月がそう答えると、草間は「頼むだけならタダだからな」と苦笑いした。
境内の中にはお守りを売る小さな社務所がある。
そこでホテルで待っている草間零(くさま・れい)と月紅へのお守りを買うことにした。
「御神籤もあるな」
「引いてく?」
「まぁ、折角だしな」
代金を2人分入れるとそれぞれに御神籤を手に取る。
「………」
大吉。新たなる風に乗る時。願望・慎めば叶う。恋愛・発展するとき。家庭・よき理解者たれ。商売・大きく利あり。
…これは…どう読み取ればいいのかしら?
大吉の御神籤に困惑する冥月の隣で、プルプルと震える草間の姿。
「………」
大凶。一寸先は闇と慎重に歩むべし。願望・高望みは怪我の元。恋愛・すれ違うこともある。家庭・波乱なれど慌てずに。商売・手を広げるな。
「武彦、どうだった?」
「…え!? あー……結んでくる」
何も御神籤の中身については触れずに、草間はさっさと御神籤を木の枝に結んだ。
まさか大凶が出たとは冥月には言いにくかった。
3.
お守りを買って、2人は神社を出た。
先ほどのナンパ達はいなかった。
静かな夜の空気を感じながら、2人はいつもの道へと帰っていく。
草間興信所が見えてきた。
「零達は今頃寝てるかしら?」
「どうだかなぁ? 月紅がおとなしくしているとはとても思えないが…」
パーティー会場のほど近くにホテルを一室とって、零と月紅はそちらに今日は一泊する予定だ。
零にもたまには息抜きが必要だろうと、冥月が提案した。
「名探偵になるとか言ってたしね…。まだ興奮が収まってないかもしれないわね」
冥月がその時の月紅を思い出してふふっと笑った。
草間興信所に入ると、人気がなかったせいか空気が冷たい。
すぐに暖房を付けた。
新年、2人きりの夜である。
「もう夜も遅いけど、お雑煮でも食べる? お節もあるけど…」
正月の用意はしっかりとしてあった。
冥月はコートを脱ぐと草間に呑気に微笑みながらそう訊いた。
草間は冷静な自分を装いつつ、コートを脱ぐと冥月を引き寄せた。
「2人きりだし、秘め始めといこう!」
貴重な2人きりの時間。特にこのところ月紅が現れてからはまともに2人の時間なんかとれやしない。
この時間をどれだけ有効に使えるか、いかに甘い時間を満喫するかが草間の頭の中に充満していた。
…先ほどの大凶の御神籤がふと頭によぎったが、そんなことを考えている暇はない。
とにかく急いで冥月を口説かなければ!!
そんな草間の脳内とは対照的に、冥月は少し首を傾げ「ん〜」と何やら考えている。
そして、「いいわよ、ちょっと待ってて」と微笑んで奥へと消えて行った。
この時、草間は違和感を感じるべきだった。
普段なら頬を染めて恥じらいながら「武彦が…そう言うなら」なんて可愛いセリフで草間のアドレナリンを大量に放出させるはずだと。
しかし、草間の今年の運勢は大凶なのである。
焦りからなのか、それとも「冥月もヤル気だ!」と勝手に暴走していたからなのか、冥月のその違和感に何も疑問を抱かなかった。
奥でガサガサと何かしているのも、きっと着替えたりしているからだろうと勝手に思っていた。
十数分待たされるのだって決して苦痛ではなかった。
そうして戻ってきた冥月が「お待たせ」とにっこり現れた時、草間は思わず口にしてしまった。
「何…これ??」
4.
ほかほかの炊き立てごはんが小さなお盆に2膳盛られて鎮座している。
「何、これ??」
草間はもう一度訊く。どうしてこうなった?
呆然とする草間にぱちくりとする冥月。
「え? なにって…姫飯(ひめいい)だけど」
姫飯??? なにそれ???
草間はもう言葉にできない。
俺の情熱はどこ? 何この仕打ち?
「だって姫始めって、お正月に柔かく炊いたご飯を食べる事でしょ」
草間は日本人だったが、姫始めという言葉に色々な説があり、その由来ははっきりしていない。
冥月の知る『姫飯』を食べる日という説もあれば、『飛馬始め』と書き馬の乗り初めの日である説や、『姫糊始め』で女が洗濯や洗い張りを始める日との説もある。
…現在一般的に使われるのは草間の思う説なのですが…。
「そんな訳あるかー!」
思わずキレた草間に、冥月は無表情になった。
「それは、私が作ったものは食べられないっていうこと?」
草間はハッとした。冥月の放つオーラがとてつもなく冷たい!?
そしてよぎるのは御神籤に書いてあったあの言葉。
『恋愛・すれ違うこともある。家庭・波乱なれど慌てずに』
今まさに、その状況!?
「食べます…いや、食べさせてください」
ちょこんとおとなしく座った草間に、冥月はにっこりと微笑む。
「よかった。私のこと、嫌いになったのかと思った…」
その微笑みは天使のようで、草間はただ冥月の愛情たっぷりの温かな姫飯をありがたくいただいた。
今年は…なんだか波乱な1年になるのかもしれない…なんて草間は思っていた…。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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黒冥月 様
こんにちは、三咲都李です。
初詣ノベル、ご依頼いただきましてありがとうございます。
恋人たちの楽しいすれ違い…これは波乱の幕開け!?
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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