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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 君が隣で眠るまで −

1.
「…ママ、胸がおっきい」
 草間の娘・月紅(仮名)は寝間着姿の黒冥月(ヘイ・ミンユェ)を見てぼそりと呟いた。
 客間に敷かれた布団の上で、月紅は遠慮なく冥月の体を見つめる。
「…そんなに見つめられると、穴が開きそうだわ」
 ノースリーブチュニックにスパッツのラフな格好で冥月は困惑する。
 そりゃ、胸が小さいといわれるよりは大きいといわれる方がましな気もするが…月紅がそれをじーっと観察するのが理解できない。
 おもわずノーブラの胸を手で隠した。
「なんでママはおっきいのに、私の胸はおっきくないのかな?」
 そういうと月紅は今度は自分の胸をじーっと見つめたり、胸に手をやって大きさを測っている。
 どうやら自分の胸の大きさに不満があるようだ。
 そんな月紅を冥月は布団の上に座ってじっと見つめる。
 …私の娘…ね。疑ってはいないけど妙な気分だわ。
 自由奔放なところや、突然近寄ってきて人の心に入ってくる感じ。
 こうしてまじまじと見ると武彦によく似ている…。
 冥月は、今頃自室でいじいじしているであろう恋人の草間武彦(くさま・たけひこ)の顔を思い出して苦笑した。
 その視線に気が付いたのか、月紅は冥月をはっと見た。
「…ママ、怒ってる?」
 不安そうに訊ねる月紅に冥月は首を振った。
「ううん、怒ってない。月紅は疲れてない? ここに来るまで大変だったんでしょう?」
 そう言って月紅の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。私、ママに早く会いたかったから」
 恥ずかしそうで嬉しそうな笑顔に、冥月も微笑んだ。
 そして、月紅の手の上に冥月の手を重ねた。
「私は…不思議な気分なの。月紅が私の娘だっていうことが…」
「信じて…くれてないの?」
 月紅の言葉に、冥月は首を振る。
「ただ…」
「ただ?」
「少し前まで子供は諦めてたから」
 そう言った冥月に、月紅はどう答えていいのか言葉を探しているようだった。


2.
「武彦から…パパからはどれくらい私のことを聞いたの? 私の素性は…知ってる?」
 月紅はきょとんとして、それから少し首を傾げた。
「パパはね、ママはすっごく強い人だって言ってた。それから、すっごく綺麗なんだって。それから、すっごく寂しがり屋なんだって」
 ふふっと笑って、月紅は冥月に顔を近づけた。
「でも、ママと会ってみて私もそう思った! ママは美人で、強くて、パパといるのが好きなんだなぁって」
 にこにこの笑顔に、冥月は照れて思わず俯いた。
「あ、ママ。照れてる〜♪ 可愛い〜!」
 子供らしい素直な直球勝負。キラキラした瞳が冥月には眩しい。
「ねぇ、月紅。少し…昔の話をしてもいい?」
 そう言った冥月は寂しげな影を落としていた。
 草間が冥月を受け入れたから月紅がいる。
 けれど、月紅がそれを受け入れてくれるのかわからない。
 怯えるかもしれない。嫌われるかもしれない。
 それでも、母としての自分の人生を伝えたい思いに駆られた。
「昔、中国に小さな女の子がいたわ。その子はいつの間にかそこにいて、いつの間にか暗殺者の訓練を受けていたの」
 冥月が語る小さな女の子の話を、月紅は真剣な顔で静かに聞いていた。
 小さな女の子はやがて同じ訓練をしていたお兄さん的な男の人と恋に落ち、その人を救えず、悲しみと共に日本に渡ったのだと。
「その子は子供を作って安全に暮せる世界にいなかったの。だからすべてを諦めていたわ」
 冥月はそっと月紅の頬を撫でた。
 柔らかく温かな頬。人が生きている証。
「武彦に会わなければ、きっと今も同じだったわ。月紅が生まれることも、私と出会うことすらなかったのね」
「ママ…」
 月紅はぐっと冥月の手を握って、頬に押し当てた。
「ママは、私の大切な人だよ。だから、幸せになってほしいの。昔が幸せじゃなかったっていうなら、私が幸せにするから!」
 月紅は至極真面目な顔で冥月の目をまっすぐに見てそう言った。
 曇りのない、まっすぐな瞳。
 いっぱいの愛情を貰ってすくすくと成長してきたのだと、冥月は思った。
「ありがとう」

