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VamBeat −Unison−
なんでこんな時間になっちまったんだ? と、向坂・嵐(さきさか・あらし)はまるで他人事のような頭で考える。
多分、ではなく、確実に、今日の請け負った仕事が、予定よりも時間オーバーしたせいだろう。
寒空の下、街灯さえも古くなっているのか、チカチカしたまま満足に灯りをともさない。
はぁ――…と、そこに誰かが居たならば確実に聞こえていたであろう大きなため息を吐いて、嵐は空を仰ぎ見た。
キンッ―――
「ん?」
何か金属が鳴るような、高く長い音が耳に小さく届く。
「まさかなぁ」
嵐は一人ごち、軽く頭をかいて、気のせい気のせいと、一度ぶるっと身を震わせる。
早く帰ろうと自然と大股で歩きながら、角を曲がった所で、一度だけ脳裏を駆け抜けた予感が確信に変わった事を知った。
「………」
ぎりっと唇をかみ締めて一点を見つめている少年に、嵐は非常に見覚えがあった。だとするならば、その視線の先に居るのは、やっぱり見覚えがあるシスターで――。
「あ、あんた!?」
少年の驚いたような声に、自分が思わず2人の間に割って入っていた事を悟る。
少年――ダニエルには、よっと軽く片手を挙げ、嵐はシスター・イロナに愛想笑いを浮かべつつ、
「こんばんは」
と、声をかける。
正直、あのシスターは、笑顔に笑顔を返してくれるような少女ではない。いま、多分今この時は。
(やっべ…どうすっかな)
飛び出して割り込んでみたはいいものの、どうするべきか全くの無策だったことに気が着き、まるで客観的にこの状況を見つめているかのような錯覚に襲われる。
「また、貴方ですか」
軽く、本当に軽く小首を傾げたイロナの行動は、普通の少女であったならば可愛らしいものだっただろうが、今は言葉と共に掲げられた銃口の正面から視線を少しずらしただけと言う可愛げも何も無いもので、嵐は生唾を飲み込む。
「だから、何で飛び出して来るんだよ!」
そのまま気にせず通り過ぎていれば、何も無く今日が終わっただろうに!
「伏せろ!!」
ダニエルの叫びに、嵐も反射的にその場に身を伏せる。
アニメやドラマのように、主人公が台詞を言っている時は攻撃してこないというようなお約束は、この場には存在しない。
自らの頭上を駆け抜け、めり込んだ弾丸が放つ微かな煙に、作り物のご都合を身をもって感じる。
「あんた何も関係ないんだ! 無闇に突っ込んでくるな!!」
ダニエルの言いように、流石の嵐もむっと眉根を寄せる。
「お前がどう思ってるか知らねぇけど俺にはもうお前はダチなの。ダチ助けんのは当然だし、首突っ込む気満々です!」
警戒した意識をイロナに向けつつ、いつでも駆け出せるように体勢を整える。
「ダチって……」
「トモダチ! んな事も知らないのかよ!」
ノリ突っ込みのような会話を繰り広げる2人に、イロナが不機嫌に眼を細める。けれど、その不機嫌も瞳の奥にしまいこみ、ふっと息を吐いた。
「――友達…ですか」
口の端だけを釣り上げて微笑んだその顔は、言葉の通りの微笑みと言うよりも、何かしらの確信を含んだ攻撃的な物で、ダニエルの背筋に冷たいものが走る。
「ち…違うっ!!?」
セーフティが外され、銃口が嵐へと向けられたのを見て、思わず身構える。
「友達では、無いのでしょう?」
「っ…!! そうだ、関係ない人だ、だから…っ」
「巻き込むな、と?」
イロナを睨みつけたまま頷く。かみ締めすぎて白くなった唇は、今にも破裂してしまいそうだ。
売り言葉に買い言葉。いや、無関係であると言わなければ、彼女は嵐さえも駒にしてしまいかねない。
いや、もう遅い―――?
