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<東京怪談ノベル(シングル)>


侵入者、その名は「令嬢くのいち」


 日本国内であるにもかかわらず、小銃を手にした男たちが大勢いる。全員、戦場さながらに防弾装備で身を固め、うろうろと哨戒任務を遂行中である。
 兵士、と言っていいだろう。国ではなく企業に雇われた私設兵団だ。
 とある重工企業が某県の樹海に隠し持つ工場の、一区画。
 砲身のない戦車が何輛も、整然と並べられている。大口径砲ではなく小型の機銃がいくつも備え付けられた、対人用戦車。多数の人間を射殺・轢殺するためにのみ開発された兵器。
 この工場で生産され、出荷を待つだけとなった商品である。
 その警護に当たっていた兵士の1人が突然、倒れた。
「おい、どうした……」
 他の兵士たちが、油断なく小銃を構えながら駆け寄って来る。そして短い悲鳴を漏らし、次々と倒れてゆく。
 完全な第三者の視点から、この場を観察する事の出来る者がいたとしたら、彼もしくは彼女は見たであろう。出荷待ちの対人戦車十数輛の上から上へと音もなく飛び跳ねる、細身の人影を。その人影から兵士たちに向かって飛ぶ、微かな光を。
 また1人、兵士が倒れた。その首筋に、小さな凶器が深々と突き刺さっている。
 クナイである。
 今、この区画に倒れている兵士全員の首筋あるいは眉間に、同じものが穿ち込まれていた。
 跳び回っていた人影が、ふわりと着地する。
「銃をお持ちの方々は、これで全員……お休みになって下さいましたかしら?」
 綺麗な唇が、涼やかな言葉を紡ぐ。その端麗な顔立ちには、何の感情も浮かんではいない。
 機械が並び屍が散らばる、この冷たい死の空間に、静かに佇む細身の肢体。
 豊満にして引き締まった魅惑のボディラインは、戦闘用の着物やプリーツスカートの上からでも充分に見て取れる。そんな身体をサラリと撫でる黒髪は、白皙の美貌と鮮烈な対比を成して艶やかだ。
 しなやかな細腕の先端では、グローブに包まれた優美なる繊手が、投擲用のクナイを握っている。
 軽やかに床を踏むのは、編上げのロングブーツ。スリムな脚線を戦闘的に引き立てるそのブーツと、ミニのプリーツスカートとの間では、美しく鍛え込まれた太股が眩しく露出している。
 水嶋琴美、19歳。忍者の血を受け継ぐ家系に生まれ、今は現代の忍びとして自衛隊・特務統合機動課に所属し、公務員でありながら公には出来ない仕事を行っている。
 今回の任務は、この工場で行われている事の強行調査である。
 が、この区画を一目見回すだけで、もはや調査の目的は半分近く達せられたと言って過言ではない。
 どこの国の権力者に売りつけるつもりか定かではないが、とにかく民衆を殺戮する以外には何の役にも立たぬ対人兵器の群れ。
 何の感情も浮かんでいなかった琴美の美貌に、微かな感情が浮かんだ。冷たい、嫌悪と侮蔑だった。
「汚らしい手段でしかお金を稼げない、貧しい方々ばかり……」
 その表情を、琴美はすぐに引き締めた。複数の気配と足音が、近付いて来たのだ。
「何だ、何が起こった……」
「き、貴様! 一体何者だ!」
 小銃を持った兵士が、5人。何者だ、などと問いながら答えを聞こうともせず、琴美に銃口を向け、容赦なく引き金を引く。
「あら? 生き残りの方々がおられましたのね……私とした事が、何と詰めの甘い」
 踊るようにステップを踏みながら、琴美はひらりと細身を翻した。
