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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another One
 そろそろ2月が近づき、街中でチョコレートを見かける事も増えたこの頃。
 ウラ・フレンツヒェン(うら・ふれんつひぇん)は久しぶりに古書肆淡雪を訪れていた。
 以前、この古書店で出会った本「マダム・リサのチョコレートレシピ」。
 再びあの本に会えるだろうか? 他にも様々なチョコレートレシピにトライできるだろうか? 等と期待に胸を膨らませ、彼女は古書店へと入ろうとし――。
「……あら?」
 丁度、古書店の中から1人の青年がやってくる。
 以前ちょっと店主と話した感じでは、滅多に客は来ないような口ぶりだったが、珍しい事もあるものだ、と彼女は思いつつ青年へと視線を投げた。
 無骨な雰囲気。一挙一動の隙の無さはどうやら一般人ではなさそうだ。
 まあ、そもそもこの古書店に用がある一般人などそうは居ないだろうが。
 出口までやってきた彼は、ウラへと一瞬だけ鋭い視線を投げかけた。店外へ向かおうと彼は歩み、ウラとすれ違う瞬間――。
「忘れていないぜ。『紅玉』の件――お前のおかげで俺の召喚主の命が危うかった事もな」
 言い捨てるように告げられたその単語に、ウラの脳裏に砕けた朱紅い宝玉の姿が過ぎる。
 以前彼女が関わった依頼。それについての記憶が巡る。その合間に彼は店の外へ。
 そもそも「召喚主の命」とは? ウラの受けた依頼では人命に関わるような事は無かったはずだ。
 ぐるぐると思考が巡る。
「ちょ、ちょっとあんた待ってよ!」
 慌ててウラがふり返るも青年の姿は最早無い。代わりに――。
「おや? ウラさん、久しぶり」
 店内から顔を出した仁科・雪久(にしな・ゆきひさ)の声にウラはようやく我に返った。
「あ、ええっと――」
 詰まった彼女に雪久は何かを察したらしい。改めて名乗り直す。
「仁科です。仁科雪久」
「お久しぶりね。ゆっきー」
 顔はちゃんと覚えていたらしい。
「はは、良い歳の私としては、ちょっとそう呼ばれると照れてしまうなぁ……」
 苦笑しつつ彼は「まあ、寒いし店内に。今お茶を沸かすから待ってて」とウラを招き入れ、店の奥へと下がった。
 店内の席につきつつウラは周囲をぐるりと見回す。以前と同じく本がまわりをひたすらに固めている。しかし、彼女としては気に掛かる事があった。雪久は客が来ると必ずといっていい程お茶を出す――ものらしい。
 だが彼女のついたテーブルには、湯飲みの置かれた形跡は無い。もうすでに雪久が布巾で拭ったのかもしれないが、前に来客があったにしては、湯を沸かすのに時間がかかっている。
 新たに湯を沸かし直している程度の時間、だ。
 妙な胸騒ぎがウラの中に湧く。
 お待たせ、と雪久に差し出された湯飲みを受け取り、ウラは指先を温めつつ問う。
「それはそれとして、さっきの人は? お客さんかしら?」
「……いや? 君が来るまでは私以外は誰も居なかったけれど……?」
 ウラから事情を聞き、雪久は表情を厳しいものにしこう告げた。
「それは恐らく、アナザーワン……だね」
 彼は語る。アナザーワンと呼ばれる存在について。

