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『クリスマスが過ぎてもヒイラギは捨てないで それはゆきにかいた約束♪』
それは小さな小さな声でささやき交わされたやくそく。
私とあの娘との。
ふぅー。
私の口からこぼれた安堵のため息は、きらきらと氷の結晶になって、足元に落ちる。
結晶がアスファルトにあたって奏でたメロディーはとてもゆったりとしたアンダンテ。
歩くようにゆったりと♪
クスリと笑っちゃいますよね。だって、あの娘のリズムはそれよりもゆったりと。ゆっくりと。ゆっくりと。ゆっくりと。
とてもゆったりとした、ゆっくりとした、のんびりとした、なんだか思わず眠くなっちゃうような、そんなしゃべり方で、あの娘はあの日、ゆきにかいた約束を、とてもとてもとてもうれしそうに、口にしたの。
それはとても優しいおだやかな子守歌のように私の耳に、心に、残っている。
シャン♪ シャン♪ シャン♪ シャン♪ シャン♪ シャン♪ シャン♪
とてものんびりとしたリズムのあの娘を乗せた氷のそりは、けれどもそんな軽やかなリズムであの朝焼けの中、あの娘の家がある方へ消えていきました。
ゆきにかいた、約束と、私の中にあの娘と過ごした、遅れたプレゼント配りの夜の、素敵な思い出を残して。
そう。それはとてものんびりとしたあの娘と過ごした夜の思い出。
朝焼けの空の下でふたりしてくすくすくと笑いながらささやき交わした約束。
+++『クリスマスが過ぎてもヒイラギは捨てないで それはゆきにかいた約束♪』+++
くるくるくるくるくるくると歩いていたの。
この街の、迷路のような細やかな道を私は歩いていたの。
回遊魚のようにくるくるとくるくるとくるくると。
一体、私は何周したの?
わかんないよ。そんなの。
だって、ぼぉーとしてたもの。
よく、そんなにぼぉーとしていないの、って怒られるけれど、私だって、常にぼぉーとしている訳じゃないわ。商売になるとはきはきと喋るんだから! 頭、きりきりと回るんだから!
でもね、残念ながら、この時間は業務終了しちゃってたのです。
そうじゃなきゃ、いくら私だって、こんなにくるくると街の中を歩いて回ってたりなんかしないもん。
そう。残念ながら、この時間は業務終了しちゃってたの。
気づくと私はお家から遠く離れた場所にある公園の前に居たわ。
見上げた夜空に輝くオリオン座の位置から推測するに、時間はもう良い子は眠らなくちゃいけないお時間。
口からこぼれた白い息は、氷の結晶となって足元に転がり落ちる。
それがアスファルトにぶつかって奏でた音色は憂鬱げ。
もうひとつ、ため息。
けれども、氷の結晶はできなかったし、だから夜の公園にメロディーも生まれない。
ため息をこぼしたのは、私じゃないですよ?
公園を見ると、フード付きの赤いコートを着た女の子がゾウさんの滑り台の上で体育座りしてため息こぼしてた。
いけない子。良い子はもう寝てる時間なのに。
それに、その子が着ているのはとても可愛らしい温かそうな赤いコートだけど、それでもまだ、この1月の夜気はとても冷たいわ。私や、氷の眷属以外には。
風邪、ひいちゃうよ。
私が心の裡でそう呟いた瞬間だった。
「くしゅん」
その子がくしゃみをしたのは。
ほら、言わんこっちゃない。
私は小さくため息をついて、それからその娘のために言ってあげるの。
「God bless you!」
ちなみにこれ、中学2年生で習う英語ね!