 柔らかく捻転する細い胴体の近くを、横殴りに瑞々しく揺れる胸の近くを、弧を描いて舞う黒髪の近くを、銃弾の嵐が激しく通過する。
 その回避の舞踊と同時に、琴美の両手から光が飛んだ。
 兵士5人のうち2人が、絶命した。それぞれ額と喉元に、クナイが突き刺さっている。
 他3人が仲間の突然死に動揺している、その間に琴美は音もなく駆け出し、踏み込んで行った。優美にして鋭利な両手に、白兵戦用のいくらか大振りなクナイが握られる。
 左右2本のそれらが、一閃した。
 首筋を切断された2人の兵士が、真紅の噴水を披露しながら倒れてゆく。
 残る1人の兵士は、琴美に背を向けて逃げ出していた。なかなかの逃げ足ではあるが、琴美なら1度の踏み込みで追い付ける。
 が、そんな事をする必要もなく、その兵士はビシャアッと転倒していた。人体の内容物が、大量にぶちまけられて床を汚す。
 人影が1つ、新たに出現していた。
 鎧武者である。戦国武将そのものの全身甲冑に身を包んだ1人の男が、振り下ろしたばかりの太刀を、琴美に向かって構え直している。
 否、人間が鎧を着ているわけではない。甲冑の内部から発せられる微かな駆動音を、琴美の忍びとしての聴覚は確かに捉えていた。
 鎧武者の形に作られた、戦闘機械である。これもまた、この工場で生み出された製品の1つであろう。
 それが、猛然と斬り掛かって来た。
 琴美は、とっさに後方へと跳躍した。
 機械の剛力で振るわれる太刀が、一瞬前まで琴美がいた辺りの空間を薙いで奔る。
 琴美は着地し、その足ですぐさま横へ跳んだ。続けざまに襲いかかって来た機械の斬撃が、すぐ近くを豪快に空振りしてゆく。
 空振りした太刀が、しかし即座に別角度から琴美に斬り掛かって来た。
 重量と速度を兼ね備えた斬撃が2度、3度と、凄まじい風を巻き起こして閃く。
 琴美の細い肢体が柳の如く揺れ、それらをかわし続ける。
 紙一重の回避を正確に追って、鎧武者の重い身体が滑らかに迫って来る。生命ある練達の剣士そのものの動きである。
 琴美の背中が、何かにぶつかった。対人戦車だった。
 追い詰められた様子を見せる琴美に、鎧武者が容赦なく斬り掛かる。太刀が、機械の怪力で振り下ろされる。
 後ろへ下がれず、だが左右へ逃げる事もせず、琴美は前方へと踏み込んだ。そうしながら身を捻り、目くらましの如く黒髪を舞わせ、左右のクナイを一閃させる。
 琴美と鎧武者が、高速で擦れ違った。
 振り下ろされた太刀が琴美を仕留め損ね、勢い余って対人戦車の横腹を直撃した。
 装甲がザバァッ! と裂けた。対人戦車の巨体が、半ば真っ二つになっていた。太刀の方には、刃こぼれ1つもない。
「なるほど、弾薬の消費もなく陸戦兵器を破壊する……そこそこの商品には、なりそうですわね」
 左右の手に残る強烈な手応えを握り締めながら、琴美は言った。その手に、クナイはない。
「でも……汚らしいお金儲けには、違いありませんわ」
 2本のクナイは今、鎧武者の首筋に、右腕の付け根の可動基幹部に、深々と刺さり埋まっていた。その2ヵ所でバチバチッと火花をスパークさせながら、鎧武者が痙攣し、よろめく。
 琴美は歩み寄り、クナイの1本を引き抜いた。一際、激しいスパークが起こり、鎧武者の右腕が根元からちぎれて床に落ちる。
 それを片足で踏み付けながら琴美は、もう1本のクナイを、ぐり……っと抉り込むようにして引き抜いた。
 鎧武者の頸部が切断され、血飛沫のような火花が噴出した。機械の生首が、重々しく転がり落ちる。
「……戦うための機械など、私たちだけで充分ですわ」
 一声だけ、琴美は言葉をかけた。