コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


殲滅者、その名は「令嬢くのいち」


 照明が行き渡っていない、広い空間。明るいのは作業が行われている中央のみで、それ以外の部分は暗闇に支配されている。
 その作業を行っていた人々が、ぎょっと振り向いてきた。白衣を身にまとった理系の人々である。科学者や研究者の類であろう。
 その研究の産物と思われる巨大な物体が、床に据え付けられていた。
 機械である事に間違いはなかろうが、用途は不明だ。小屋ほどの大きさがあり、全体からケーブルを生やして、いくつもの端末と繋がっている。
 それら端末で入力や計算を行っていた白衣の人々が、青ざめ、慌てふためいている。
 琴美は彼らに、まずは微笑みかけた。
「つまらないお金儲けは、おやめなさいな。さもないと、お金だけではなく命まで失う事になりますわよ」
「金儲け……この会社の者どもにとっては、そうであろうな」
 白衣の集団の中から男が1人、進み出て来た。
「だが、我らにとってはそうではない。我らの理想が成った暁には、世俗の利益など、何の意味も持たなくなるのだからなあ」
 口調も、眼差しも、不気味なほどに真摯で熱っぽい。
 この男と同じような輩と過去、何度も戦った事がある。琴美はふと、そう思った。
 男が、なおも言った。白衣に包まれた華奢な身体をメキッ……と震わせながら。
「それまでは、世俗の利益にしがみつく者どもを、せいぜい利用してやるのよ……この世を1度、滅ぼすために」
 男の全身で白衣が破け、鎧のようなものが盛り上がって来た。
「この会社の技術力は、そこそこ利用出来る。だから利用してやったのよ……この世を1度、滅ぼすために!」
 鎧のような、外骨格だった。華奢な身体が、甲殻に包まれた大柄な異形へと変化しつつある。
「こやつらのような死の商人に力を貸し、戦争を、兵器を、全世界にばらまく! この世を1度滅ぼし、人類に大いなる霊的進化をもたらすために!」
「虚無の境界……」
 呟く琴美の眼前で、男は人間ではないものに変わっていた。
 鎧のような外骨格を全身で隆起させた、人型の甲殻類とも言うべき怪物。その両手からは、金属を切断出来そうな鉤爪が伸びている。
「貴方たちが関わっておられたとは……まあ、予測しておくべき事でしたわね」
 小屋ほどの大きさの、まるでこの工場の心臓のようでもある巨大機械に、琴美はちらりと視線を投げた。
「その不格好な玩具は一体、何ですの?」
「知りたいか? 良かろう、冥土の土産に教えてやる……くくく、まさにこれは冥土の土産よ」
 恐らくは生体兵器の類であろう男が、嬉しそうに鉤爪を振り立てて言う。
「これはな、我々がとある島から接収した技術の産物よ。名は怨霊機。プロトタイプはとうの昔に破壊されておるが、なあに死の商人どもがいれば量産などいくらでも出来る」
 怨霊機と呼ばれた機械が、音を立てて震動した。まるで心臓が脈打つように。
 大半が暗闇に支配されたこの空間に、無数の気配が生じた。
 足音が、聞こえて来る。奇怪な呻き声と一緒にだ。苦しげな、恨みがましい、怨念そのものの呻き。
 そんなものを発しながら、無数の人影が、暗闇の中から現れつつある。
 性別も国籍も年齢も様々な、人間たちだった。ある者は冷たく青ざめ、ある者は腐敗し、ある者は白骨化している。
 共通しているのは全員、すでに生きてはいないという事だ。老若男女の、死者たちである。
「この新たなる怨霊機はな、死せる者どもを霊界から際限なく召喚し、こうして実体化させる事が出来るのだ。文字通り死をも恐れぬ、無尽蔵の兵隊を生み出せるというわけよ」
 虚無の境界の生体兵器が、得意気に語っている。
「我らの理想が成し遂げられれば、こやつらも霊的進化を経て、新たなる人類として再生する事となる……その前に、兵隊として役に立ってもらうとしよう」
 死者たちが、一斉に動いた。生命ある者全てが敵といった感じに猛然と、琴美だけでなく白衣の科学者たち研究者たちにも襲いかかる。
「わわわ、こ、こんな事になるなんて聞いてないぞ!」
