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情報収集の理
赤髪の少女、“有栖川 風”は少々ご立腹だ。
父の知人である刑事“山石”。
彼の依頼を受けて、風はわざわざ足を運んだのだが、どうにも居心地の悪い視線を向けられている。
山石の隣りに座る二十代後半の男性、“神谷”の視線だ。
この手の視線には風も慣れている。そして、そういった視線を投げかけてくる相手に、風はあまり良い感情を持つはずもない。
「わざわざ来てもらってすまないね、風ちゃん」
「山石さん、ご無沙汰してます。もう十九です、“ちゃん”付けはちょっと……」
「えっ、十九……?」
「こら、神谷。すまないね。まだまだ若い男は、どうにも意地を張りたがる」
「有栖川 風です。よろしく」
「あぁ、神谷だ」
風が手袋を外して握手を求め、神谷がそれに応じて手を差し出して応えた。
手から伝わる感触、緊張具合。そして筋肉の動き、僅かな眼球運動。明らかにため息混じりに吸われた空気で、膨らんだ胸。
全ての情報を瞬時に読み取った風が、握手した手を握ったまま口を開いた。
「キミが思っている程、ボクは温厚でも箱入り娘でもない。捜査に協力するのはボクの仕事であり、社交辞令に興味もないからな。だが、キミはもう少し最低限の『礼儀』を弁えるべきだろう。その見下した目とフザけた態度は不愉快だ」
「――ッ! な……っ!?」
「何で思っている事が分かるのか、なんて愚かな事は言うべきではないよ。その言葉はキミ自身の無能さを露呈する。キミはポーカーフェイスにはなれないだろうしね」
「……ッ」
フン、と鼻を鳴らして風が神谷の手を放して手袋をはめ直すと、バツを悪そうにしている神谷と、そんな風と神谷のやり取りを見つめていた山石が小さく笑った。
「神谷、この子は天才だ。言っておくが、今のはお前が悪いぞ」
「……スンマセン」
「風ちゃん、すまないね」
「気にしないで下さい。それで、ボクに手伝って欲しいっていうのは?」
山石が風の言葉を聞くと、神谷に向かって頷いた。
「この日本にテロリストがいる、というのは知っているか?」
「この平和で辺鄙な島国に、か? 一体何を思想に掲げてると言うんだ」
「日本の再構築、だ」
神谷が苦々しげに呟いた。
「良いじゃないか。今の腐った国政よりは幾分マシになるかもしれない。争いがないから腐敗の一途を辿っている、と考えれば必要な刺激だ」
「――ッ、お前それ本気で――!」
「――あくまでも考え方としては、だよ。キミは少々感情に流され過ぎだよ、神谷クン。直情過ぎるのは悪いクセだ」
「テロを認めるお前の発言がおかしいんだろうが!」
「それは違うね。相手の立ち位置に立って考える事や、第三者の位置に立って物事を考える事で初めて見える事、分かる事は実に多い。心理学として、それを心がけるのは常識だよ」
「俺は刑事だ! 別に――!」
「――では聞かせてもらおう。キミにとって、テロリストとは何だ?」
風の言葉に神谷が思わず言い淀む。
その横で山石は二人の会話を聞きながら、小さくため息を漏らして呆れてはいるものの、文句を言おうとはしなかった。
「政治か宗教の信条に基づいて、非合法かつ暴力的な破壊活動を行う連中、だ」
「模範解答だね。そんな事を聞いているんじゃない。キミ自身がどう見ているのかという話だ」
「それは……」
「ボクが言っているのは、そういう点だ。キミの価値観ならばキミにしか見えない感情もあるだろう。いちいち噛み付かないでくれないか」
「ほら、神谷。しっかりやれよ」
「スンマセン……。話を戻すぞ。今アンダーグランドで成長を見せてるテロ組織、『陽炎』とかいう組織があるんだ。過激派として名を知られてる様な連中で、何しろ手に負えない奴らだが、そのリーダーがこいつだ」
神谷が一枚のプリントアウトした画像を見せた。
「“橘 和弥”、だ」
「……知り合いか?」
「昔の同級生だ。ずいぶん連絡も取ってねぇけどな」
「……なるほど。それで、ボクに何を調べて欲しいんだ?」
「ここからは俺が話そう」
神谷との会話には埒が明かないと判断したのか、山石が風に向かって声をかけた。
「実はその『陽炎』の関係者と思しき男を捕まえてね。取り調べしているんだが、どうにも情報を吐かない。そこで、風ちゃんに頼もうかと思ってね」
「取り調べを、ですか?」
「あぁ。さっきも見せてもらったけど、「やはり」というか「さすが」というべきか。見事な観察眼を見せてもらった。そこを見込んで、お願い出来るかな?」
「構いません」
「そいつは助かった。それなら、行こうか」
◆◆◆◆
――第三取調室。
マジックミラーの向こうには手に手錠をかけられた男が座り込んでいた。
「あれが関係者か」
「風ちゃん、頼んだよ」
「はい」
風が扉を開けて中へ入ると、男が風の容姿に唖然とし、小さく嗤った。
「こんな所に――」
「――迷子でもお嬢ちゃんでもない。お約束な言葉しか出ないとは、不憫な頭の作りをしていそうな男だな、キミは」
