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新春パーティー誘拐事件
1.
新しい春。希望の春。
そんな新年の門出に夫宛に一通の招待状が届いた。
『拝啓 新年のお祝いにパーティーを開きます。ぜひ皆様お誘いあわせの上ご出席ください』
招待主は…書いていない。
しかし、パーティーの日時と場所は明記されている。
夫と共に参加を決めた弥生ハスロ(やよい)であったが、夫は急な仕事で参加できなくなってしまった。
「折角おめかししたのに、1人で行くのはもったいないわよね」
どうせならエスコート役の男性がいた方がいい。
そこで一番に頭に浮かんだのは弟だった。
早速携帯にかけてみる。
………でない。何度かけてみてもでない。
時間を見ればもうそろそろでないと間に合わない時間だ。
仕方なしに弥生は家を出た。
エスコート役のいない美女は、少し寂しげであった。
パーティーは華やかで、豪奢な雰囲気が新年の祝いにふさわしかった。
たくさんの飲み物、たくさんの食べ物、よりどりみどりである。
本当なら夫とここで楽しく過ごすはずだったのに…。
そんな思いが弥生の胸を駆け抜ける。
周りを見れば幸せそうなカップルやらカップルやらカップル…やら…。
…いいわ、1人で楽しむ! 折角来たんだもの!
「ボーイさん、カクテルをひとつ貰っていいかしら?」
通りかかった給仕係りのお盆からカクテルをひとつ受け取る。
赤いチェリーの入った、キラキラしたお酒である。
くいっと一口。…あら、美味しい。
お酒を飲むと食べ物がほしくなる。よく見ればここには美味しそうなものがいっぱいだわ。
少しずつ食べては飲み、食べては飲み…弥生のそのペースは瞬く間に早くなっていく。
…カップルが何よ。いいわ、私だって…誰かいい子捕まえちゃうんだから!
そうね。綺麗な子がいいわ。あ、あの茶色の髪の子。
…見つけたよ、僕の美しい人。今行くから待っててね!
立派な酔っ払いが完成していた。
しかし、楽しい時間は続かなかった!
「あの子はどこへ行った?」
家主の言葉に従業員たちがざわめきだす。
家主のいう『あの子』は家主の子供(5歳)である。
確かに、最初の挨拶をしてから姿を見かけない。
「誘拐だわ! 誰か、あの子を助けて!!」
残された手がかりは…『犯人はヤ+ナ…』
2.
ターゲットロックオン!
淡いピンクのワンピースを着た清楚な彼女を思いっきり弥生は引き寄せる。
「やぁ。そこの美しい人。良ければ僕と一緒にお茶でも?」
「ねー…ちゃん?」
傍にいた少年が呆然としたように呟いて、女性はハッと我に返ったようだ。
と同時に、弥生は頭に言いようのない衝撃を受けて倒れこんだ!
「姉さん、何ひと様に迷惑をかけているんですか」
にこやかな笑顔。それにそぐわぬハリセンの強烈な一撃。
「…いったーい…。さっちゃんひどぉ〜い〜」
なぜここにいるのか皆目見当もつかなかったが、この声は間違いなく弟の藤堂皐(とうどう・さつき)である。
弥生は思わず皐に抱き着こうとした…が皐はするりとそれをよけた。
弥生は再び倒れこむ。酷い。なんて仕打ちをする弟なんだろう…。僕のこの傷を癒してくれるのはきっと彼女だけだ!
