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<東京怪談ノベル(シングル)>


『忍びは舞う 5』


 久々の休暇だった。水嶋・琴美は普段からは想像もつかないラフな格好に身を包み、街へと繰り出していた。家で一日中瞑想にふけり、じっくり休むのも悪くはないが、やはりそこは琴美も年頃の女性である。買いたいものは色々あるし、出かけなければもったいない、ということで、こうして街へ出てきたのだった。
 彼女は独り身だし、共に休暇を過ごすような友達もそう多くはない。今回はどうにも都合がつかなかったため、一人で外出することにしたのだ。一人でも楽しめるような施設には心当たりがあるため、一人でもさして問題はない。
 すっかりと晴れ上がった、気持ちのいい朝の空気を存分に吸い込んで、琴美は颯爽と歩き出した。編み上げのロングブーツの鳴る音が耳に心地いい。
 道行く人々が皆、彼女に釘付けになっていた。言わずもがな、彼女の、細身ながらも艶かしい豊満な体つきと、その美貌によるものだ。
 注目を受けることには、慣れている。琴美は気にした様子もなく、軽い足取りで目的地へ向かった。ボウリング場である。
 平日だったこともあって、人はまばらだった。料金を支払い、中へ入る。
 上着を脱いで、琴美は手頃な重さのボールを選んで、レーンの前に立つ。軽く助走をつけて、投げる。これだけの動きだが、これがなかなかおもしろい。クナイで百発百中の腕前を誇る琴美にとって、狙った場所へボールを飛ばすのは、多少重さがあったところで造作も無いことだ。だが、それだけではストライクは取れない。力加減、カーブのかかり具合、弾いたピンをどちらに飛ばすか、など、様々な要素が絡んでくるので、やればやるほど、その奥深さにはまりこんでゆく。
 4ゲームほど投げて、彼女はボウリング場を出た。時間は正午を回った頃で、運動をしたこともあってか、お腹は空いている。
 手頃な喫茶店に入り、サンドイッチとコーヒーを注文し、それらをじっくり楽しみながら、持参していた文庫本を読み耽る。ふと気づいて時計を見ると、午後三時を過ぎたところだった。
「ちょっと、長居をしすぎましたわね……」
 文庫本を閉じ、コーヒーのグラスを返却して、喫茶店をあとにする。
 琴美は休暇の際、夕食はとある名の知れた料亭ですませることにしている。その予約の時間までは、まだ、三時間ほど余裕があった。
「さて……どうしようかしら?」
 つぶやきながら、適当に歩き回っていると、彼女は、路地を行った先に小さな着物店を見つけた。
「あら……?」
 あんなところに、着物屋さんなんてあったかしら……? 思いながら、そちらへ歩いてゆき、店の扉を開く。
 ちりんちりん、という鈴の音と共に、店の中へ入ってみると、なるほど、珍しい染め抜きの着物が、ところ狭しと並んでいる。その中に、特別、彼女の目を引くものがひとつ、あった。色は黒で、背に美しい紅葉の絵柄をあしらったものだ。
「まあ、素敵!」
 ひと目で、彼女は心を奪われた。仕事以外の時に着物は着ない主義なのだが、それにしても、これを捨て置くのは、もったいない気がした。技術部の友人に頼んだら、これも戦闘用に仕立て上げてくれるかもしれない。背中の模様は派手だが、しかし、それが良い。
 早速店の人に声をかけて、彼女はその着物を購入した。隠れた店とはいえ、やはり腐っても着物屋、多少値段は張ったが、
「いい買い物をしましたわ」
 と、至極満足の琴美だった。着物を携えたまま、次に本屋でじっくりと時間を潰し、予約の時間が近づいてから、彼女は行きつけの料亭へ足を運んだ。
 ここは一見さんお断りの由緒ある料亭で、彼女は父にこの店を紹介してもらった。それからというもの、彼女はすっかりとここを気に入り、休暇の際には必ず予約をとって、夕食をとることにしているのである。
 通されたお座敷で、礼儀正しく正座をして待っていると、料亭の女将さんが直々に料理を運んできたのだった。
 品目は、鯛の昆布じめを中心に、海の幸をふんだんに使った懐石料理だ。言うまでもなく、その味は絶品である。年頃の女性らしく、目を輝かせながら料理に舌鼓をうち、すっかりと料理をお腹の中へ納めて、〆のお茶を啜ってから、琴美は女将に深々と頭を下げ、
「たいへん、美味しゅうございました。また、来店させていただきます」
「いえいえ、こちらこそ……。次回もまた、ごひいきに」
 そういったやり取りをして、琴美は女将の見送りを受け、帰路につく。
 夜の帳はすでに降りていて、ひんやりとした空気が、やけに心地いい。
「ああ……素敵な一日でしたわ」
 自宅へ戻り、うやうやしく着物を部屋に置き、彼女はシャワーを浴びる。
 珠のような肌をさらに熱い湯で清め、浴室を出ると、携帯端末がメール着信を知らせる光を放っていた。どうやら、任務のようだ。
 大きなバスタオルで体を包み、部屋を歩いて携帯端末を手にとる。そしてメールを確認してから、そっと携帯端末を閉じ、琴美は天井を見上げた。
 次はなかなかに、困難な任務であるらしい。
「望むところ……ですわ」
 ――私に不可能はない。
 完全に――そして、完璧に。
 次の任務も、こなしてみせる。
 そう決意する、彼女の瞳には確固たる自信が、溢れんばかりにみなぎっていた。
 

『忍びは舞う 5』了