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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.16 ■ 感情コントローラー





――「にっひひ。気付いてないと思った?」

ニヤリと笑みを浮かべながら耳元でそっと呟いた憂の行動に、冥月の顔がみるみる赤く染まり、目を大きく見開く。
 勢い良く振り向いた冥月をからかう様に憂が立ち上がり、頭の後ろで手を組んで立ち上がった。

「な……っ――!」
「――さってとー、武ちゃん武ちゃん。ちょっと零ちゃんの採血もさせてもらうよ?」

 冥月と憂のやり取りなど露知らず、不意な憂からの提案に武彦が憂に向かって振り向いた。

「零の? 構わねぇが、何でまた?」
「零ちゃん自身のメンテ――じゃなかった、検査の為だよ。何かあってからじゃ遅いでしょ?」
「あ、あぁ……」
「零ちゃぁぁぁんー! 今度是非私の『ねこねこセット』の試着をー――!」
「――えっ!? えぇぇ!?」

 嵐のごとく叫びながら去っていく憂と、その声に戸惑う零の声が興信所内に響き渡っていた。

 呆れる武彦が乾いた笑みを混じえて背もたれに背を預けると、冥月が小さく一呼吸する。

「……怒ってる、よな?」

 苦笑いしながら尋ねる武彦に、冥月が表情を変えずに静かに口を開く。

「……別に怒ってないぞ」
「そうか? 怒ってる様に――」
「――くどい」
「はい、さーせん」

 一蹴された武彦が肩を落とす。

「疑った私も悪かったし、私を試して信用に足る人物かを試す、という憂の判断は間違っていない。いや、むしろそうするべきだろう」
「冥月……」
「それに、もしあの集団に殺意があって本気で戦う事になっていたら、誰も殺さずにいられたかは定かではなかった」

 冥月のささやかな仕返しだった。

 殺意があったのであれば、あの状況で戦闘に応じる必要などなかったのだ。
 その気になれば、『影』を利用して逃げる事も出来た。そして、その判断が正しく、最善手だと分かっている事である。

「だが、試された事に対しては、その……、ちょっと不快だ。“義理の妹”になる様な相手だったかもしれないからって、あんなやり方を肯定しなくても、やりようはいくらでもあっただろう。お前と……、わ、私の仲なんだから……――」

 徐々に弱くなっていった最後の語尾に、冥月は自分で頬を赤く染め、軽くコホンと咳払いをしてごまかした。

「――とにかく、ああいう無理な“義理の妹”の頼みは断ってくれないか」

 冥月の思考はいつもと違い、困惑を隠せていなかった。

 八つ当たる事も滅多にしない冥月が、ささやかな仕返しをする。
 そして、さっき憂の口から聞かされた、“義理の妹”というフレーズが気になっているせいで、口を出る言葉。

 聞くに聞けない、けど聞きたくて仕方ない内容を目の前に。
 憂に想いをあっさりと悟られ、必死に平静を保とうと隠す。

 この二つの複雑な乙女心が、冥月という一人の女性の心をかき乱していた。

「とにかく! 協力はあくまで『百合を救ってくれるなら』という条件が大前提だ。その兆ししか見えないなら、一切手を組むつもりはない……」

 キュっと組んでいた手を握り締め、冥月がそう告げる。
 プライドが邪魔をする、という言葉を体現しているかの様な現状に、冥月は少し苛立っていた。

 目の前にいる武彦は、今はただ「分かってる」と言って受け止めただけで、“義理の妹”という言葉には触れて来なかった。

 ――それはつまり、自分には言い難い事なのではないだろうか。

 そんな事を思った冥月は、また新たに浮かび上がる複雑な気持ちに、逡巡する。

「……武彦。憂の言っていた、“義理の妹”という言葉は、一体どういう事なんだ……?」

 分かっていて聞いている自分は、少しばかり狡い。

 両親の再婚だとか養子だとか、そういった言葉を期待する事はなかった。
 憂が口にしていた、「お姉ちゃん」という存在と武彦は、やはり深い関わりがある事に間違いない。

 だからこそ、冥月が抱いた心境は複雑だった。

 言い難いという事は、その存在が武彦にとって大事な存在――つまり、恋人であった可能性が高い。
 それを自分に言い難いと武彦が思うのなら、それは少しぐらいは自分が女として見られていると考えて良いのではないだろうか。

 それを知りながら尋ねた冥月は、自分の狡賢さに辟易としていた。

「あー、それはその〜……」
「言い難い事、なのか?」
「いや、まぁ、な」
「……“義理の妹”って事は、やっぱり……?」
「いや、そういう関係じゃねぇよ!」
「ではどういう関係だっ?」
「そういう関係には、ならなかったんだ」
「……」
「アイツの姉――『朔』は、俺がIO2を抜けるきっかけになった相手だ」

 武彦の言葉から、朔と言う名の女性が武彦自身に深い関わりを持っていた事を、冥月は改めて実感した。

 ただの恋人よりももっと深い所。

 そこに、朔という女性が関わったのだと。

「……大事な相手なんだな」
「あぁ、俺にとっては、大事な相手“だった”よ。でも、お互いにそれは、パートナーとしてだ。憂が勝手に俺達を引っ付けようとしていた」
「……そうか」