皐は弥生をそのままに謡子とハルカに向き直った。
「すいません、姉が無礼を働きまして…」
深々と首を垂れる皐に、女性も少年も「いえいえ」と恐縮するのが精いっぱいだったようだ。
「きれいな女の子を口説いて悪い法律がどこにあるの!?」
起き上がった弥生は開口一番そう言うと、すかさず謡子の腰に手を回して抱き寄せる。
「僕とここで出会ったのも運命の赤い糸の仕業。その赤い糸を断ち切るなんて野暮なことだと思わないかい?」
「…お姉さま…!」
「!? ねーちゃん!?」
少年が青くなる。
「駄目だコイツ早く何とかしないと!」
皐は慌ててハリセンを構えなおすと、そのままスパーン! といい音を立ててさらに弥生の後頭部にヒットさせた。
「ねーちゃん、大丈夫!? 正気に戻ってよ!!」
「はっ!? あたし、今踏み入れてはいけない世界の扉を叩いた気が…」
「すいません、すいません。姉が本当に迷惑をおかけして…」
陳謝する皐はあまりにも申し訳なさそうだった。
「…うぅ。あれ? 皐?? なんでここにいるの? なんで私の頭は痛いの?」
弥生は後頭部を押えて周りを見た。本気で痛くて涙目だった。
「姉さん…ようやく正気に戻ったんですね」
皐が改めてほっとしたように、女性と少年に向き直り謝罪した。
「姉がご迷惑をおかけしました。俺、藤堂皐と言います。こちらは姉の弥生ハスロ。怪我はありませんか? ありましたら姉にしっかり償わせますので、何なりと言ってください」
3.
丁寧な皐の挨拶に、女性と少年も自己紹介をする。
「春日謡子(かすが・ようこ)といいます。こっちは…」
「弟の遥風ハルカ(はるかぜ)です。あの、ねーちゃんに怪我はないっぽいけど…」
謡子とハルカはそういうと覗き込むように弥生を見た。
弥生は黒のシンプルなマーメイドドレスに身を包み、皐にどつかれた頭を抱え込んでいる。
「…? あぁ、姉はこれくらいで死ぬようなタマじゃありませんから、ご心配には及びません」
「皐! その言い方は酷いんじゃないの!?」
「正気に戻ったなら、まず謝るべきです。姉さん」
怒っている。皐の目が怒っている。
弥生は素直に謝ることにした。
「…あんまり覚えてないんだけど…何かしたのならごめんなさい。悪意はないの」
にっこりと笑った弥生は、先ほどと違った大人の女性の雰囲気だった。
「あぁ、わが子はどこに!?」
騒然とするパーティー会場に、悲痛な子供を誘拐された家主の声が響く。
「? 何かあったんですか?」
「さっきここの家の子供がいなくなったとか…誘拐とか言ってたんです」
皐の質問にハルカが答えると、皐は何やら考え始めた。
「…おにーさんも推理するんすか?」
「推理って程じゃ…でも、困ってるなら手助けしたいなと」
控えめな皐の言葉にハルカはパァッと顔を明るくした。
「じゃあ俺手伝うっす!」
ハルカの目がキラキラしている。
「とりあえず、事情を聴きに行ってみましょうか」
皐の後にハルカが続く。謡子がそれを追おうとしたので、弥生も後を追おうとしたのだが…足元がおぼつかない。
これは…ハリセンのせい!? …いや、きっと飲みすぎたせいね。
ふらつく弥生に謡子が肩を貸してくれた。
「ごめんね、ちょっと調子に乗って飲みすぎてたみたいで…」
ふふっと笑う弥生に謡子は「わかります」と微笑んだ。
そう言った後、謡子の目がじっと弥生を見つめる。
「…? どうかしたの??」
「あ、いえ! …綺麗だなぁって…あ、いえ、変な意味じゃなくて!」
どぎまぎしたような言い方が可愛くて、それでいて配慮のできる人なのだとわかった。
「ふふっ、ありがとう。主人以外にそう言われると、ちょっと恥ずかしいわね」
そう言って笑った弥生に、謡子は驚いたようだった。
「結婚してらっしゃるんですか!?」
「そうなの。…ホントはね、今日のパーティーも一緒に来るはずだったんだけど急に仕事が入ってね…」
段々と弥生の声が小さくなって、俯き加減になっていく。
…私ったら、なんて恥ずかしい真似しちゃったのかしら。
ホント、反省しなきゃ…。