「たっ助けてくれ! 助けて……」
 抗う術もない理系の人々が、死者たちに群がられている。
 彼らを助けてやる暇もなく琴美は、全方向から襲いかかって来る死者たちの腕に向かって、左右のクナイを一閃させた。
 腐敗した腕が、死蝋化した腕が、白骨の腕が、ことごとく切断されて宙を舞う。
 腕を切り落とされた死者たちが、腐敗した頬を引きちぎって口を開き、琴美に食らいつこうとする。
「死をも恐れぬ……というのは、確かに伊達ではありませんわねっ」
 グローブに包まれた優美なる繊手が、左右2本のクナイを小刻みに操った。死者たちの顔面が、スパスパと高速で切り刻まれてゆく。
「……死を恐れないだけで戦いに勝てるなら、苦労ありませんわ」
「減らず口を!」
 虚無の境界の生体兵器が、死者の群れを蹴散らすように斬り掛かって来る。鉤爪が、斬撃の唸りを発して琴美を襲う。右、続いて左。
 立て続けの斬撃を、琴美は床に倒れ込んで回避した。
 しなやかな細身が、倒れ込んだまま下半身を跳ね上げる。長い両脚があられもなく開き、回転した。
 スリムに鍛え込まれた左右の美脚が、猛回転するローターの如く周囲を薙ぎ払った。群がる死者たちが片っ端から蹴り飛ばされ、うち1体が、鉤爪を振り立てる生体兵器と激突した。
 動きを阻害された生体兵器が、一瞬の狼狽を見せる。
 その一瞬の間に琴美は跳ね起き、踏み込んでいた。
 虚無の境界の生体兵器が、ぶつかって来た死者を苛立たしげに押しのけ、鉤爪を振り上げる。
 振り下ろされる前に琴美は、相手の懐に駆け入っていた。そして全身でクナイを突き込む。
 とてつもなく固い衝撃が、返って来た。
 生体兵器の左胸の甲殻に、琴美のクナイの先端部だけが食い込んでいる。とても心臓には達していない。
「ふ……こんなもので俺の身体を穿てるとでも」
 相手がそんな事を言っている間に琴美は、そのクナイを敵の左胸に残したまま跳躍し、空中で思いきり身を捻った。
 優美にくびれた胴が柔らかく捻転し、左足が超高速で後ろ向きに突き込まれる。しなやかな脚線が、槍の如くまっすぐに鋭く伸びる。
 後ろ回し蹴りが、敵の左胸に少しだけ突き刺さったクナイを直撃していた。
 ハンマーで打たれた釘のように、そのクナイが生体兵器の左胸に深々と埋まってゆく。間違いなく心臓を穿った感触を、琴美はブーツ越しに感じた。
 断末魔の絶叫を引きずりながら、虚無の境界の生体兵器が吹っ飛んで行く。
 そして、怨霊機に激突した。
 小屋のような大型機械のあちこちで、小規模な爆発が起こった。
「ぐぅあ……い、いかん、怨霊機が暴走……」
 怨霊機にめり込んだまま、生体兵器が声を漏らす。それが、最後の言葉となった。
 小規模な爆発が、本格的な爆発に変わった。爆炎の中で、虚無の境界の生体兵器は一瞬にして焦げ砕けた。
 それだけでは止まらない。爆発の火柱は轟音を立てて噴き上がり、天井を貫き、階上の工場内部へと達した。
 凄まじい震動が来た。爆炎が、工場を破壊している。
 否、爆炎ではない。先程まで怨霊機が鎮座していた場所から激しく噴出し、天井を破壊し、工場内部で荒れ狂っているもの……それは、光だった。
 死者たちが、キラキラと光の粒子に変わって空気中を流れ、噴き上がる光の柱に合流してゆく。
『ありがとう……1つの災いを、破壊してくれて』
 声が聞こえた。
『私たちは、この会社が作り出した兵器によって命を奪われた者……』
『もう私たちのような者が出ないように……これからも頼みますよ、生命ある人よ』
 穏やかな言葉に合わせて、しかし光は荒れ狂い、工場を容赦なく破壊している。
 琴美に出来る事は、もはや終わっていた。あとはただ、報告をするだけだ。
「任務完了……強行調査のはずが、結局は殲滅破壊になってしまいましたわ」
「それで良い。本当に黒幕とも言うべき者たちは、証拠など掴んだところで、のらりくらりと法を利用して逃げ回るだけだからな」
 携帯通信機の向こうで、司令官が言う。
「奴らを本当に追い詰めるためには、ただひたすら殲滅任務・破壊任務を繰り返してもらうしかない……これからも頼むぞ、水嶋君」