 月紅のプロポーズのような言葉に、冥月は泣きたいような、それでいてとても温かな気持ちを感じていた。


3.
「…で、ママとパパってどうやって出会ったの? やっぱり一目惚れ!?」
 ゴロンと布団の中に入って2人で話をする。
 月紅は興味津々で色々なことを訊いてきた。主に冥月と草間のことを。
「ある依頼でね、出会ったの。最初は敵同士で…」
 あの時のことを思い出すたびに苦笑する。
 私、最初から口説かれてたじゃない。でも、一目惚れとは違うわね。
「ママとパパって…じゃあどうやって付き合い始めたの? どっちから告白したの!?」
 14歳の月紅は目をキラキラさせている。
 恋なんてまだまだ知らないのかもしれない。恋に恋するお年頃?
「どうやって…? どっちから…う〜ん…なんだか友達以上恋人未満な関係がずっとあった気がする。あ、でもちゃんとぷ、プロポーズは…してもらったのよ?」
「え!? じゃあもう今の時代で結婚秒読みってこと!? えー! いつ結婚するの!?」
「そ、それは…まだ…はっきり決まってなくて…」
 もごもごと冥月は口を濁す。
 月紅のストレートな感情は冥月を困惑させる。
 兄弟子の墓前で草間が言った誓いの言葉、散りゆく桜、そして冥月の思考も散り散りになる。
 どれを話していいのやらさっぱりわからなくなってきた。
 そして、話したらまた月紅はキラキラとした瞳できっともっと聞きたがるのだ。
 箱根に旅行に行った話とか、暗殺組織に狙われたとか、そんな話を子供に聞かせていいのかしら?
 段々混乱してきて、冥月は月紅に「ストップ!」と思わず言った。
「…??」
 月紅はどうしたの?といった表情で目をぱちくりさせている。
「あの、…あのね? 月紅。月紅が私と武彦の仲が悪くなる原因を突き止めたい気持ちもわかるのよ? だけどね、今の時点で私から言えるのは…」
 冥月はそう言って一呼吸おいた。

「武彦は私を私のまま受け入れてくれた。私もその想いに応えたいと思ってる。だから…見捨てるなんて、今は想像もつかないわ」

 月紅は少し考えた後、「そっか」と笑った。


4.
「月紅はパパ、好き?」
 今度は冥月が訊く番だ。
「うん、好きだよ! でも、ちょっと頼りないよね…」
「…頼りない…」
「あ、でもそれは親と子って関係だからかもしれないし、ママとパパの間じゃ違う顔なのかもしれないし…」
 子供にフォローされる親ってどうなのよ?
 と思いつつ、冥月は色々なことを訊く。
「月紅は何が好きなの? たとえば…食べ物とか、色とか」
 月紅はにこにことしながら答える。
「零ママが作ってくれたご飯は何でも好きだよ♪ 色はね…赤が好き」
 零ママとは、草間の妹の草間零(くさま・れい)のことである。
 そうか、月紅は零をママ代わりにして育ったのか…。
「武彦は…パパはご飯作ってくれなかったの?」
「パパの作るご飯ってなんか…壊滅的な味がした…」
 これは今から草間に調理をできるようにしといたほうがいいのだろうか?
「未来の武彦って…どんな感じ?」
「そーだなぁ…未来があんまり明るくないから、パパもそんなに明るくないよ。うん、私だけが明るい感じだね」
 いたずらっ子のように笑った月紅は少し眠そうだ。
「眠い? ならもう寝ましょうか」
 冥月の言葉に、月紅は慌てて首を振った。
「大丈夫! まだ全然眠くないよ!」
 しかし、口で言うほど目は開いていない。
「あんまり無理しないの。女の子なんだから。それに、話は明日にだってできるわ」
「…明日? 明日もいいの?」
 月紅がびっくりしたように言ったので、冥月は頷く。
「そう、明日も話しましょう」
 その言葉に、月紅は嬉しそうな満面の笑顔をこぼした。
「明日…明日か…」
「ほら、ちゃんと寝ないと色々育たないわよ」
「む、胸とか!?」
「そうそう」
 冥月はふふっと笑って、部屋の電気を消した。
「あの…ね?」
「ん?」
 月紅の小さな声が聞こえる。消えてしまいそうな小さな声で。
「手を握って寝てもいい?」
 冥月は何も言わず、そっと月紅の手を握った。
「ありがとう、ママ…」

 そして、寝息が聞こえるまで冥月は眠らなかった。
 大人になり切れていないその手が、とても温かく優しかった。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い


■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 マシンガントークの娘さん。会えて嬉しかったんでしょうね…(貰い泣き
 少しでもお楽しみいただければ幸いです