「と、とりあえず、遥たちが気になるし、あっちに行きましょう!」
謡子は弥生を引きずるようにぐいぐいと歩き出す。
「…『犯人はヤ+ナ…』?」
破れたメモ帳にそう書かれているのを見て、皐とハルカが頭を悩ませている。
と、突然、ハルカが「わかった!」と声を上げた。
「ヤ…ヤ…犯人はヤス! 大昔のゲームであったんすよ。主人公の助手が実は犯人だったってやつ。ってことはおにーさんの助手だから…俺?」
期待のまなざしが懐疑のまなざしへと変わり、ハルカの身に降り注ぐ。
「あんた、本当にバカね…」
ハルカの慌てふためく姿に、謡子が思わずうなだれた。
「な!? そんなこと言うならねーちゃんも推理してみろよなー」
「あ、あたしが!?」
ハルカにそう振られて、謡子はうーんと考える。
長い沈黙の後、謡子から発せられた答えは…
「ヤ+ナ…ヤとナだから…ヤナ…えーと、やな感じ? その子にとってやな感じの奴が犯人なんじゃないの?」
「や、それなら『+』いらなくね? 普通にヤナって書きゃいーじゃん?」
ちょっと生意気そうだけど、憎めない感じのハルカに弥生は微笑んだ。
謡子とハルカ、実に仲の良い姉弟だと思った。
「う、うるさいわね! いいわよ、もう口出さないから! 弥生さん、行きましょう!」
「え? あ〜…皐、じゃあ悪いけど謡子さんと飲んでくるわね」
「いってら…え!? 飲んでくるって…!?」
皐の焦る声を背に、謡子と弥生はすぐ近くのテーブルに陣取った。
まさか謡子に誘われるとは思わなかった。
弥生は、久しぶりに新しい友達ができる予感を感じていた。
4.
酒が美味い。料理も美味い。
そして何より美人を相手に話に花を咲かせられるのが楽しい。
「そういえば、旦那さんってどんな方なんですか?」
「ん〜そうねぇ…私をとっても大切にしてくれる人…かな」
幸せそうに微笑む弥生に、謡子は羨ましそうに笑う。
「内緒だけど…見る? 写真」
弥生はそっと携帯を取り出すと、謡子の方に液晶を向けた。
「…! イケメン…!!」
「あ、ダメよ? あげないからね?」
悪戯っぽい顔で弥生は微笑む。
ちょっと意地悪だったかしら? でも、夫を褒められて嬉しくない妻はいないのだ。
「いい男には既にいい女がくっついている…これ常識ですよね…」
はぁっとため息をついて、謡子はくいっと一口カクテルを飲む。
「あら、謡子さんもいい女じゃない。…私が口説きたくなるくらいだもの」
「…弥生さん…」
謡子は曖昧な笑顔で返し、すぐに顔を曇らせる。
「でも、あたし26歳なんですよ。会社でいい出会いもないし…」
「え!? 謡子さん、26歳? 私も26歳!!」
「え?」
思わぬところで思わぬ共通点が見つかった。嬉しい!
「あたし、弥生さん大人っぽいから年上かと思ってました」
「私も謡子さんってハキハキしてるから、てっきり年上かと…」
思わず2人で顔を見合わせて、笑ってしまった。
2人して誤解していたなんて…これは気が合いそうだ。
…と、なぜか謡子が俯いて胸のあたりを凝視している。
「?? どうかしたの?」
「あ、いえ。なんでも。…あれ? じゃあ弟さんっていくつなんですか?」
「皐は24歳。しっかり者に見えるけど、ああ見えてまだまだ子供で…」
苦笑いした弥生に謡子も苦笑いする。
せめて皐もハルカ君みたいに可愛げがあればよかったのに…。
しかし、どうやら謡子は別の方向に考えているようだ。
弥生は少しだけアドバイスする。
「ハルカ君、まだ20歳前でしょ? まだまだこれからよ。それに、男なんていつまでたっても子供なんだから」
ふふっと笑って弥生はカクテルグラスを空けた。
「男はいつまでたっても子供…ですか。重みのある言葉ですね」
「そう? だって、こんなに綺麗に着飾った私を仕事のせいで見れないんだもの。…あ、仕事と私とどっちがいいの!? なんて言いたいんじゃないのよ? ただ、男って損してるなぁって…だから…」
ぐいっと弥生がまたカクテルのグラスを空けた。
そうよ。損してる。
目の前にこんなに綺麗な子がいるのに…。
口説かない男なんているの? いるわけがないじゃないか!!