「ほえ?」その娘は、私のそれに応えるようにゆっくりと、のんびりと、小さく小首を傾げて、不思議そうに私を見て、それから、
「ねえ、アイス、食べる?」
私がそう言うと、
ふわりと、微笑んだ。
っていうか、くしゃみをしている子にアイス食べる? なんてひどいですよね。そんなのってないですよね。もしも、誰かが今の私の言葉を聞いてたら、おまえは鬼か! もう一度言う、おまえは鬼か! って言いますよね。
でもね、私は何時だってぼぉー、としててこんな風に気がつくと全然知らない場所に居たりもして、本当にどうして私、こんなにぼぉーとしてるんだろう? って悩んだりもするけど、だけど、だからこそ、無意識下における私の能力は意識して発動するそれよりも、かえって本能的に発動されるそれによって遥かに高い能力を発するの。
私はただぼぉーとして夢遊病のようにここに来た? まさか。私は能力を知らずに発動してたのです。この冬の水っぽい冷たい空気に含まれたあの子の異形の香りをかいで私はここに来たのです。そう、異形の香り、私と同じ氷の眷属の香り。それに混じって漂っていたあの子の涙の香り。
その子はのんびり屋さんなんだな、って一目でわかるのんびりと穏やかな表情をした顔に、涙の跡のある顔に、ほやりと、本当に嬉しそうな、まるで夕暮れの街で迷子の子がはぐれていたお母さんと出会った時のようなそんな顔をしたんです。
だから私は、あー、私はひょっとしたらこの子を助けるためにくるくるくるとしてたんだ、って、そう思ったの。
そう。今にして思えばそれは、素敵な運命の執筆者である神様の、素敵なシナリオだったんだよね。
するすると滑り台から降りてきたその子に私は訊いたわ。
「アイス、どんなのがいいですか?」
って。
そしたら、その子は目をさらに輝かせて、
でも、
「あ、」
と、呟いて、口をつぐんで下を向いちゃった。
それにしても、何が、「あ、」なのでしょう?
「どうしたの?」
「あの、」
「うん」
「その、」
「うん」
「……無理を承知で言います! クリスマスケーキが食べたいです! あたし、日本のクリスマスケーキ、楽しみにしてたです! でも、もう……クリスマス……終わってて……」
「うん。一か月も前にね。今日、もう1月の24日だし」
「ほえ! 1月の24日!?」
「うん。1月24日」
「ほえほえほえーーーーー!!!」
その子はなぜだかうなだれてしまいました。ずいぶんとショックを受けているようです。
そう、クリスマスにのっかかるとしたら、毎年、七面鳥だと思って食べていたのがただの鶏だったり、シャンパンだと思って、私、大人だー、と思って美味しく飲んでいたら、それはただの微炭酸のジュースだったりしたのを知った時のような。
はて、この子は一体何を思い違いしていたのでしょう?
「どうしたの?」
「あの、」
「うん」
「じゃあ、」
「ん?」
「日本では、クリスマスどころか、年越しそばを食べつつ、日本野鳥の会の人が赤と白、どちらの旗が多く挙がっているのかを数えてるシーンをドキドキしながら見守るという一大イベントももう終わってしまっているのですか?」
私、ちょっと、苦笑。
「紅白はもう、今年の大みそかにならないと見えないですよねー。たぶん、今年もやると思うんだけど」
「がっくしです。あたしは、あたしは、あたしは、のんびり屋さんな自分を今ほど恨んだことはないです!!!」
ざめざめと泣き出してしまう。
私、さらに苦笑。
「えっと、あのね、紅白は見えないけど、でも、クリスマスケーキは、
アイスケーキで良かったら、ほら、ここにあるよ!」
あなたと同じ赤いコートを着たおじいさんも乗ってるよ!!! しかもこれ、イチゴの果汁で作ってある氷だから、食べられるよ!!!
私は能力でアイスケーキを作り出して、その子にプレゼントしました。
「ほええええええー。おじいちゃん!!!」
「え?」
私、目が点!
「おじいちゃん?」
「うん。これ、あたしのおじいちゃんです!」
「えっと、この人ですか?」
私はその子が指差しているイチゴの果汁で作られた氷人形を指さしました。
「うん」
とても元気に頷かれてしまいました。
「えっと、つまり、じゃあ、あなたが赤いコートを着ているのは……」
―――という事? と訊くと、その子は美味しそうにクリスマスケーキを食べながら頷きました。
私は思わず赤鼻のトナカイを探してしまいます。
けれどもそれは居ませんでした。
えっと……
「トナカイは家が契約している方も、派遣会社に登録してるフリーの方も、みんな、シーズンオフに入ってしまっているのです。のんびりとしすぎました……」
しゅんとしたその子は、一体、何が起こっているのか、その事情を私に話してくれました。
その子のおじいさんは彼らの中でも有名な人でした。
私もその子に聞いて初めて知ったのですが、あれは個人の名前ではなく、その仕事に従事する人全員の名前であるそうです。つまり、何人も居る。ママがキスしたその人も、たまたま本当にその人はそれのひとりだったのです。それだけだったのです。けれども、彼らはそれを隠れ蓑にしようとして、それで、実は正体はパパなんだよ、って今では世界中の子どもが浮かれる親に隠れて実しやかにささやき交わしているあの噂は世界中に知れ渡っていて。あー、つまり、親がその噂をささやく子どもをとても幸せそうに眺めているのは、それは本当のことを知っているからだったのです。おじいさんたちは実在するって。
そうかー。
私はくすくすと笑ってしまう。
大人はずるいよ。こんな素敵なことを黙っているなんて。
ううん。
これこそが、おじいさんたちが子どもに贈る最後の、クリスマスプレゼントなのです。
ああ、それはなんと、素敵なクリスマスプレゼント。
って、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
私、絶叫!
