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<N.Y.E新春のドリームノベル>


●新しい年いらっしゃい
 音を喰う雪の中を、セレシュ・ウィーラー(8538)はお年賀を片手に歩いていた。
 年末から年始にかけて、降り続いた雪は東京のビル群を白く染め、大地を白く染める。
 吐き出した息が白く、剥き出しの肌はピリピリと寒気に触れて痛みすら覚えていた。
 風にあおられるマフラーをかき集め、雪で滑らないように慎重に歩き……。
 いつもの数倍時間をかけ、赴いた斡旋屋(NPC5451)の斡旋所は何一つ変わっていなかった。
 埃っぽい室内、うず高く積み上げられた本――古い紙のにおいがしている。

「掃除すらされてないって、どういう事なん!?」

 思わず、ツッコミを入れたセレシュにヒトガタが申し訳程度に視線――と言っても目は無い――を寄こす。
 そうして、静かに奥に引っ込むと緑茶を片手に戻ってきた。
 それと同時に、この斡旋所の主である斡旋屋がしずしずと歩み寄る……斡旋屋に言う気はない。
 無駄そうなので。
「明けましておめでとう、今年もよろしゅうな」
 セレシュの言葉に、斡旋屋は少し動きを止め、考えているようだった。
「……ああ、成程。明けましておめでとうございます」
 日めくりカレンダーを取り外したのを、セレシュは見逃さなかった。
 2012年、昨年のものだ。
「忘れてたん?」
「ええ。何しろ、長々と生きていると日付の感覚も曖昧で……昔は、祝っていた気がするのですが」
「年齢覚えてないのは、お互い様やで。……うちは、今の方が祝ったりするなぁ」
 新年を迎える人間を眺める生活から、何時しか他者と共に祝うようになった。
 懐かしく過去を振り返ってみるが、やはり実年齢は思い出せそうにない。
 長々と生きていると、一年と言う単位は窮屈すぎるのだ。

「ところで今年は、荒事より本職の魔具や呪具絡みの斡旋して貰えると嬉しいねんけど」
 熨斗の付いたお年賀である和菓子を差し出しながら、セレシュは斡旋屋を窺った。
 何時もの通り、全く表情を浮かべない斡旋屋は受け取ると『成程』と呟いた。
「お年賀……贈り物の風習でしたね。私から渡せるのは、依頼位しか――」
「今はいらんって。第一、三が日くらい休みたいわ」
「ふむ、でしたら――此方を届けて下さいませんか?」

 ――全然、話聞いてへん!

 と思わず心の中でツッコミ、静かに佇むヒトガタに視線を向けて見るも逸らされた。
 表情はないが、悪いとは思っているのかもしれない。
 呪符に無造作に包まれた、宝飾の施された杖を見、セレシュは瞬いた。
 異なる魔力が幾つも封じられている――どうやら、此れは複数の者が作った魔具だろう。
 ツルリとした宝石を撫でれば、成程、宝石に魔力は封じられているらしい。
 それ以上は解析してみないと分からないが、面白い魔具ではある――が、込められた魔力は弱い。
「面白いけど、めちゃくちゃ珍しいってもんでもないで?」
「それはそうですよ。それ、つい最近作られたものですから。祝い事の為に作られた、量産品です」
 件の魔術師の要望で手に入れたのだ、と斡旋屋は言った。
「こう言うものを手に入れるだけで、手数料を徴収出来るので……よい商売です」
「相変わらず、あこぎな商売しとるなぁ――。程々にしたってや?」
 最早、その程度では驚かない。
 が、妹のような魔術師がターゲットになっているとなると、話は別である。
 ……例え、金銭感覚のすれ違いが大きくとも。
「ところで、此れって報酬出るん?」
「お年賀です」

 にべもない。

「受け取り拒否したら、どうなるん?」
「特にどうともなりませんが、何処かの魔術師がへそ曲げますね」
 しゃぁないなぁ、とばかりにため息を吐いて立ち上がる。
 お使い程度の用事であるから、報酬は期待していなかったが無報酬と言うのも上手くこき使われているようで複雑だ。
「まあまあ。魔具や呪具の依頼が入ってきたら、優先的に回しますから」
「そうやなぁ。ついでやし……」
 今から、魔術師の家に行くところだ、友人の為だと思えば決して悪くはなかった。
 斡旋屋はそれを見越しているようで……『では、お願いします』そう言い残すと、初売りに向かうべく準備を始める。

「じゃあ、またな」
「ええ。またのご利用をお待ちしております」



「セレシューっ!」
 弾丸のように飛んできた魔術師は、尻尾があれば千切れそうな程喜んでいるようだった。
「わぁ、あの嫌らしい斡旋屋も、たまにはやるのね」
「……は?」
 お年賀の洋菓子が潰れていないか、に気を集中させていたセレシュだったが、魔術師の言葉に首を傾げる。
 まだ、鞄の中に魔具は眠ったままだ……魔力で気付いたのかもしれないが、一体。
「ああ、そういや此れ」
「セレシュを連れてきて、って頼んでたのよ。って、何?」
 差し出された宝珠付きの杖をしげしげと眺めていた魔術師は、セレシュの顔を見、そして『あー!』と声を上げた。
「これって、一部の魔術師から人気なのよね。セレシュが買ってきてくれたの?」