「僕の美しい人、今宵は僕と一緒に愛を語り合わないかい?」
3度目の正直。
またもや記憶がぱーんと飛ぶ。
僕が幸せにしてあ げ …
「こんなのが嫁でごめんなさい! 義兄さん!!」
そんな叫びと共に3度目のハリセンが、弥生の後頭部を直撃した。
弥生は三度、その激痛を味わうこととなった…。
5.
「本当に…本当にすいませんでした! 一時でも目を離すべきじゃなかった…」
泣きそうに頭を下げる皐に、謡子が慌てている。
「あれは冗談ですから…だから、あまり謝らないでください」
「いえ、姉が本気かどうか位はわかります。ご迷惑をおかけしました」
「そういえば、誘拐の方はどうなったの?」
頭をさすりながら涙目の弥生は正気に戻ってそう訊いた。
もう少し手加減してくれてもいいのに…と思ったが、結果オーライということなのだろうか?
「サッチーが見事解決! あ、俺も協力したよ! ね? サッチー」
『サッチー!?』
皐が…サッチー…?
思わず笑い出しそうになるのを必死で弥生はこらえた。
「遥君のおかげです」
にこやかに笑う皐に謡子は深々と礼をした。
「なにかご迷惑かけませんでした? すいません、子守させたみたいで…」
「こっ…!? 俺子供じゃないし!」
「そうやって怒るところが子供なの」
謡子が窘めるとハルカは不服そうにそっぽを向いて皐に向き直る。
「俺ら男同士で友情を深めたの。だからこれからさらに友情深めてくる!」
「遥君、お借りしますね」
そう言うと、ハルカと皐は軽く会釈して弥生と謡子をおいてパーティー会場を後にした。
「…何があったのかしら?」
「男ってホントに…よくわからない」
なんだかすっかり酔いも覚めた気がする。
「ねぇ? このあと、時間ある?」
弥生が口火を切ると、謡子もニコリと笑った。
「ありますよ。…場所変えて飲みません?」
「あら、気が合うわね。私も今そう言おうと思ってたとこ」
にっこり笑った弥生と2人、夜の街へと繰り出す。
「弥生さんって…なにか美容の秘訣とかあるんですか?」
「ん〜、いつでも主人と恋してることかしら♪」
「うわぁ…ご馳走様です」
女2人の話は尽きない。
それでも、時間がたつのは早いもので別れの時は来る。
「折角だし、また飲みにいきましょ」
お互いの携帯アドレスと番号を交換して「またね」と2人は別れた。
冬の空。明け方が近い。
弥生は携帯を取り出すと今教えてもらったばかりの謡子の携帯へメールを打って送信した。
返信はすぐに返ってきた。
『いつでも誘ってください! 謡子』
今年はさっそくいいことがあった。
こんなにいいことを夫にどこから話したらいいだろう。
浮かれ気味のステップを踏んで、弥生はご機嫌で家への道を歩いて行った。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8508 / 春日・謡子 (かすが・ようこ) / 女性 / 26歳 / 派遣社員
5548 / 遥風・ハルカ (はるかぜ・はるか) / 男性 / 18歳 / 自称マルチアーティスト
8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女性 / 26歳 / 請負業
8577 / 藤堂・皐 (とうどう・さつき) / 男性 / 24歳 / 観測者
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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弥生 ハスロ 様
こんにちは、三咲都李です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
ずいぶんお待たせしましてすいません。
すごい勢いで暴走させていただきました!
そしていろいろなご縁が紡げたらいいなと思います。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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