だって、私、重大な秘密を知ってしまったんですもの。
しかも、これを知るのがなんだか、大人になった証拠、みたいな、大人になった元子どもたちに贈る最後のクリスマスプレゼント、なんて位置づけの、秘密……。
「どうしたの? 大丈夫?」
小首を傾げるその子は不思議そうに私を眺めていたけれど、やがて……。
「はわ!」何か気づいてはいけないことに気づいてしまったように、アイスケーキを眺めやった。
そして、恐る恐る……、
「賞味期限切れ?」
「違います!」
私、びっくりです!
「あのね、アイスには賞味期限って無いのですよ?」
「そうなの?」
「うん。アイスって絶対に冷凍庫でしょ? 冷凍保存でしょ? そこから出したとしても、アイスって、じゃあ、そのままにしていたら溶けちゃうでしょ? だから、賞味期限って無いのですよ?」
「はわぁ! そうだったのか!!!」
その子はぽんと手を叩いて、そうして感慨深いげに美味しい美味しいと言いながらアイスケーキを食べてくれました。
とにかくまあ、つまりその子は、正真正銘、あのクリスマスの深夜に大人気のおじいさんたちのひとりの、お孫さんなのです。
しかもわりと日本ではよく知られている。
「あたしのおじいちゃんは本当に慌てん坊なのです。あたしのおばあさんもお母さんもそれにはだいぶ困らされて。だから、お母さんはあたしをのんびりとした子に育てたんです。そして、そう育てすぎたんです。あたしはすっかりと、のんびり屋さんになっちゃいました」
おじいちゃんはクリスマス前にやって来て、あたしは、クリスマス後です……。口の周りにクリームをつけたまま、しみじみと呟いたその子に、私、苦笑い。
その子の隣のベンチには、大きな白い袋。
ひとりじゃ、大変だろうな……。
「ねえ、もしも、良かったら、私、お手伝いしようか?」
「え? はわ? や、でも……あんな美味しいクリスマスケーキをごちそうしてもらったのに、そのうえ無償でお手伝いまでしてもらうなんて……」
……と言いつつ、私を上目づかいで見るその子の眼はきらきらと輝いている。
わかりやすいなー、もう。私、デレデレです。
そうして私は、優しいけど、ちょびっといたずらっぽい笑みを浮かべて、立てた右手の人差し指をリズミカルに横に振って、
「ちっちっちっち。無償なんて誰が言ったかなー」
「はわぁ!」
びくっと震えたその子が可愛くて、私はもうちょこっとだけ、意地の悪いお姉さんの笑みを浮かべます。
「身体で、払ってもらいます!」
はわわわわわわ。と顔を真っ赤にするその子。そうして涙目で後ろに後ずさるその子を見て、
そうしてやっと、私も、
「はわわわわわ。身体で払うって、そういう事じゃないよ! モデルになってもらいたいのです!」
「はわわわわわ。ぬーど?」
「ち・が・い・ま・す!」
もう……。
私、耳まで熱いよ。
そうして、私たちは一緒に一ヶ月遅れのクリスマスプレゼントを配ることになりました。
「じゃあ、行きます! てくてくと」
大きな白い袋を肩に背負ってキリッとした顔をしたその子に、にんまりと笑う。
「てくてくと? 違います! トナカイが居なくて、てくてくと歩いて移動しなくちゃいけない! そんな時は〜」
えい! っと、私は、能力を使う。
「我は氷の女王を祖に持つ者。ならば、世界にしんしんと降る雪の精よ。汝らは我が眷属。示せ、うぬらの忠誠を。アイスメイク、そり!」
しんしんと降る雪の音が聴こえそうな静謐な夜に、私の詠唱が流れる。
夜が、ふわり、と震えた。
思わず、なのだろう。世界そのものの身震いに、背筋に走ったその感覚に、その子は目をつぶってしまい、そうして、瞼を開いて見た、氷のそりにその子は小学校低学年ぐらいの外見にふさわしい、歓喜の声をあげました。
うん。別に唱えなくてもよい即興で考えた詠唱まで唱えて、場を盛り上げた甲斐があったよ。
「じゃあ、行きましょうか」
いつも不思議に思っていたのです。おじいさんたちはどうやって家の中に入るのでしょう? って。
だって、もう、家屋には煙突なんて無いのですから。
でも、答えがわかりました。
答えは、窓のカギの周りにガムテープを貼って、トンカチで叩いて、割って、鍵を開けて、入るのです。
びりびりと白い大きな袋から取り出したガムテープを破るその子を慌てて私は止めました。
だって、それは悪いことですもの!
