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<東京怪談ノベル(シングル)>


『忍びは舞う 4』


 地下、テロ組織アジトは、まさに死屍累々であった。三十人はいたであろう屈強な兵士たちはしかし、たった一人の女性によって全滅させられたのである。
 現代を生きる、最強のくの一――水嶋・琴美。彼女は、外れたままの受話器越しに、取締役社長へ戦線布告をしたばかりだった。
 あっという間にテロリストたちを殲滅させたわりに、彼女は、返り血のひとつも浴びていない。それが、彼女が最強たる所以の一つだ。琴美は、敵の攻撃はもちろんのこと、返り血すらもその身へ浴びたことはない。彼女にしか成せない、凄まじい芸当である。
 ふぅ、と琴美はつまらなそうにため息をつく。戦闘のプロというわりに、彼らは大した歯ごたえをみせてくれなかった。野外のゲリラ戦であれば、彼らもほんの少しは善戦したかもしれない。だが、行動が限られる屋内戦闘において、彼らが琴美に打ち勝つ要素は何一つないと言い切ってもいい。屋内で忍びの者に戦いを挑む愚を、嫌というほど思い知りながら、彼らは死んでいったことだろう。
 ――あとは、第一のターゲットのみ。
「さあ、はやく始末してしまいましょうか。運転手さんにも、すぐに終わらせる、とことわっていることですし」
 それはもしかしたら、自分の言葉に対する苦笑だったのかもしれない。そうして微笑んで、琴美は瞬く間に姿を消した。



 取締役社長室は、戦慄に包まれていた。取締役の彼は言わずもがな、護衛の兵士たちの顔色も、すっかり変わってしまっている。取締役の男から、アジトの惨状はすでに聞いていた。仲間たちは、おそらく全滅させられているだろう、とのことだ……。
「く、くそう! どうしてこんなことに……!」
 頭を抱える取締役をよそに、兵士たちは油断なく銃を構え、社長室の入り口を警戒していた。突入にしろ、何にしろ、敵がこの扉を開けることがあれば、たちまち機関銃の弾丸を残らず叩きこんでやるつもりだった。
 おそらく、敵はすぐにでもやってくるだろう――。そう思った時、扉越しにかつん、かつんとブーツの底が床を叩くような音が、響いてくるのがわかった。それはゆっくりと、しかし規則正しい足取りで、こちらへと近づいてくるではないか。
 一同に、緊張が走る。
 その足音はやがて、社長室の扉の前で、歩みを止めた。立っているのだ。敵は。この扉の前へ。
 兵士たちは瞬時に目配せし、頷いたと思った次の瞬間、引き金に指をかけ、ありったけの弾丸を扉に向けて放った。鼓膜が破れるような銃声。そして轟音。それがどれくらい続いただろうか。兵士たちの機関銃が弾切れを起こした時、彼らの前には、すっかり原型をなくした扉だけが見えているのみだった。
 ――どうだ、扉越しの不意打ちは、成功したのか。息をのみながら、彼らは銃へ次の弾倉を装填する。まさに、その一瞬の隙を、敵――すなわち水嶋・琴美は突いた。
 まず、扉のそばにいた一人に組み付き、その豊満な女性らしい体からは想像もつかない膂力で引き倒してから、自分の立てた膝にそいつの体を叩きつけた。背骨がへし折れる乾いた音が、皆の耳に届いただろう。それだけではなく、背骨を折ると同時に掴んでいた頭を背中へ向けて思い切り引いてやっていたので、男の首は完全にあらぬ方向へ折れ曲がっていた。即死である。
 次に、反対側へ立っていた兵士へ、強烈な体当たりを食らわせる。思わず壁際まで吹き飛んだ兵士の両足、ついで両肩、それぞれに深々とクナイを打ち込んでから、逆手に握った五本目のクナイを、驚愕している男の額へ、叩きつけるように突き刺した。それはやすやすと男の頭蓋を貫き、男の体を壁へと縫い付ける。こちらも、言わずもがな、即死だ。
 振り返ると同時、琴美はさらに三本のクナイを、取締役社長のそばへ立っていた兵士へ放った。彼は弾倉を装填する動きに入っていたため、避けることも、防ぐこともできない。まず、一本目が兵士の右肩へ命中した。思わず右へよろめく彼の左側に、二本目が命中。今度は左へよろめいた男の喉笛に、止めの三本目が突き刺さった。兵士は目を見開き、うつ伏せに倒れ伏す。その際、喉に刺さっていたクナイが床によって押し込まれ、完全に兵士の首を貫いたのだった。彼はしばらく痙攣していたが、まもなく、事切れた。
 一瞬の出来事――そうとしか表現できない、もはや芸術的とすら言える、一方的な攻撃だった。
「おまたせいたしました、取締役社長さま。ちゃんといい子にしていましたか?」
 構えを解き、襟を正してから、琴美は取締役の男へ笑いかけた。
「お、お前は、いったい……?」
「くの一の、水嶋・琴美ともうします。以後、お見知りおきを……。もっとも、これっきりでしょうけれど、ね」
「な、何が、いったい何が望みなんだ」
「あら、先ほど、申し上げましたでしょう? お命を頂戴いたします、と」
 琴美が一歩踏み出すと、男はひっ、と悲鳴をあげ、全面ガラス張りの窓へと飛び退いた。
「た、頼む、助けてくれ。金ならいくらでも出す。だから……」
「殿方がまったく、なさけない」
 呆れたようにため息をついて、一言。
「さようなら」
 そして、一閃。琴美の放った蹴りが男の腹に突き刺さった。その威力が、尋常ではなかった。彼女の蹴りをまともに食らった男は、そのまま窓ガラスを突き破り、墜ちてゆく。地面にたたきつけられる前に、彼は事切れていたことだろう――。
 任務を終え、髪をかきあげた琴音は、胸に手をおいて、つぶやいた。
「任務、完了……」



 待たせてあった組織の車へ乗り込み、琴美は作戦室へと引き返した。
 司令を受けてから、半日もかからず任務を完了させた彼女を、司令官がいつものように、僅かな笑顔を見せて出迎える。
「おかえり、水嶋くん。思ったよりもはやかったな」
「いえ、思ったよりも時間がかかってしまいました。申し訳ありません、司令官」
 多少、遊びが過ぎたかもしれない……。その気になれば、もっともっとはやく、任務を完了させることができたはずだ。
「謙虚なことだな。その調子で、また、次も頼む。といっても、しばらくは差し迫った任務はないはずだ。二、三日、休暇をとりたまえ。しっかり休息して、次回に備えてほしい」
「お心遣い、感謝いたします。それでは……」
 一礼し、作戦室をあとにする。多少、反省点はあるかもしれないが、それでも、申し分のない手応えを、彼女は感じていた。
 さて、思いがけず得た休暇。どのように過ごそうか――そのことに思いを馳せながら、彼女の姿は街の中へと消えていった。


『忍びは舞う 4』了