「つまり、あいつは別世界に存在するもう1人のあたし……って事なのね?」
 概要を聞きウラはそう改めて問う。
 チョコレート菓子を作ろうと上機嫌でやってきただけに、唐突な事態に彼女の機嫌は急降下。しかし雪久はそんな彼女の様子にも特に気兼ねした様子なく頷く。
「じゃあ、ゆっきー、ちょっと聞きたいんだけど……別世界に、特に意識せずともこちらから何らかの影響を与えてしまう事って、あるのかしら?」
「向こう側からこちらに働きかける事が出来るのと同じように、確かにあり得るよ。特に媒体となるようなものがあれば確率は上がるね……何か心当たりが?」
 問いかけられた言葉にウラは俯く。長い黒髪がそれに追従するようにさらりと流れた。
「……あいつ『紅玉の件』って言ったのよ」
 それは、彼女のこなした仕事そのものとはあまり関係の無い事態だった。
 とある場所に現れた雑霊の類を倒す。ただそれだけの依頼だったはずだ。
 その戦いに巻き込まれたのが紅玉と呼ばれた宝珠。雑霊の攻撃に巻き込まれ、紅玉は砕けた。依頼人にしてみれば大した価値のあるものではなかったのか、それについては不問とされたが――。
「だけど……あたしはあいつの召喚主とやらの命を脅かした……のよね」
 テーブルの上に手を組み、ウラはそこに顔を乗せる。長い黒髪が彼女の表情を伺う事を阻んでいる。
 2人の間に沈黙が満ち、ただ湯飲みから立ち上がる湯気だけがほんわかと揺れる。
 決して意図した事ではない。だが、紅玉が壊れた事で彼の召喚主の命が脅かされたのは事実なのだろう。
 ふう、と大きくため息を吐いて、ウラは顔を上げた。
 彼女の瞳にはいつもの、歳のわりに強い意志を伴った光が宿っている。
「……悩んでいても仕方がないわね。紅玉を回収して修復するわ。今からならまだ間に合うかも知れない」
「ウラさん……」
 決意の籠もった言葉に雪久も少し安堵したらしい。少しだけ彼の表情も緩んだ。
「ゆっきーも力を貸してくれる?」
 ウラの言葉に雪久はモチロン、と笑顔で答えた。

 黙して佇むその建物は教会。
 頽れた椅子。そして壊れた演台。本来掲げられているハズの十字架も落下し錆び付き地に刺さっている。
 ウラはその内部へと1人歩みを進める。明かりもなく、日中でも暗いその場所へ。
「……いるんでしょ?」
 折れた柱を避け、床から芽吹いた植物を踏まないように気をつけ彼女は更に進んでいく。
 彼女の問いかけに答えは無い。それでもウラは油断無く一歩一歩教会内を進む。
 ――雪久はウラへととある術式の一節を教えてくれた。
 本来ならまるまる一冊覚えきらなければならない内容にも関わらず、ウラはそれを一節で済ませた。
 雪久はかなり驚愕していたようだが――それはまあいい。
 雪久が彼女に伝えたものは、鉱石変成の術式だった。
 金属や宝石。そういったモノを周囲の岩石などを使い原石を作り出し、そして精錬する。
「紅玉が宝石の類であるならば、この方法で修復出来るはずだ」
 雪久はそう述べた。
 しかしベストだと思われるその術式をもってしても、鉱石を錬成する時点で数日時間がかかる。精錬には鉱石錬成ほどではないが更なる時間が。
 ――それでは間に合わない。
 そこでウラは精錬の術式だけを覚える事にした。時間がかかるといってもこちらは数時間程度。その程度ならば調整可能だろう。
「しかしウラさん……その一節だけでは精錬は出来ても原石は作れないはずだよ?」
 雪久の不安を余所にウラはフフンと笑って告げた。
「大丈夫よ。あたしはこれでも魔術師」
 見習い、という事はあえて伏せて。
「秘策があるわ」
 不敵な笑みを浮かべたままに彼女はそう雪久へと告げたのだった。

