コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


『忍びは舞う 2』


 妙な車が、表に止まった。そしてその車から、着物をまとう妙な女がおりてきた、という知らせが、取締役の元へ入った。
 だが、その車は女をおろすとすぐさま発車してしまい、件の着物女も、ビルに向かってきたと思ったら、いつの間にか姿を消していたという。
 奇妙な、話だった。敵の刺客、なのだろうか。商いをやっていれば、いろんなことがあるし、いろんな方面からも恨みを買う。企業は、まっとうなことだけでは事業を拡大していけない。もちろん、今の取締役がこの会社を大きくできたのも、裏で汚いことをやっていたからに違いない。当然、身に積もった恨みつらみも並大抵のものではない。そういった敵の刺客は、何よりも警戒するものである。
 念のため、取締役はとある筋に連絡を入れた。すなわち、この会社のバックに付いている、テロ組織に、である。――もしかすると、命が危ないかもしれない。すぐに護衛を寄越してほしい。
 取締役がそう告げると、相手は嘲りにも似た笑い声をあげてから、了承した。何もないだろうが、一応、腕っこきを何人か送っておく、と。もっとも、そのテロ組織はこの大企業ビルの地下にアジトを構えているため、護衛はすぐさま、彼の元へ現れた。三人。いずれも銃火器で武装している男たちだ。鋼のように鍛えられた大柄な体つきと、刃よりも鋭い瞳。挙動もきびきびとしており、高度な訓練を受けていることはひと目でわかるだろう。
 屈強な男たちに守られながら、社長は、妙な不安にかられていた。
 ――なにやら、嫌な予感がする……。
 そして、その予感は的中することとなる。



 一方、警備員の詰所にも、その連絡は入っていた。警備員は、社長の元に派遣された兵士たちほどではないにしろ、会社の暗部に一枚噛んでいる者達ばかりで構成されている。
 警備員の一人が、上からの連絡を受け、
「了解しました。すぐに警備に当たります」
 そう言って、通信を切った。
「どうした? 仕事か?」
 仲間が、男に尋ねる。
「ああ、着物を着た妙な女が、あたりをうろついているかもしれないらしい。得体はしれないが、警戒しろとのことだ」
「着物の女、ねぇ……」
「そんなのがうろついてたら、一発でわかるもんだがなぁ」
「あの臆病な社長のことだ。どうせ気のせいじゃないのか」
「つべこべ言うな。ほら、仕事だ」
 などと、口々に言いながら、詰所にいた警備員たちが一人、また一人と見回りに出てゆく。最後に残っていたのは、連絡を受けた男だけだった。男は、巡回へむかった仲間たちの連絡を受けるため、ここにとどまる必要がある。
 階数が多いだけに、なかなか、時間がかかるだろう。ちょっと、外の自販機へ珈琲でも買いに行こう。少しばかり席を外したところで問題はないはずだ。
 そう思い、詰所の扉へと向かおうとした男が、背後へ降ってきた黒い影に、果たして気づいただろうか……。突然、背後からものすごい力で口をおさえられた男は、次の瞬間、喉に鋭い痛みが走り、そこから激しく血が吹き出すのを、己の目で見た。口をおさえられているため、叫ぶことも許されない。絶望的な眼差しで、血の噴水を見つめる男の目から光が消え、体から力が抜けてゆく。男が崩れ落ちるまま、床に横たえさせてから、背後の闖入者は、血で光るクナイに拭いをかけて、太腿のベルトへ納めた。
 水嶋・琴美だった。警備員に不意打ちをしかけた彼女は、彼の血を一滴すらも浴びていない。
「さて……」
 何事もなかったかのように、琴美は詰所のパソコンへと向かう。指紋を付けないように気をつけつつファイルを検索すると、このビルの見取り図はすぐさま見つかった。それぞれ、標的のいる場所、そして地下に怪しい広大なスペースがあることを確認し、パソコンをシャットダウンさせる。あの一瞬で、この会社の地理は彼女の頭に完璧に叩きこまれていた。
「隠密がてら、お仲間さんを片付けるのも、悪くはありませんわね。それでは、お仕事を始めましょうか」
 そうつぶやくと、軽やかに跳躍し、彼女の姿はエアダクトの中へ消えていった。



 詰所を出た警備員は、六人ほどである。数十階建ての高いビルを警部するにはいささか少なく思えるが、とはいえ、今は監視カメラという便利な防犯システムが各階に備えられている。それに、この会社の黒い噂を知るものは、迂闊に忍び込んではこない。実際のところ、彼らは見せかけだけの警備員といっても差し支えなかった。
 二人一組で下層、中層、上層を巡回する。まずは上層部。警備員たちはひとしきり見て回り、こちら異常なし、見回りを続ける、と通信機を通して仲間たちに告げる。中層部を担当する警備員たちも、同じだった。そして、下層部。そこを担当する二人も、一番出入りの多そうなラウンジあたりを見て回り、詰所の仲間へと連絡する。
「こちら下層部、異常なし。どうだ、監視カメラに怪しいやつは映っていないか?」
 上の階へ移動しながら、尋ねる。応答はない。
「本部、応答しろ。監視カメラに怪しいやつは?」
 やはり、応答はない。男の片割れが舌打ちをする。居眠りでもしているのだろうか、まったく、気楽なことだ。とはいえ、どうせ取り越し苦労に終わることは明白だから、仕方がないのかもしれない。
「どうだ?」
「わからん。応答がない。寝てるのかもしれんな」
「まったく、呆れるな。俺も早く家に帰って寝たいよ」
 それぞれに愚痴をこぼす警備員たち。やがて、彼らが階段を上がりきろうとした時、踊り場に何者かの姿があるのに気がついた。艶かしい足から、視線を徐々に上へ。そこには、豊満な肉体に着物を纏った、絶世の美女が佇んでいた。彼女は、彼らが自分に気づいたのをみて、にこやかに、小さく手を振ってみせた。
「こんにちは、殿方さま」
 思わずあっけに取られた彼らに、さらに彼女の声が届く。
「そして、さようなら。永遠に」
 男たちが身構えるよりはるかに速く、琴美が男たちの方へ跳んだ。勢いをそのままに彼らの頭を鷲掴みにし、そのまま落下。全力を込めて、その後頭部を階下の踊り場へと叩きつけた。おそらく、人生で聞くことはまずないであろう、鈍い音が周囲へ響く。
 後頭部を割られた男たちは、ひとたまりもなく絶命していた。
 一方、鮮やかに着地を決めていた琴美が、ため息混じりに両手をはたき、
「意外とあっけないですわね」
 つぶやいていると、どうやら、まだ電源が入っていたらしい通信機から、仲間たちの狼狽した声が聞こえてきた。その数、四人である。
 数を確認してから、琴美はブーツの底で、通信機を踏み壊す。
「お掃除には、もう少しかかるかしら」
 どこか嬉しそうに言って、彼女は風のような速さで跳び、上の階へと登ってゆくのであった。


『忍びは舞う 2』了