 安堵した様な、かえって聞かなければ良かったかの様な、そんな複雑な想いが冥月の胸には溢れていた。

 一時の恋なら、それは誰もが通る道。

 そこを武彦が通ったとしても、今は違うのだろうと割り切れた。

 しかし、武彦の言葉に冥月は気付いてしまった。

 その相手は、もう既にいないのだ、と。
 自分と同じく、その存在がもう届かない場所に行ってしまった。

 死んでしまったのだろう、と。

「だけど、今はこうしてお前がいる」
「――……え?」

 あまりに唐突な言葉に、冥月の思考が停止する。

「あの時は迷ってばかりで、何も出来なかったけどな。今の俺の隣りにはお前がいる。形も違うし、状況も違うけどな。守りたい相手が出来た」
「……な……にを言って……――」
「俺は、お前を――」
「――武ちゃーん、零ちゃんが呼んでるよー」

 あと少し。ほんの数秒遅れてくれれば、その先を聞ける事が出来た。
 にも関わらず、その言葉は遮られた。

 ハッと我に返ったかの様に腰をあげる武彦に、思わず冥月はそっと手を伸ばしかけ、その手を止めた。

「ちょっと行くわ」
「あ、あぁ……」

 そう言い残して歩いて行く武彦。

 聞けなかった言葉の先を想像して、冥月は自分の心臓が強く高鳴っている事に気付いた。
 ただ恥ずかしくて頬を染めるではなく、顔が火を噴きそうな程、熱い。
 守りたいと言われた事が、どんな言葉よりも嬉しかった。

 零の元へと向かう武彦と擦れ違う様に憂が冥月と向い合って座った。

「ごめんね。今はその先を聞かない方が良いと思って」
「……え……?」
「武ちゃんは、まだ自分の気持ちに迷ってるよ。今口にしちゃえば簡単だけど、冥月ちゃんが辛いと思う」

 飄々とした雰囲気とは一転して、何処か物憂げな表情で憂はそう語った。

「ど、どういう事だ?」
「武ちゃんの気持ちは、冥月ちゃんの思っている通り。それは間違いないよ。だけど、武ちゃんの中で、全てが片付いてる訳じゃない。だから、武ちゃんは煮え切らない態度を取ってしまうの」

 憂が静かに淡々と分析した結果を告げた。

「武ちゃんとお姉ちゃんは、冥月ちゃんが思っていた関係とは違った。プラトニックな関係だった、って言えば良いかな。お互いに信頼して、助け合って、そういう関係。だから、武ちゃんはお姉ちゃんの事を今でも背負ってる」
「背負ってる……?」
「細かい事は武ちゃんから聞くと良いよ。今は焦らされてもどかしいかもしれないけど、さ。でも、私も武ちゃんにはいい加減幸せになってもらいたいんだよねー」

 そんな事を言いながら、憂は白衣の内側から見た事もない道具を取り出した。

「……猫?」
「フッフッフッ、『ねーこーねーこーセット〜』」

 さながら青い狸型未来ロボットを彷彿とさせながら、憂がそれを取り出した。

「な、何だ?」
「私が作った萌え萌えアイテム! 試作品だから黒しかないけど、多分冥月ちゃんなら使いこなせるわっ!」

 サムズアップした憂が笑顔を浮かべる。

「いらんっ!」
「フッフッフッ、そんな事言って良いのかな?」
「ッ、何が言いたいんだ?」
「この猫耳・猫尻尾・肉球ハンドは全自動稼働式の、まさにリアリティ溢れる逸品! これをつければたちまち世の男共は卒倒するっ。武ちゃんも例外じゃない!」
「なん、だと……!?」

 プルプルと震えた冥月の手が、机の上に並べられたアイテムに伸びていく。

「手触りとリアリティ、そして萌えを追求したこの逸品は、冥月ちゃんに贈呈しちゃいますっ!」
「しっ、しかし――!」
「――冥月ちゃん、武ちゃんを誘惑するんだよっ!」

 再びのサムズアップに、冥月がそれらをつけた自分の姿を想像して赤面していく。

「あ、ちなみに語尾に「ニャ」をつけないと動かないから。ちゃんとやってね」
「にゃ……、「ニャ」を……?」
「うんうん。せっかくだから試着する?」

 ゴクリと音を立てて生唾を呑んだ冥月が、ブンブンと首を横に振って平静を取り戻す。

「は、恥ずかしい、じゃないかっ」
「ダメだよ〜。せっかくだから、進む所まで進んで関係を結んで欲しいんだから」
「かっ、かかかか関係!?」
「うん。あと、これだけは武ちゃんの代わりに教えといてあげる。武ちゃんから聞いたら、冥月ちゃん驚くと思うし」

 突然憂の表情が真剣味を帯び、冥月を見つめた。

「武ちゃんが最期に殺めたのは、お姉ちゃんなんだ」
「……え……」
「それしかなかったの。その理由は、武ちゃんから聞いてね」
「ま、待て!」

 立ち上がる憂を制止しようと冥月が憂の手を握った。

「百合ちゃんの検査に私一回戻るから、ちゃんとそれつけて誘惑してね♪」

 疑問が残る言葉と、不思議な道具を置いて、憂はひらひらと手を振りほどいて草間興信所を後にするのであった。




                           to be countinued...




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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。
あけましておめでとうございます。

なんだか穏やかな感じで、こういうのも良いですね〜。

今回はこの作中のアイテムを冥月さんにプレゼント!←
詳しくは詳細欄を御覧下さいませ。

気になる一言を残して去る憂。
萌えを追求しろと言われた冥月さん。

カオス気味……?

それでは今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司