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新春パーティー誘拐事件
1.
携帯に一本の電話がかかってきた。
「…もしもし? ねーちゃん?」
遥風ハルカ(はるかぜ)は作曲中だった手を止めた。
『あのね、パーティーの招待状があるんだけど、一緒に行かない?』
「パーティー?」
思わず聞き返すと、姉は待ってましたとばかりに語りだした。
新しい春。希望の春。
そんな新年の門出にアトラス編集部に一通の招待状が届いた。
『拝啓 新年のお祝いにパーティーを開きます。ぜひ皆様お誘いあわせの上ご出席ください』
招待主は…書いていない。
しかし、パーティーの日時と場所は明記されている。
「差出人不明…かぁ…面白そうだ」
何か面白いことが起きそうな予感がする。
作曲はいつでもできるが、パーティーは今宵のみ。
ハルカはさっそく出かける準備を始めた。
パーティーは華やかで、豪奢な雰囲気が新年の祝いにふさわしかった。
たくさんの飲み物、たくさんの食べ物、よりどりみどりである。
「遥、お行儀よく食べるのよ? がっついて食べたらダメだからね?」
姉・春日謡子(かすが・ようこ)はそうハルカを窘めながらもキラキラとした瞳が料理にターゲットロックオン状態である。
音楽業界で少なからずパーティーに呼ばれることもあったので、ハルカは姉よりは冷静であった。
「ねーちゃん、さっきから食べ物の話ばっかだよ。…花より団子?」
「………」
ハルカに鋭い突っ込みを受けて謡子は動揺したようだ。柄にもなく焦っている。
ワンランクもツーランクも上の世界のパーティーで、謡子はハルカと美味しい食事に舌鼓を打つ。
しかし、楽しい時間は続かなかった!
「あの子はどこへ行った?」
家主の言葉に従業員たちがざわめきだす。
家主のいう『あの子』は家主の子供(5歳)である。
確かに、最初の挨拶をしてから姿を見かけない。
「誘拐だわ! 誰か、あの子を助けて!!」
残された手がかりは…『犯人はヤ+ナ…』
2.
「誘拐って何ソレやばくね?」
そんなことを言いながらハルカはワクワクとした好奇心を隠せない。
手がかりとか…やっぱあるのかな!? うわ〜! 探偵みたいだ!!
「余興でしょ?」
そんなハルカに対し、謡子はグイッとシャンパンを飲みながら遠巻きに静観していた。
と、突然謡子がハルカの視界から消えた。
「やぁ。そこの美しい人。良ければ僕と一緒にお茶でも?」
いったい何が起きたのか…把握できなかった。
目の前には黒いマーメイドドレスの女性が姉の腕をとらえて、今にもキスせんとばかりに顔を近づけている。
「ねー…ちゃん?」
ハルカが呆然としたように呟いたので、ハッと我に返った。
同時に、相手が女性も走ってきた男性にスパーンとハリセンで叩かれた!
「姉さん、何ひと様に迷惑をかけているんですか」
にこやかな笑顔。それにそぐわぬハリセンの強烈な一撃。
…かっこいい…。
「…いったーい…。さっちゃんひどぉ〜い〜」
謡子を口説こうとした女性は振り返ると今度はハリセンの男性に抱き着こうとした…が男性はするりとそれをよけた。
女性は倒れこんだが、男性はそれをそのままに謡子とハルカに向き直った。
「すいません、姉が無礼を働きまして…」
深々と首を垂れる男性に、謡子もハルカも思わず「いえいえ」と恐縮した。
「きれいな女の子を口説いて悪い法律がどこにあるの!?」
起き上がった女性は開口一番そう言うと、すかさず謡子の腰に手を回して抱き寄せる。
「僕とここで出会ったのも運命の赤い糸の仕業。その赤い糸を断ち切るなんて野暮なことだと思わないかい?」
「…お姉さま…!」
「!? ねーちゃん!?」
ハルカは青くなる。あの姉がまさか…!?
いやいやいやいや! 待て待て待て待て!!!!
「駄目だコイツ早く何とかしないと!」
男性が慌ててハリセンを構えなおすと、そのままスパーン! といい音を立ててさらに女性の後頭部にヒットさせた。
「ねーちゃん、大丈夫!? 正気に戻ってよ!!」
「はっ!? あたし、今踏み入れてはいけない世界の扉を叩いた気が…」
「すいません、すいません。姉が本当に迷惑をおかけして…」
陳謝する男性はあまりにも申し訳なさそうだった。
「…うぅ。あれ? 皐?? なんでここにいるの? なんで私の頭は痛いの?」
女性が後頭部を押えて涙目でこちらを見た。
「姉さん…ようやく正気に戻ったんですね」
男性は改めてほっとしたように、謡子とハルカに向き直り謝罪した。
「姉がご迷惑をおかけしました。俺、藤堂皐(とうどう・さつき)と言います。こちらは姉の弥生ハスロ(やよい)。怪我はありませんか? ありましたら姉にしっかり償わせますので、何なりと言ってください」
3.
