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<東京怪談ノベル(シングル)>


毎日の日課 〜キミはアタシのもの♪〜

 朝。すずめの鳴き声に目が覚める。
 のそりと起き上がった少女はベッドの上で大きく伸び上がり、あくびを一つするとまだ眠そうに目を擦った。
「ふぁああぁ……。眠〜い……。昨日はちょっと夜更かししちゃったかも……」
 ベッドから降り、カーテンを開くと一気に眩しい日差しが部屋の中に差し込んでくる。
 明るくなった部屋には、起毛のふかふかしたカーペット。白いベッドに整理整頓された机。小さなガラス製のテーブルがベッドの横に置かれ、その傍には抱え込むほどのクッションが一つ。腰の高さほどの本棚が一つ置かれた、質素ながら小奇麗で女の子らしい部屋だ。
「う〜ん! いい天気。今日はいいことありそうな予感!」
 少女の名は大海原朱音。彼女は知らない間に、実の父親によってサイボーグに改造されてしまった不運な娘だった。
 その事実を父の口から聞いた時は、ショックと共にただ呆然とするしかなかったが、近頃ではそのことをあまり気に止める事もなくなった。
 真実を告げて失踪した父の身を時々案じるくらいだ。
 朱音は再び大きく伸び上がると、一度部屋のベッドに腰を下ろす。
「さてさて……本日のチェックは……」
 片手をこめかみに当て、意識を集中する。小さな機械音を立てながら義眼に映し出されたのは、隣の家に住む幼馴染の部屋だった。
「やだ。まだ起きてないじゃない。早く起きないと遅刻しちゃうぞ〜! って、寝てる君もなかなか可愛いけど♪ どれどれ、ちょっとズームしちゃおっかな〜」
 ニマニマと一人笑いながら状況を楽しんでいる。
「やぁ〜ん! やっぱり可愛い〜♪ こんな姿なんてそうそう見れたもんじゃないわ。もっとじっくり眺めなくっちゃ!」
 彼女の目に映し出されているのは、幼馴染の家にこっそり仕掛けた隠しカメラの映像である。
「むふふふふ。もう、あたしが起こしてあげなきゃ駄目なのかな♪ もう、そうならそうって言ってくれたらいつでも起こしに行ってあげるのに〜♪ お〜い、朝だぞ〜♪」
 頬を紅潮させながら、ビデオに映し出される幼馴染の姿を堪能している朱音のこの行動は、ほぼストーカー状態だった。
「お? 起きたぞ。寝起きもいいね〜! もうほんと、大好きだよ〜!」
 その時、ふいにお腹がグゥ……と小さく鳴った。
「あ。いけないいけない。どうしてもつい見入っちゃうんだよね。もっと見ていたいけど朝ご飯食べなくちゃ。あ・と・は、学校で♪」
 朱音は渋々ビデオチェックを終わらせると立ち上がり、着ていたパジャマを無造作に脱いで、壁に掛けて置いたセーラー服に袖を通した。
 部屋を出て一階に下りると、そのままキッチンに向かい適当に食事を作る。
「えっと、パンと卵とハム……。野菜も必要だよね」
 冷蔵庫からゴソゴソと材料を取り出し、ふぅ、と小さく溜息を吐いた。
「やばいなぁ。もうそろそろ冷蔵庫空っぽ。何か買い出しにいかなきゃ」
 お尻で冷蔵庫の扉を閉め、慣れた様子でフライパンに油を引き、ハムと卵を焼く。その傍らでカット野菜の袋を切って皿の上に盛り付け、トースターでパンをこんがり焼く。
 焼きあがったハムエッグをサラダの乗った皿に盛り、香ばしく焼きあがったパンを手にリビングに移動してソファに腰を下ろした。
「さってと、食べよ。……っと、その前に飲み物がないとね〜」
 再び立ち上がると、戸棚から紅茶パックを取り出しティーパックをカップに放り込んでポットからお湯を注ぎいれた。
 それを持って改めてソファにつくと食事をし始めた。
「もうちょっと味覚があればなぁ……。今のまんまじゃお料理を作ってあげるなんて無理だよ。将来はあたしが手料理を振るってあげるんだから」
 フォークでハムを突刺し、もぐもぐと食べながらそう呟く。その時ふと、朱音の表情が凛々しく変わる。
「美味しいよ朱音」
「やだ、ほんと?」
「当然さ。朱音が作るご飯が一番に決まってるじゃないか」
「も〜、恥ずかしぃ〜! でも、嬉しい。あ・り・が・と♪ チュ」
 ソファの上でフォークを片手に一人芝居を始めるのは、今に始まった事ではなかった。
 自分で妄想し、一人照れて身悶える。
「な〜んて、なぁ〜んちゃって〜〜〜っ! きゃは〜っ! もう、チュウはサービスなんだからね〜!」
 その時、部屋の壁掛け時計が時間を告げる。その音に現実に引き戻された朱音は弾かれるようにそちらを振り返ると、赤らんでいた顔がたちまち青ざめた。
「やばっ!? こんな時間! 遅刻しちゃうっ!」
 突然慌しく立ち上がると、皿の上から急いで取り上げ口に咥えた。軽やかに身を翻しその場から小走りに走り出すとスカートに皿が引っかかり、その弾みでテーブルの下にサラダや卵もろともひっくり返る。
 一瞬そちらを振り返った朱音だが、それを片付けている時間はない。
「も〜! こんな時に! 帰ってからやるっ!」
 誰に言うでもなくそう呟くと、食パンを咥えたままバタバタと玄関まで走り、昨日既に準備しておいた鞄を手に慌しく靴を履く。
「いってきま〜すっ! って、誰もいないかぁ!」
 朱音は大急ぎでドアを抜け、学校へと向かうのだった。