 ヒュっと風を斬る鋭い音がした。慌ててウラは身を翻す。
 はらり、と彼女の黒髪が一束舞う。
「……っ!!」
 ウラは唇を息を呑む。雪久の説明の通りなら、今の瞬間に彼女も、そしてアナザーワンも消滅するはずだった。
 東京全てを巻き込んで。
「あんた……あたしを消滅させに来たんじゃないの?」
 現れた男は手に日本刀を持ちウラの方へと大股でやってくる。
 異世界のウラ――アナザーワン。彼は豹のようなしなやかさを感じさせる動きで刀をウラに向ける。ぬめるような光を帯びた刀身はある意味酷く彼と似た印象を持っていた。
「俺はな……お前を消滅させるだけじゃ気がすまないんだよ。だからこうして『こっち』で刃物を調達した……!」
 二撃目。ウラは軽くステップを踏み後退。男は更に追撃をかける。
「向こうから俺が持ってきた武器では、あんたを斬った瞬間に俺も消滅する。俺はそれでは満足出来ない。あんたを切り刻み、苦しませて殺してから…………俺も消える!」
 鋭い突きもウラはなんとか回避。若干ながらお気に入りの服のレースが裂けたのは少々腹立たしい。
 しかし、彼の――そして彼の主の喪失感に比べたら、なんてことはない。
 ウラもそれくらいの事は判っている。
「……バカな男ね……」
 彼女は小さく呟く。一体そんな事をして誰が喜ぶというのだろうか、と言いたげに。だがアナザーワンはそんな彼女の内心など知らず告げる。
「なあ、攻撃もロクにしてこない、俺に触れられもしない……そんなんで俺を倒せるとでも思ってるのか?」
「違うわよ」
 即座に返ったウラの言葉に男は目をむいた。ウラはさらに続ける。
「あんたを殺したら……あんたの召喚主が悲しむでしょう!」
 びたり、とアナザーワンが動きを止めた。ほんの一瞬の事だった。
 しかし次の瞬間、更に鋭く激しい剣戟がウラを襲う!
「……あんたに何が判るっていうんだ!」
 突風のように刀が振るわれる。スピードの速さにウラはついて行ききれない。避けたと思った瞬間にアナザーワンの左手は懐からナイフを掴みだし投擲。
 それでもウラも、今まで回避の為に踏んだステップに魔術的所作を織り込む事は出来ている。それを起点にごく小規模の雷を起こし、男の腕へと放った。
 傷つける程の威力は無い。それでも麻痺させる事くらいは――時間を稼ぐ事くらいは出来る。
 ナイフが飛来した後、ウラの頬に紅い一筋の線がつ、と伝った。
「あんたの召喚主、今は無事よ!」
 そう告げウラが掲げたものは――紅く輝く宝珠。
「紅玉……!?」
 アナザーワンの表情が、怒りから驚愕へと変移する。
 今まで時間を稼いでいたのは、ウラが術式を完成させるために必要な時間だった。
「とある方法」で作り出した原石を錬成し、紅玉とする為に。
 男は引き寄せられるように宝珠へと手を伸ばす。ウラもそれを拒むことはしない。
「この宝珠、あんたの主の心臓みたいなもの……だったのね」
 ウラの手から宝珠は男の元へと渡る。彼の表情に安堵が満ちていくのが手に取るように分かった。
「一体どうやってこれを……?」
「それは企業秘密、ってヤツね」
 人差し指を立ててフフンと笑う様は小悪魔っぽく見えない事もない。
「間違い無い……これは本物の主の心臓……紅玉……主も本当に回復して……」
 アナザーワンは紅玉を覗き込むようにしていたが、それを抱きかかえると次第に嗚咽を漏らし始めた。

 アナザーワンが落ち着きを取り戻すまでウラはじっと待ちつづけた。
 彼が何事も無かったかのように紅玉を抱えたままに立ち上がったのを見てウラは問いかける。
「それで――あんたこれからどうやって戻るつもり? 主が無事なら、もちろんあんたも主の元に戻るでしょ?」
「それは……」
 彼はウラから視線を逸らす。アナザーワンはウラと共に消える事を覚悟していた。戻る方法など考えてもいなかったらしい。
 フフン、とウラは笑う。
「あたしに任せておきなさい」
 雪久から渡された魔術書を手に彼女は術式を展開する。
 アナザーワンを中心に、古びた教会内を複数の光が円弧を描き、それらはつながり魔方陣となる。
「じゃあね。あんたの主に宜しく」
 ウラが告げると同時に魔方陣は天を貫く一条の光となった。
 アナザーワンの姿が光に溶けるように消える。最後の瞬間、少しだけ、彼が笑った気がした。

 光が収束し、消えていった後、ウラは自身の手をみやる。
 雪久から教えられた術式を使わずとも、鉱石錬成を成した自分自身を。
 厳密に言えば彼女は金属を錬成し、割合を考えつつ鉱石から引き出しただけだ。残された原石に精錬の術式を使えば紅玉となる。
 その能力は魔術によるものではない。ただ「触れただけ」だ。
(もしかしたらあたしもそっち側の存在だったかもしれないわね)
 少しだけそんな事を考え、ウラは朽ちた教会を後にしたのだった。

 教会から光が天へと射した出来事は、しばらくの間「奇跡が起ったのだ」という噂話となって東京の人々の口へとあがった。
 だが奇跡の内容について具体的な内容が伝わる事はなく、噂話もしばらくしたら消えていった。
 その場所で起った事実を知るものは、ウラと、この世界にはもう居ない誰かだけ。
 2人の胸中にはこの「奇跡」は忘れられる事なく残り続ける事だろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。小倉澄知です。
 今回はコソっととある能力も使って頂いております。
 アナザーワンの主についてももっと書きたかったなぁと思いつつ、今回はアナザーワンとウラさん2人だけのお話(若干雪久も顔をだしていますが)としてまとめさせていただきました。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。