 ――お年賀です、と言う言葉を思い出す。

「いや、晶からやけど」
「ふぅん?」
 誰が買ってきたか、などと言う事は魔術師にとってどうでもいい事のようだった。
 パチン、と赤が、翠が、金が、白が、黒が、弾けだす。
 それはすぅ――と空に消えたかと思うと、五色のオーロラとなって宙に浮かび『HAPPY NEW YEAR!』の文字を作りだす。
「……これ、一般人に見えたら何事か、疑われるんちゃう?」
「大丈夫よ、異質能力者にしか見えないから。ほら、鳥が飛んできた」
 五色の羽を持つ鳥が舞い、そしてコンペイトウの雨が降る。
 それをパラソルの下で眺めながら、そう言えば、とセレシュは洋菓子を差し出した。
「これ、なぁに?」
「お年賀言うて、新年の挨拶みたいなもんや」
 開けて、中身を見た魔術師の表情がパッ、と明るくなる。
「お茶にしましょう!」
 いそいそとカップを持ってくるのは、やはりゾンビだった――抗菌済みと書かれているが、そう言う問題じゃない。
 それにしても――新年っぽくないなぁ、とセレシュは首を傾げる。
 魔術師に門松や、鏡餅を期待している訳ではなかったが……。
「日本に居るんやし、着物でも着てみいひん?」
「あ、それいいわね。初詣っていうのもいいし――お茶会は後にして」

 洋菓子を冷蔵庫の中に入れると、レースがふんだんにあしらわれたバッグを持って魔術師が飛び出してくる。
 レンタル着物と書かれた貸衣装屋へと向かい、それぞれの衣装を探す。
「セレシュは――青と緑かな!」
「うちはええねんけど……。イメージ的に、うん、紅色やな」
 それぞれの選んだ着物を着用し、髪もついでに結い上げて。
 石造りの神社の鳥居をくぐり、初詣へ。
 誰しもが少しだけ厳格な気持ちになる参道を歩き、ガランガランと鈴を鳴らす。
「なんや、守護の在り方は違えど、親近感が――」
 祀られている神と呼ばれる存在、白い蛇が、ひょっこりと拝殿から顔を出す。

『人間の願いと言うのも、多くて勉強になります。山の向こうから、出てきたばかりなんですがね』

 シューシューと言う音と共に、伝わった言葉に苦笑を洩らす。
(「勉強中の神様っちゅうんも……変な話やなぁ」)
 それでも、その蛇は待遇に満足しているようである――若いなぁ、とセレシュは笑った。
「祀られるっていうのも、大変なのねぇ。あ、お御籤ひきましょうよ!」
「走ると転ぶでー?」
 走り回る魔術師は、まるで大喜びしている犬を思わせる……その後ろから、ゆっくりと歩み寄るセレシュ。
 何故か落ち込んでいる魔術師の、手の中の紙を見れば――。

『凶――散財に注意』

 ピンポイントな助言を、寄こしてくるものである。
「も、もう一度引くわ」
「やめとき。全く意味ないから」
「引くったら引くのーっ!」
 早くも散財しそうになる魔術師を宥めすかし、屋台で甘酒を買っては飲みつつ、帰路につく。
 下駄をカラコロさせながら、セレシュは口を開いた。
「そう言えば、初詣は初めてなん?」
「うん。神と言っても、自分より力量が低い精霊だったりすると、がっかりでしょ?」
「確かにそれは、なぁ――でも、イベントみたいなもんやし」
 神も様々とは言え、異質能力者である以上、神と呼ばれるものの方が弱かった――と言う事も起こりうることだ。
 何かを神に託す訳ではなく、ただ、それは風習として受け継がれる。

「でも、セレシュとだったら何度行ってもいいかな。あの蛇は――弱そうだけど」
「それ……言うたらあかんで? まだ、見習いっぽかったし」
 えー、と魔術師からブーイングの声が上がった。
 カラン、と下駄が音を立てる。
「帰ったら、ケーキ食べましょうね」
「そうやなぁ……あ。明けましておめでとう、今年もよろしゅう」
「あ。うん、明けましておめでとう、今年もよろしくね!」

 ――ピリッとした新年特有の、空気の中。
 二人並んで、帰路へ着く。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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セレシュ・ウィーラー様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

明けましておめでとうございます、今年も宜しくお願い致します。
競売などは、以前書かせて頂いたので初詣にさせて頂きました。
斡旋屋は年をとる内に、祝いも何もかも忘れてしまったようです。
そしてこの後、魔術師がお年玉欲しい、と言いだすんだと思います。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。