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<東京怪談ノベル(シングル)>


美しき死神、その名は「令嬢くのいち」


 コンビニ店舗と同じくらいに広い部屋。その全体が、エレベーターとなっていた。
 琴美が歩み入る。扉が閉まる。そして、攻撃の気配が降って来る。全てが、同時だった。
 1歩、琴美は左側へと跳んだ。
 直前まで琴美が立っていた床に、大振りのコンバットナイフが突き刺さった。
 それを握っているのは、迷彩柄の忍び装束に身を包んだ男である。
 琴美を仕留め損ねたナイフを、男は即座に床から引き抜き、姿勢低く構えた。
 全く同じ姿の男たちが、音もなく天井から降って来て、琴美を取り囲む形に着地する。
 迷彩柄の忍び装束をまとった男が、計7人。全員、刀剣とも言える長さのコンバットナイフを隙なく構えている。7人とも格好だけでなく、忍びとしてそれなりの技量を身に付けてはいるようだ。
 エレベーターは、すでに動き出していた。どうやら下へ向かっている。
 その機械音が静かに響く中、男たちは何も言わず、駆ける寸前の獣のように低く身構えている。
「あらあら……このような所で、同業の方々とお会い出来るなんて」
 琴美は言った。男たちは、やはり何も言わない。無言で、疾風の如く斬り掛かって来る。
 自分が喋り過ぎるのだ、と琴美は思い、苦笑した。忍びの任務とは、静寂のうちに遂行するものだ。
 軽やかに床を蹴り、自ら襲撃の真っただ中へと向かって行く琴美。そこへ、7本もの大型ナイフが次々と襲いかかる。小刻みな斬撃、高速の刺突。
 それら全てが、2本のクナイによって弾かれ、受け流される。
 大振りな、白兵戦用のクナイ。左右それぞれの手に握ったその凶器を、琴美は別々の方向に振るい続けた。刃の輝きが目まぐるしく閃いて、7本のナイフをことごとく受け弾く。焦げ臭い火花が、飛散する。
 それら火花を蹴散らすように、長い黒髪が弧を描いて舞った。凹凸のくっきりとした胴体が、ギュルッと旋風の如く捻れた。
 美しく強靭な右太股が、短いプリーツスカートを押しのけて跳ね上がる。畳まれていた膝が伸び、脛と足首が一閃する。
 ジャックナイフの刃が開いたかのような、回し蹴り。それが2人の男の顎を薙ぎ払った。
 顎から脳天へと震動を伝えられた男2人が、白目を剥いて揺らぐ。
 その間、琴美の右足が着地し、左足が離陸する。優美な脚線が、後ろ回し蹴りの形に一閃する。
 男の1人が蹴り飛ばされ、別の1人と激突し、もつれ合ってよろめく。
 計4人の敵が一時的な戦闘不能状態に陥っている間に、琴美は床に転がり込んでいた。他3人の振るうコンバットナイフが、直前まで琴美の首や胴体のあった空間で一閃する。
 その3名の足元を、琴美は猫の如く転がって通過し、立ち上がった。
 男3人が、微かな呻きを漏らしながら倒れた。
 3本のアキレス腱を切断した手応えが、クナイから伝わって来る。
 その感触を握り締めたまま、琴美は床を蹴った。
 一時的に戦闘不能であった4名が、戦いに復帰しつつあった。よろめいていた足でしっかりと床を踏み、大型のナイフを構えようとしている。
 その4人の間を、琴美は風の如く駆け抜けた。左右のクナイが閃き、弧を描く。
 男4人が、コンバットナイフを構えようとしたまま硬直した。
 全員の首筋から、鮮血の霧が噴出した。
「忍びの任務は、こうあるべき……ですわね」
 琴美の呟きに合わせ、4つの屍が倒れ伏す。
 あとは、アキレス腱を断ち切られた残り3名に、とどめを刺してやるだけだ。