「……んだと?」
男と風のやり取りを見て、神谷が口を開く。
「山さん、あのガキ性格悪いッスね」
「いや、違うなぁ」
「え?」
「逆上した心理状態は顕著に感情を表に出す。その為の下地を一瞬で作ったんだよ。お前さんと最初に話した時も、お前さんに実力を示す為に挑発したのさ」
「な……、買い被り過ぎじゃないッスか?」
「まぁ見ていろ」
ミラー越しにそんなやり取りが成されている事など露知らず、風が男に向かって口を開いた。
「さて、幾つか質問に答えてもらいたい。まぁバカでも判る質問だ。とりあえずはイエスかノーか、それだけ答えてくれれば良い」
「何も答えるつもりは――」
「――そうか。イエスかノーかも解らない程だったか。まぁ『陽炎』とやらの末端の構成員程度では、質問してもまともな回答は出て来ないとは思っていたが」
「……テメェ、バカにしてんじゃねぇぞ!」
「バカにしている、というのは侮辱している言い回しだが、ボクはキミを「バカにしている」訳じゃない。「馬鹿だ」と認定しただけだ。『陽炎』の構成員も大した事はなさそうだな」
みるみる風の顔を見て顔を赤くする男。そして、ミラー越しには腹を抱えて笑いを噛み締めている山石。
「ウチの組織は馬鹿なんかじゃねぇ! 少なくとも俺以外の人なら……――」
「――ほう、馬鹿なりに頭がキレる者もいるのか。それは失礼」
「フザけやがって……! ウチのボスだって――」
「――“橘 和弥”だろう?」
「――ッ!」
「しかし妙だ。あの男一人程度なら、そんなカリスマ性を持ち合わせているとは思えない。それに、何処から武器を調達しているのか。何処で生活をバックアップする金を手に入れているのか。それが問題になる」
「言う気ねぇぞ」
「ほう、知っているのか。それは良い事を教えてもらった。やはりバックに何処かの組織が関与しているのは間違いないみたいだな」
「な……!」
不意な風の一言に、男も、ミラー越しに状況を見つめていた神谷も山石も思わず口を開いた。
「さて、続きと行こう。橘 和弥以外の中心人物は? 一人? 二人? 三人? 四人? 五人?」
「ッ、言う訳ねぇだろ!」
「六人……? なな――」
「――テメェ、聞いてんのか!」
「そうか。中心メンバーは七人か……。いや、八人か。成る程な」
男の目が大きく見開かれ、汗を頬が伝う。
男の心には、「なぜ?」という言葉しか浮かんで来なかった。
全て言い当てられ、黙っていても答えを導いてくる。どんな言葉も通用しない。罵声を上げてくるでもなく、ただ淡々と真実を炙りだしてくる。
もう何も聞かれたくない。
そんな言葉が出て来る程に。
そしてそれは、その状況を見つめていた神谷も同じである。
黙秘をしている男から情報を得るのは難しい。にも関わらず、次々に男から必要な情報を引き出している。
それが当たっている事は、あの男の顔を見れば一目瞭然だ。
故に、神谷は恐ろしさを感じていた。
有栖川 風は、心を読めるのではないかと思ってしまう程に、その光景は鮮烈なものだった。
「隠そうとしても無駄だ。キミはもう、ボクの言葉を聞かずにはいられない」
その一言が、男の心に突き刺さる。
◆◆◆◆
「……やはり映像が粗いな。せいぜい読めたのは、決意と侮蔑。そんな感情が強いという事だ」
神谷から、友人の結婚式の映像を見せてもらっていた風は、ため息混じりに呟いた。
何か得られれば、とは思ったが、やはり細部の動きが読めず、ごく当たり前な、表層的な部分しか見えなかったのだ。
風の仕事は終わり、帰路へつこうと立ち上がると、神谷が訝しげな視線を向けて風を見ていた。
その視線の意味を気付いているだろう。そう考えた神谷は敢えて口にした。
「お前、何者なんだ? まるで――」
「――化け物、か?」
風が足を進めながら、ため息を吐いて一言告げた。
「これは純然たる技術だ。君だって習得できる。何ならボクが講義してやるぞ」
そう言い残して鞄から牛乳ビンを取り出し、腰に手を当てて飲みながら、風は歩き去っていくのであった。
FIN
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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。
見事なまでの尋問ぶりを見せた風さんでした。
今回は猫描写をする隙がなく、ちょっと残念でしたが……。
ちなみに、このお話は連作として続きを描くでも、
とりあえずこのままで終わりでもどちらでも良い様に書かせてもらいました。
今回の件はちょっとした私のミスもありましたので、
一話である程度まとめて、あとは続編をご希望でしたら、
異界の方からお願い致します。
風さんに尋問されたら私はもう死にたくなるでしょうね←
それでは、今後とも機会がありましたら、
是非よろしくお願い致します。
白神 怜司
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