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<東京怪談ノベル(シングル)>


『忍びは舞う 3』


 通信機を通して聞こえてきたのは、重く、鈍い音だった。まるで、壁や床に思い切り頭を叩きつけられたような――。
 それは、中層部、上層部を回る警備員たちの耳に、はっきりと届いた。
「どうした!? 何か変な音がしたぞ!」
「何があった!?」
「大丈夫なのか!? 応答しろ!」
「敵か!? 敵を発見したのか!?」
 口々に、通信機へ怒鳴る。返事はなかった。そして、めきめき、という音が聞こえたかと思うと、もう、それっきりだった。下層の仲間に周波数を合わせた通信機から流れてくるのは、無情なノイズ音ばかり。
 敵だ。敵が現れたのだ。全員が、一瞬でそれを把握する。
「上層階、応援を呼べ! 俺たちはすぐに下へ向かう!」
「了解!」
「チッ、楽な仕事だったはずなのに……!」
 上層階の仲間に応援を頼み、中層階の二人は、階段を使って下へ降りていく。敵襲の場合、エレベータを使うのはまずい。予め罠でも仕掛けられていたら、それでもう、終わりだ。警備員たちが、隠し持っていた拳銃を取り出し、構えながら階段を降りる。
 その途中、
「あら、ごきげんよう」
 のんきな声と共に現れた、着物を纏った美しい女性が、一足飛びで警備員たちの間をすり抜けていった。警備員たちは思わず顔を見合わせ、すぐさま振り返り、女を追いかけようとして、できなかった。彼らは、なぜか足を止めることができず、そのまま階段を駆け下りて、踊り場の壁へぶつかり、ずるずると、壁沿いに崩れ落ちたのである。壁には血の跡が上から下へ、体がずり落ちた軌道をなぞるように走っている。女――水嶋・琴美とすれ違いざま、ほぼ同時にクナイによって心臓を貫かれたのである。きっと何をされたのか、分からないまま死んでいったことだろう。
「とりあえず、邪魔者はあと二人、というところかしらね」
 当面は、だけれど――つぶやき、琴美はさらに上層階へ向かう。



 通信機に応援を要すと怒鳴って、上層階の警備員たちは拳銃を引きぬいた。このビルに階段はひとつ。まさかエレベータを使って上がってくるということはあるまい。階段の前で待ちぶせすれば、敵を補足できるはずだ。階段まで、警備員たちが走る。そして踊り場へと出る、開きっぱなしの扉の両脇に陣取った。壁を盾にしているため、いざというときにはすぐに姿を隠せるし、敵の攻撃も受けにくい。
 息を殺して、二人は敵を待つ。だが、敵が上がってくる気配はおろか、足音すらも聞こえてこない。
 本当に、来ているのか……? 思って、警備員の一人が、顔を壁から出して下をのぞきこもうとした、刹那。
 ヒュン、と空間を切り裂き、
「がっ!?」
 飛来した黒いクナイが、男の眉間を貫いていた。
「なっ……」
 言葉をなくしたもう一人が、思わず恐怖にかられ、拳銃を構えつつ身を乗り出す。
 男の目に、彼女の姿が映ったかどうか、次の瞬間、仲間と同じようにクナイを眉間に打ち込まれた男は、声もなく倒れ伏して、動かなくなった。
「このビルの警備員さんは、ずいぶん呑気な殿方揃いのようですわね」
 予備のクナイを太腿のベルトへ提げて、少し呆れたようにつぶやく琴美。背後に戦闘のプロが付いているとは聞いていたが、どうやら彼ら警備員は、テロリストの仲間ではなかった様子である。だが拳銃を持っていたところを見ると、堅気でもなかったらしい。
 ――さて、あとは目的を果たすだけだ。どうせ社長室も近いだろうから、そちらから……、
「……そうだ、いいことを思いつきましたわ」
 ただ暗殺するだけではつまらない。どうせなら、思い切り驚かせてあげましょう――ほくそ笑んだ彼女は、すぐさまもときた階段を下ってゆく。目的地は地下、テロリストのアジトがあると思しき空間。



 一連の警備員の騒動は、もちろん、取締役社長の耳にも届いていた。腕っこきの兵士たちに守られているとはいえ、相手はあっという間に警備員を片付けた強敵だ。不安がないというと、まったくの嘘になる。
「お、応援を……もっと、応援を……」
 電話をとり、地下のテロ組織のアジトへ連絡を入れる。だが……。
 応答はなかった。しかし、かからなかったわけではない。ということはつまり、向こうの受話器は外れているということ。
 取締役は、呼吸を乱しながらも、必死に耳をすませてみる。ばかな、そんな、ばかな……とうわ言のように呟きながら。
 だが、受話器を通して聞こえてくる音は、何一つとしてない。
「お、応答しろ。頼む、応答してくれ……」
 彼の願いは果たして、叶えられた。しかし……、
「はい、こちらアジト。すべて、片付きましたわよ」
 返ってきたのは、女性の声だった。テロ組織の兵士の中に、女性はいなかったはずだ。
「お前、まさか……」
「ええ、“刺客”です。なかなか、はやかったでしょう? 精鋭揃いときいておりましたが、案外、大したことはありませんでしたわね。さて、今から、お命を頂戴しにまいりますので、そこでいい子にして待っていてくださいな。それでは――」
「おい、待て、待ってくれ、おい!」
 もう、返事は聞こえない。
 取締役は生気の失せた顔になり、受話器を取り落とすことしかできなかった。


『忍びは舞う 3』了