丁寧な皐の挨拶に、謡子とハルカも自己紹介をする。
「春日謡子といいます。こっちは…」
「弟の遥風ハルカです。あの、ねーちゃんに怪我はないっぽいけど…」
謡子とハルカはそういうと覗き込むように弥生を見た。
弥生は皐にどつかれた頭を抱え込んでいる。
「…? あぁ、姉はこれくらいで死ぬようなタマじゃありませんから、ご心配には及びません」
「皐! その言い方は酷いんじゃないの!?」
「正気に戻ったなら、まず謝るべきです。姉さん」
冷静な笑顔の裏に非常なまでの冷徹さが見てとれる。
うーん、クールだ。
「…あんまり覚えてないんだけど…何かしたのならごめんなさい。悪意はないの」
にっこりと笑った弥生は、先ほどと違った大人の女性の雰囲気だった。
「あぁ、わが子はどこに!?」
騒然とするパーティー会場に、悲痛な子供を誘拐された家主の声が響く。
「? 何かあったんですか?」
「さっきここの家の子供がいなくなったとか…誘拐とか言ってたんです」
皐の質問にハルカが答えると、皐は何やら考え始めた。
「…おにーさんも推理するんすか?」
「推理って程じゃ…でも、困ってるなら手助けしたいなと」
控えめな皐の言葉にハルカはパァッと顔を明るくした。
「じゃあ俺手伝うっす!」
ハルカはやる気満々だ。きっと皐についていけば解決できる気もする。
「とりあえず、事情を聴きに行ってみましょうか」
皐の後にハルカが続く。
事件の中心では一つのメモを巡って皆が頭をひねっていた。
そのメモを皐とハルカも見せてもらう。
「…『犯人はヤ+ナ…』?」
…さっぱりだ。なんのことだか全然わからない。
でも、何か…きっと何かの手掛かりには違いないんだ!
ふと、昔のゲームが頭をよぎる。
そして「わかった!」と声を上げた。
皆の視線がハルカに注がれる。
「ヤ…ヤ…犯人はヤス! 大昔のゲームであったんすよ。主人公の助手が実は犯人だったってやつ。ってことはおにーさんの助手だから…俺?」
期待のまなざしが懐疑のまなざしへと変わり、ハルカの身に降り注ぐ。
「あんた、本当にバカね…」
ハルカの慌てふためく姿に、謡子は思わずうなだれた。
「な!? そんなこと言うならねーちゃんも推理してみろよなー」
「あ、あたしが!?」
ハルカにそう振られて、謡子はうーんと考える。
少々の沈黙ののち、謡子から出た答えは…
「ヤ+ナ…ヤとナだから…ヤナ…えーと、やな感じ? その子にとってやな感じの奴が犯人なんじゃないの?」
「や、それなら『+』いらなくね? 普通にヤナって書きゃいーじゃん?」
至極まっとうな意見であった。しかし、人間痛いところを突かれるとやっぱり痛いわけで…。
「う、うるさいわね! いいわよ、もう口出さないから! 弥生さん、行きましょう!」
「え? あ〜…皐、じゃあ悪いけど謡子さんと飲んでくるわね」
「いってら…え!? 飲んでくるって…!?」
皐の焦る声を背に、謡子と弥生はすぐ近くのテーブルに陣取った。
ここからが俺の勝負!
4.
「皐さんはさ、おねーさんと年離れてるの?」
「姉さんは26歳。俺は24歳だから2歳差だね」
事件の手掛かりを求めつつ動く皐の後ろを、ハルカはちょろちょろとついて回る。
「うわ、うちのねーちゃんと同じ年だ。…全然違う…。あれ? そういえばおねーさん苗字が??」
「姉さんは結婚しているから、苗字が変わったんだよ」
「結婚!? まじすか! うちのねーちゃんなんて最近は彼氏のひとりも連れてこねーのに…」
同じ26年という歳月を歩みながらこの人生の違いよう!
うちのねーちゃんと皐さんのおねーさんはいったい何が違うんだろう??
「鉛筆…?」
ふと皐の足元に小さな鉛筆が落ちている。
それは手の小指ほどの長さもない小さな鉛筆だ。
「さっきのメモはこれで書かれたのかも…」
皐はそれを持ってメモの元へ戻る。
ハルカもそれにちょこちょことついていく。
「濃さは一緒だけど…これで書いたとは断定できないかな」
皐はそう言うと、再びメモを睨んだ。ハルカも再び考えてみる。
…ひらめいた!
