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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.12 ■ prelude―U






 ――焦り。心が揺れる。
 勇太はさっき目の当たりにした犠牲者達が倒れている姿を思い出し、妙な興奮状態に襲われていた。

「早く人を助けなくちゃ、もっと人が死ぬ……!」

 テレパシーを使っているせいで、脳に直接聞こえてくる悲痛な人々の叫び。早くテレパシーを解きたいとすら思いながらも、生きている人の反応に気付いた勇太は、混乱の中で避難出来なかった近くのビルの中へと飛ぶ。

 能力を使っている事を知られても、この際仕方ないのだと気持ちを割り切りながら飛び続ける勇太は、取り残されている人々を離れた公園に連れて行っていた。

「――ッ、子供!?」

 女の子の声。「怖い」と何度も叫ぶその心の声は近い。
 外が見えるガラス張りの廊下を勇太は駆け出そうとしていた。

「クソ……。何処に――」
「――お久しぶり」

 耳元に聞こえてきた声に、勇太の背筋を悪寒が駆け抜ける。慌てて飛びながら、振り返った勇太は、思わず目を見開いた。

 背筋を嫌な汗が伝う。
 テレパシーを使っているにも関わらず、声を聞くまで存在に気付けなかった相手。
 そして、見覚えのある妖艶な笑み。

「……巫浄 霧絵……ッ!」

 勇太に声をかけてきたのは、五年前と何一つ変わらない姿をした、巫浄 霧絵その人であった。

「フフ、憶えていてくれるなんて嬉しいわね。ずいぶんと大きくなったわね。さすがは男の子」
「……ッ、これはお前らの仕業なのか!?」

 一瞬の怯みから気持ちを奮い立たせ、勇太が声をあげた。

「……フフ、良い顔ね」

 相変わらずの掴めない雰囲気に、その冷たい眼差し。
 勇太の心を見透かす様な瞳。

 笑顔を浮かべているにも関わらず、その瞳は一切笑っていない。

「その顔に免じて教えてあげる。これは私の指示で始めた事よ」
「何でこんな真似を……ッ!」
「“何で”?」

 勇太の質問に、霧絵はクスクスと肩を揺らして嗤った。

「何が可笑しい!?」
「可笑しいわね」

 霧絵の目が大きく見開かれ、勇太をギロっと見つめた。その姿に思わず勇太の身体が強張る。

「五年の約束を忘れた訳じゃないでしょう? それとも、生温い生活のおかげですっかり緩んじゃったのかしら?」
「な、何を……!」
「五年の間に、ずいぶんと人を信じる様になったのね。でもね、そういう感情を持たれると、私達の計画には邪魔なのよ」

 圧倒的な殺気に、勇太の身体が強張った。

「そうね……、凛と言ったかしら? 手始めに、あの子と一緒に壊しましょう」
「……あの、子?」
「えぇ。百合と一緒に、凛って子も壊してあげましょう」

 勇太の時が止まった。

「……え……?」
「裏切り者の彼女も、もう用はないものね」
「……フザけんな……」
「絶望はね、ちょうど良いスパイスなのよ。心を壊す為の、ね」
「フザけんなぁ!」

 勇太が霧絵に向かって飛び出そうとした次の瞬間、周囲に突如現れた魑魅魍魎が一斉に勇太に向かって飛び出した。

「邪魔だぁ!」

 サイコキネシス。
 粘液状の彼らを弾き飛ばし、壁に叩き付ける。しかし、ズルズルと壁から滑り、再び勇太に近寄る。

 続いて勇太が念の槍を使い、更に追撃を成功させるが、身体を貫いてもあっさりと抜け出して動き出した。身体の形状から、どうやら打撃も斬撃も意味を成さない様だ。

「だったら、サイコジャミングを……――!」

 精神攻撃をしかける勇太。しかし、すぐに勇太はサイコジャミングを解いた。
 失敗に終わったのだ。

「凰翼島の時と一緒か……。どうしたら――」
「――迷っている暇なんてないわよ?」

 再び耳元で聞こえてきた声。そして、悪寒が身体を走り抜けると同時に、勇太の右の脇腹に衝撃を受ける。
 衝撃と共に吹き飛ばされた勇太が、恐らく蹴られたのだろうと当たりをつけながら声の主である霧絵へと振り返るが、既に霧絵の姿はそこになかった。

「な……っ!」
「こっちよ」

 背後から聞こえた霧絵の声に、勇太は慌ててテレポートして着地位置を変え、自分が飛ばされていた先に霧絵が立っている事に気付いた。


 勇太の疑問は三つだった。

 ――一つは、霧絵の目的。

 もしも勇太を捕らえるだけなら、既にチャンスは何度か訪れている。にも関わらず、その素振りがない。

 ――もう一つは、気配がないと言う事。

 テレパシーを使っているのに一切の気配を感じないという事。どんな相手でも思念はあり、そこに存在していて当然であるのだが、それが霧絵にはないという事。

 ――そして、さっきから使っている、テレポートとも呼べる能力。


 この三つの疑問が、勇太の動きを鈍らせていく。
 攻撃に転じるか防御に転じるか。実戦経験の少なさと、不利な状況でサポートや判断出来る人間がいないという現実。

 圧倒的な現実を、勇太は霧絵によって叩き付けられたのだ。

「今の貴方はまだまだ。潜在的な部分には価値があるけど、何も出来上がってないわね」
「何だと……?」
「正直ガッカリしたわ、工藤 勇太。こんなものなら、まだ五年前の方が強かったんじゃないかしら?」