「…おかしい」
ダニエルは、はっと何かに気が着いたかのように顔をあげ辺りを見回す。
「何が!?」
「他の人が全く居ない事だよ!!」
そういえば、夜中とは言え、近隣の民家にさえも人の気配が感じられず、嵐は今更ながら小さく「あ」と零す。しかし、それがどうしたというのだろう?
焦るようなダニエルの表情を見遣るも、嵐にはその理由が分からない。
そして、幸いと言ってしまっていいか分からないが、イロナの銃口は今下ろされている。
嵐は一歩イロナに近づいた。
「えーと、あんた、確かイロナって呼ばれてたよな」
不必要に名前を知られてしまっていた事実に、イロナの瞳に嫌悪の色が乗る。
「最初はダニエルを殺そうと追ってるのかと思ったんだけど…初めて会った時のあんたの言い方とかがさ、引っ掛んだよ。本当は何がしたい? こいつを傷付けて追い詰めて…どうしたいんだよ?」
「え…?」
嵐の言葉に驚きの声を上げたのは、勿論イロナではなくダニエルだった。
「貴方が知る必要はありません」
お話の時間は終わった。
銃のセーフティは先ほど外されている。
イロナは腕を上げ、引き金を引くだけで良かった。
「逃げろ!」
嵐が叫ぶ。けれど、その標的はダニエルではなく―――
「ぐっ!!」
まさか、撃たれるとは思わなかった。盲目的にダニエルのみを追いかけていたイロナが、例え間に割って入ったとしても嵐を通り越してダニエルしか見ていないイロナが、嵐を標的にして撃つなんて、考えもしなかった。
何も無い所で転びそうになりながら、ダニエルは胸を押さえて倒れこんだ嵐に駆け寄る。
「そんな……」
ダニエルの顔から血の気が引いていく。
が、すぐさまパチリと嵐の瞳は開かれた。
「あ…あれ? 何ともない」
確かに胸に衝撃の痛みがある。けれど、傷どころか血さえも流れていない。
装弾されていなければ、衝撃だって起こらない。ならば、何が嵐に撃たれたのか。
イロナは無表情に2人を見つめている。まるで、観察するかのように。
「本当に、死んだかと…」
ほっとしたような声音が発せられた瞬間、穿たれたと思われた嵐の胸から突風が立ち昇る。
「な、何だよこれ!?」
銃は道具でしかなく、高速で魔術を飛ばすための媒介に過ぎなかったと言うことか。
「こんな魔術、どこで…!」
研ぎ澄まされた風は刃となって、ダニエルを切り刻む。
残った微かな旋風に血が舞い上がった。
「これで、当分動くことはできませんね?」
やはり、イロナの瞳にはダニエルしか映っていない。
「あんたは……!!」
そこまでしてダニエルを傷つけたいのか!?
「ごめん……」
「ダニエル?」
「ごめん…ごめん……本当に」
血まみれで倒れこみながら、まるで捨てられた仔犬や仔猫のように身を縮ませて、ダニエルは呪文のように謝り続ける。
ぎりっと、イロナの奥歯がかみ締められた。
「謝罪をするのはわたくしにではありません」
積まれた弾丸は、祝福を受けた銀。
(なんだ?)
ダニエルが個人的にイロナ本人の恨みを買っているというのなら、謝れば充分済む話のような気がする。
もしかして、2人の背後には、共通するもう1人が居るのではないか?
間合いゼロで、絶対にはずすことが無い距離。
それは、ダニエルの隣でもあれば、嵐の隣でもあった。
(どうすれば…!)
嵐は風に揺れる修道服に、はっと瞳を大きくする。
そして、イロナのスカートを掴むと、思いっきり捲り上げた。
「!!?」
動きが止まった隙を突き、丸まったままのダニエルを抱えてその場から走る。
ちらりと盗み見たイロナは、完全に硬直して立ち尽くしていた。
(こういう所は、普通の女の子なんだな)
そんな事を思いつつ、嵐はただ、走った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2380/向坂・嵐 (さきさか・あらし)/男性/19歳/バイク便ライダー】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −Unison−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
話的な進展は余り無いように見えますが、いろいろと盛り込んでおきました。気付いていただけるといいなと思います。
それではまた、嵐様に出会えることを祈って……
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