「ねぇねぇ! 『ヤ』ってひっくり返すと『4』に見えない? でさ、『ナ』って『十』に見えるでしょ?」
「…うん、まぁ、見えなくもないね」
皐は何かを考えている。
「足して14だから…何だろ? おにーさんどう思う?」
ハルカがそう言って首を傾げると、皐はハッとしたようだった。
「うん、ハルカ君の考え方は悪くないと思うよ」
そう言うと皐はメモをにさらさらと文字を書いた。
『 ヤ ナ ギ 』
「ヤナギ?」
「そう、ここから一本線を点に変えてみると…」
『 ヤ + ナ …』
「あ…!」
会場がざわつく。1人の客に視線が集まる。丸々と太った女性客だ。
「あいつを取り押さえろ!」
その声と共に警備員が女性客を取り押さえ、家主の子供は無事に女性客のいたすぐ近くのテーブル下に置かれていたスーツケースから保護された。
女性の名は柳原。どうやら多額の身代金目的だったようだ。
「サッチー、すげーーー!!」
ハルカが尊敬のまなざしで皐を見ると、皐は不思議そうな顔で聞き返した。
「…サッチー?」
「そ。皐さんのこと、俺サッチーって呼ぶから! あ、俺のことも好きに呼んでよ。ちなみに俺、本名は春日遥なんだけどね」
徐々に事態が収束していく会場の中で、2人は食べ物の並ぶテーブルに移動した。
少し喉が渇いていたから、ハルカはソフトドリンクを貰った。
「しっかし、すごいなぁ。サッチー、テレビの探偵みたいだった!」
「いや、遥君の推理がなかったら俺も気が付かなかったよ」
「俺の?」
「違う視点を持つっていうのは大事だよね。ありがとう」
大人の男性にありがとうと言われ、ハルカは少しだけ気分がよかった。
ちょっとだけ認められたような、大人になったようなそんな気分だった。
「サッチーはさ、趣味とかあるの? 俺さ、こう見えて音楽やってるんだ」
「そうか、音楽か。俺は…」
そう言って皐が少し顔をそむけた途端、顔色が変わり走り出した。
「え?」
自分が何かしたのかとハルカは一瞬錯覚したが、皐の向っていく方向を見てそれがまったく見当違いなことを理解した。
ねーちゃんが…サッチーのおねーさんに襲われている!?
「こんなのが嫁でごめんなさい! 義兄さん!!」
そんな叫びと共に3度目のハリセンが、弥生の後頭部を直撃した。
皐の後を追ってきたハルカは、倒れそうになった謡子を慌てて支えた。
この時ほど皐に心から感謝したことはなかった。
5.
「本当に…本当にすいませんでした! 一時でも目を離すべきじゃなかった…」
泣きそうに頭を下げる皐に、謡子が慌てる。
「あれは冗談ですから…だから、あまり謝らないでください」
「いえ、姉が本気かどうか位はわかります。ご迷惑をおかけしました」
深々とまた頭を下げられて、謡子はハルカをちらりと見た。
「?」
その視線の意味をハルカは理解できなかった。
「そういえば、誘拐の方はどうなったの?」
頭をさすりながら涙目の弥生は正気に戻ってそう訊いた。
「サッチーが見事解決! あ、俺も協力したよ! ね? サッチー」
『サッチー!?』
「遥君のおかげです」
にこやかに笑う皐に謡子は深々と礼をした。
「なにかご迷惑かけませんでした? すいません、子守させたみたいで…」
「こっ…!? 俺子供じゃないし!」
「そうやって怒るところが子供なの」
謡子が窘めるとハルカは不服そうにそっぽを向いて皐に向き直る。
「俺ら男同士で友情を深めたの。だからこれからさらに友情深めてくる!」
「遥君、お借りしますね」
そう言うと、ハルカと皐は軽く会釈して弥生と謡子をおいてパーティー会場を後にした。
近くの…といってもだいぶ距離があったが、ファミレスに腰を据える。
ハルカは未成年者なので、ここでもソフトドリンクだ。
「サッチーのおねーさんって美人だよなぁ。ねーちゃんもあれくらい美人だとよかったのに」
「そう? とてもいいお姉さんだと思うけど…むしろ少しはうちの姉さんに謡子さんを見習ってもらいたいね」
「ねーちゃんの? どこを?」
「そうだな…冷静で大人なところかな」
ハルカは思わず噴き出した。
ねーちゃんは…そんな風に見えてたのか、サッチーには。
「うちのねーちゃんそんなに冷静で大人じゃないよ。実はここだけの話…」
「ふむふむ…」
新春の夜更けに姉の話で盛り上がり、気が付けば空が白んできた。
「うわっ、もうこんな時間!? サッチー、仕事とか大丈夫?」
「大丈夫。でも、そろそろお開きにしようか」
えーっとハルカは不満顔をする。
しかし、皐はにこりと諭す。
「また次の機会に話せばいいさ。そうだ。連絡先を教えておくよ」
「マジで!」
2人は連絡先を交換すると、別々の方向へと歩き出す。
「またね!」
そう言ったハルカに皐は微笑んで手を振った。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8508 / 春日・謡子 (かすが・ようこ) / 女性 / 26歳 / 派遣社員
5548 / 遥風・ハルカ (はるかぜ・はるか) / 男性 / 18歳 / 自称マルチアーティスト
8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女性 / 26歳 / 請負業
8577 / 藤堂・皐 (とうどう・さつき) / 男性 / 24歳 / 観測者
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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遥風 ハルカ 様
こんにちは、三咲都李です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
ずいぶんお待たせしましてすいません。
初春の事件、いかがでしたでしょうか?
発想の転換は大事ですね。見えないものが見えてきます。
色々大変な年初めの事件でしたが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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