 霧絵の手に、黒い影が吸い寄せられ、鞭となって現れた。
 霧絵がそれを左右斜めに振りながら徐々に速度を上げ、突如勇太に向け鞭が振られた。

 避ける勇太の身体に変速的な変化を伴って襲い掛かる。

「――ッ!?」

 有刺鉄線の様な刺がついた霧絵の鞭が、勇太の肩を削る様に滑っていく。

「ぐっ……!」

 赤い飛沫。体勢を崩しながら、勇太は霧絵を再び睨みつけた。
 確実に避けたはずだったにも関わらず、鞭の軌道が大きく変わった事に、勇太は気付いていた。
 考えられる可能性としては、鞭そのものが自ら動いているのか、或いは霧絵がそう見せているのか。

 考えても判断しきれないと悟ったのか、勇太が反撃に動いた。

 しかし、突如横から視界の隅に入った黒い影に、慌てて勇太が横に飛ぶ。
 粘液状の魑魅魍魎が勇太の立っていた所へ飛びかかり、ベシャっと音を立てて潰れた。更に追い討ちをかけて魑魅魍魎が跳びかかるが、再び勇太がサイコキネシスで吹き飛ばし、弾かれて無様に落ちる。

 そこへ再び霧絵が振るった鞭が襲いかかり、今度は左足を削った。

「痛……ッ! クソ、魑魅魍魎さえいなけりゃ……」

 圧倒的に不利な状況。
 それでも今の勇太に「逃げる」という選択肢はなかった。

 ここで逃げれば、凛や百合が狙われる。

 そんな確かな予感を感じていたのだ。

「なら!」

 勇太がテレポートでビルの外へと飛び出て宙に浮き、ガラス越しに霧絵を睨みつけて手を翳した。

「っらぁ!」

 勇太の声にガラスが一斉に亀裂を走らせ、甲高い音を立てて砕ける。
 宙に吊り上がった凶器となったガラス片が、鋭利な面を向けて真っ直ぐその一体に突き刺さった。
 サイコキネシスを使い、割ったガラスで一面を攻撃したのだ。

 外から勇太が再びテレポートし、廊下へと戻った。

 廊下のガラスが割れ、辺り一帯に刺さったガラス。
 しかし、霧絵の姿は何処にもない。魑魅魍魎達も何処かへ移動したのか、その場から忽然と消えていた。

「……何処に……――」

 勇太が呟いたと同時に、霧絵の鞭が後方から勇太の身体に巻き付いた。

「ぐっ、しまった……!」
「あまり動くと身体に食い込むわよ? あんな小細工じゃ、私は死なないわ」
「ち……くしょう……!」
「このまま連れて行ってあげる。安心しなさい。もうちょっとでお友達とも会えるわ」

 クスクスと嗤う霧絵の声を聞きながら、勇太はもがいていた。

 身体には刺が刺さり、暴れるものだから徐々に食い込む。服が血に滲んでいく。

 このままじゃ、凛や百合が殺されてしまう。その気持ちが勇太を突き動かそうとしていた。血を流しながら、テレポートに挑戦してみるが、どうやらこの鞭のせいで使えないようだ。

「クソ……! 凛……!」





――「――残念だったわね、あの子じゃなくって」






 スパン、と音を立てて鞭が切られ、勇太の身体が解放された。

「……百合」
「百合!?」

 霧絵と勇太がその場に現れた百合の姿を見つめて声をあげた。

 黒いブーツにボーダーのニーソックス。白いフリルのついた黒いスカートに、黒いスパッツ。上着は灰色のパーカーと、その上からライダース系の革のジャケットを着て、手にはハンドガンとサバイバルナイフが握られている。

「……そう、もう隠れて動き回るのは辞めるというのね」
「えぇ。アナタにはもう、ついて行きません」
「クスリがなければ、死ぬわよ?」
「大丈夫です。しっかり対策は練ってますから」

 百合が勇太の隣りへと、霧絵を睨みつけながら歩み寄る。

「そういう訳で、協力しなさいよ」
「あ、あぁ……。それしても、俺よりも向こうの鬼鮫さんとかの方が……」
「心配いらないわ。あっちには“あの男”が行ってるもの」
「……あぁ、そっか。だったら安心だ」

 勇太の頬が小さく緩む。

「さ、ディテクターにあっちは任せて……。ここで叩くわよ」
「おう!」

 勇太と百合、五年前は敵同士だった二人が今、同じ敵を見つめる。



 しかし、霧絵は口角を吊り上げていた……――。







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