「ダメです! それは犯罪です!」
「犯罪?」
小首を傾げるその子に私はこくこくと頷いて、
それから窓ガラスにそっと手を触れた。
「能力、凍結!」
凍らされた窓に静かに音もなくヒビが走り、そうしてやがて、窓は綺麗に割れたのです。
私、安どのため息。
「ふぅー。ガムテープという消耗品を使わなかったことで、地球環境が守られて、しろくまさんの寿命がきっと少しは伸びました」
ばんざいです。
私たちはくすくすと顔を見合わせて笑いました。
そうしてそろりそろりと抜き足、差し足、忍び足で、お家の中に。
息をひそめて、気配をうかがって、入るのです。
家の中を見回して、金品などの調度品を探して、その家の財力を調べて、親の年収をうかがうのです。
その子はとてものんびりなのに、けれどもそろばんを弾くスピードだけは超加速でやって、そうして、すべての子どもが平等になるように、計算した額にふさわしいプレゼントを白い大きな袋から取り出しました。
それを子どもの枕元に置いて、ミッション終了です。
「う〜。でも、靴下が置いていないので、寂しいです〜」
私、苦笑。
そんな感じで、私は、氷の道を作り、その道に氷のそりを走らせて、西から東、北から南、よい子にも悪い子にも、普通の子にも、彼女と一緒におじいさんの代役として、プレゼントを配りまわりました。
そうして、最後のお家です。
「能力、凍結!」
窓からお家の中に入った瞬間、なんとお部屋のクローゼットから子どもが飛び出してきたのです。
そして、子どもは赤いコートを着た彼女めがけてタックル! もとい! 抱き付きました。
ベッドに倒れたふたりの下で、布団がずれて、その中にいた大きなぬいぐるみが、こんばんわ、をします。
「変わり身の術!?」
私、びっくりです。
「あのね、アタシ、ずっと、待ってたんだよ! じゅうにがつから!」
たどたどしい幼い声と言葉。
思わず胸がきゅんとなります。
そして、それは彼女も同じだったのでしょう。
ぎゅっとその子を抱きしめて、彼女はうれし泣きをしていました。
ずっと、思っていました。
私たち子どもはクリスマスプレゼントをもらえるけれど、
じゃあ、あなたは? って。
あたたかなお家。
あたたかなお布団。
あたたかな家族。
やさしくて、しあわせな、そんなぬくもりに、私たち子どもが包まれて眠っている時間、きっと、あなたは赤鼻のトナカイと一緒に、寒さに身を震わせながらもがんばって、プレゼントを配って、回ってくれている。
あなたには、その見返りはちゃんとありますか?
それは、私たち子どもの笑顔?
感謝の気持ち?
ねえ、神様。
たとえば、私がここで、この子に、世界中の子どもたちの代表として、ありがとう、を伝えても、きっと、罰は当たりませんよね。
私は小さく深呼吸をして、
そうして、
イメージする。
氷で作りたいものを。
再現したいものを。
「アイスメイク tune the rainbow!」
オリオン座の輝く夜空にかかった氷の虹。
その虹を、たくさんの子どもたちを乗せた、ジェットコースターみたいに連なったそりで、私たちは走ったの。
どの子もはしゃいで、
そして、赤いコートを着た彼女も、とても嬉しそうに微笑んでくれたの。
そう。それは、一か月遅れの、世界中の子どもたちからのクリスマスプレゼント。
そして、一年。
私は、去年、彼女をモデルに作った氷の彫像を写した一葉の写真を手に、オリオン座の輝く夜空に、シャン♪ シャン♪ シャン♪とベルの音を奏でながら走ってくるそりを見上げるのです。
やっぱり、今日、1月24日に。
私、苦笑♪
END
ライターより
こんにちは。^^
はじめまして。
ライターの草磨一護です。
このたびはご発注、ありがとうございました。^^
いかがでしたか?
楽しんでいただけていましたら幸いなのですが。^^
今回は、クリスマスがお題という事だったので、かわいらしいメルヘンチックな感じで書いてみました。^^
ちなみに、アイスには賞味期限はない、というのは本当で、その論理もシチュに書かれている通りなのですが、ちょっとその理由に笑っちゃいますよね。^^
少しでも、今回のこのご縁をPL様に喜んでいただけますように。^^
本当にありがとうございました。
失礼します。
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