 琴美がそれを実行しようとした、その時。エレベーターが止まった。
 直後、扉がひしゃげて吹っ飛んだ。
 絶叫か、咆哮か。凄まじく耳障りな叫び声を発しながら、巨大なものが突っ込んで来ていた。
 琴美は跳躍した。その足元の床が、何かに打ち据えられて凹んだ。
 跳躍する事の出来なくなった男3人が、同じ何かに打ちのめされてグシャアッ! と跳ね、絶命した。全員、首がおかしな方向に折れ曲がっている。
 彼らの頸骨を叩き折ったものが、うねりながら宙を舞った。
 大蛇のようなものが3つ、いや4つ、まるで琴美を探し求めるかのように宙を泳いでいる。
 大蛇と言うよりは蛸の足に近い、触手。何本ものそれらが、1つの巨大な肉塊から生えていた。小型自動車ほどの大きさの、肉塊としか言いようのない、恐らくは生物。
 そんなものが、扉を破壊してエレベーター内に押し入って来たのである。
「いたぁ……見つけたぁあああ水嶋琴美、生意気なクソ女ぁ……」
 肉塊が、声を発した。どこかで聞いた事のある声だ。
 何本もの触手を生やした、まるで潰れかけた大蛸のような醜い巨体。その真ん中辺りに人間が1人、埋まっている。肉塊の中から、頭部だけを外に出している。
 いや違う。首から下が全て、触手の生えた肉塊などという形に巨大化しているのだ。
 唯一、人間としての原形をとどめたその頭部が、笑っているのか怒り狂っているのかわからぬ奇怪な表情を浮かべている。どこかで見た事のある顔だ。
 琴美は、とりあえず微笑みかけた。
「課長さん……こんな所で何をしておられますの? お仕事中にしては、随分とふざけておられる御様子」
「ふざけてるのはお前だろぉおおがあああああ! ボクに! 向かって! あんな態度!」
 何本もの触手で、駄々っ子の如く床や壁を殴り、エレベーターを揺るがしながら、課長が喚く。
「お前の事パパに言い付けたら、ここに連れて来てくれたんだ! で、この力をもらったんだ! ボクを馬鹿にする奴どいつもこいつも叩き潰すためにぃいいいいいいい!」
 要するに、実験材料として差し出されたというわけである。取引先である重工企業への、ちょっとした手土産のようなものであろう。
 この工場では、人間をこのような生きた兵器に作り変える実験まで行われている。
 この課長が、その実験の哀れな犠牲者である事に、違いはない。
「かと言って、助けてあげられるわけでもなし……せいぜい哀れんで差し上げますわ」
「ボクを馬鹿にする奴の筆頭! お前だよ水嶋琴美ぃいいいいいいい!」
 ヒステリックな怒声に合わせ、触手の群れが一斉に伸びた。汚らしい粘液を飛び散らせて宙を泳ぎ、琴美を襲う。
「お前のその生意気なカラダ、いろんな所からグッチュグッチュほじくってやるよおおおおお!」
「愉しい夢を見ておられますのね……殿方らしいわ」
 琴美は微笑み、踏み込み、身を翻した。艶やかな黒髪が、豊麗なボディラインを取り巻いて舞う。
 その周囲で、左右2本のクナイが、いくつもの弧を描いていた。刃の閃きが描く、斬撃の弧。
 それに触れた触手たちが、ことごとく切断されて床に落ち、グネグネとのたうち回りながら萎びてゆく。
「ぎゃっ……ぴ……」
 課長の顔面が引きつり、悲鳴を漏らす。滑稽な、苦痛の形相。
 その眉間の辺りに、琴美はまっすぐにクナイを穿ち込んだ。
「夢見心地のまま、お休みなさいな……」
 言葉をかけ、クナイを引き抜きながら背を向ける。
 異形化した課長の巨体が、急速に萎び、縮んでゆく。
 早くも腐臭を発し始めたその屍をエレベーター内に残し、琴美は歩み出た。
 恐らく工場の最下層であろう。とてつもなく巨大な空間が、そこには広がっていた。