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新春パーティー誘拐事件
1.
新しい春。希望の春。
そんな新年の門出に義父に一通の招待状が届いた。
『拝啓 新年のお祝いにパーティーを開きます。ぜひ皆様お誘いあわせの上ご出席ください』
招待主は…書いていない。
しかし、パーティーの日時と場所は明記されている。
「まいったな」
義父はそう一言呟いて黙り込んでしまった。
カレンダーに書かれた予定表。パーティーの日と同日に昔馴染みの客の予約が入っている。
「…代わりに行きましょうか?」
それを見ていた藤堂皐(とうどう・さつき)はそう切り出した。
「頼めるか?」
「もちろんです」
ニコリと笑うと支度を始める。
招待主不明のパーティー。なにかの罠かもしれない。
けれど、義父宛に来た招待状である以上、店の常連客からである可能性も否定できなかった。
気を引き締め、義父のメンツを潰さぬように代理としてしっかり役目を果たしに行こう。
…そうだ。忘れないうちに携帯をマナーモードにしておかねば。
皐はそう言って携帯をマナーモードに切り替えた。
パーティーは華やかで、豪奢な雰囲気が新年の祝いにふさわしかった。
たくさんの飲み物、たくさんの食べ物、よりどりみどりである。
とはいえ、父の代理で来た以上パーティーを満喫する以上にやることがある。
主催者への挨拶。顔見知りがいれば、そちらへの挨拶も忘れてはいけない。
しかし…その気遣いは無用だった。誰一人として、顔見知りの人間がいない。
また、招待状も主催者からのものではないことが他の客との会話で判明した。
やはり、怪しい。何かが起こるのだろうか…?
もう少し、様子を見て引きあげよう。と思った瞬間目の端に黒い影がよぎった。
まさか…なぜ、ここに…!?
慌てて追いかけた皐に呼応するように、それは起こった。
「あの子はどこへ行った?」
家主の言葉に従業員たちがざわめきだす。
家主のいう『あの子』は家主の子供(5歳)である。
確かに、最初の挨拶をしてから姿を見かけない。
「誘拐だわ! 誰か、あの子を助けて!!」
残された手がかりは…『犯人はヤ+ナ…』
2.
黒い影は走っていく!
皐は脇目も振らずそれを追いかける!
そして…
「やぁ。そこの美しい人。良ければ僕と一緒にお茶でも?」
黒い影…いや、黒いドレスの女性は淡いピンクのワンピースの女性を抱き寄せていた。
「ねー…ちゃん?」
傍にいた少年が呆然としたように呟いて、女性はハッと我に返ったようだ。
と同時に、皐はハリセンを取り出すと黒い女性の頭に思いっきりそれを叩きこんだ!
「姉さん、何ひと様に迷惑をかけているんですか」
にこやかな笑顔。それにそぐわぬハリセンの強烈な一撃。
「…いったーい…。さっちゃんひどぉ〜い〜」
いったいどういう経緯でここにいるのかはわからないが、目の前にいる黒のドレスの女性は紛れもなく実の姉である弥生・ハスロである。
弥生が思わず皐に抱き着こうとした…が皐はするりとそれをよけた。
弥生は再び倒れこむ。
申し訳なさでいっぱいになり、皐は弥生をそのままに謡子とハルカに向き直った。
「すいません、姉が無礼を働きまして…」
深々と首を垂れる皐に、女性も少年も「いえいえ」と恐縮するのが精いっぱいだったようだ。
「きれいな女の子を口説いて悪い法律がどこにあるの!?」
起き上がった弥生は開口一番そう言うと、すかさず謡子の腰に手を回して抱き寄せる。
「僕とここで出会ったのも運命の赤い糸の仕業。その赤い糸を断ち切るなんて野暮なことだと思わないかい?」
「…お姉さま…!」
「!? ねーちゃん!?」
少年が青くなる。ヤバイ!
「駄目だコイツ早く何とかしないと!」
皐は慌ててハリセンを構えなおすと、そのままスパーン! といい音を立ててさらに弥生の後頭部にヒットさせた。
「ねーちゃん、大丈夫!? 正気に戻ってよ!!」
「はっ!? あたし、今踏み入れてはいけない世界の扉を叩いた気が…」
「すいません、すいません。姉が本当に迷惑をおかけして…」
陳謝する皐は申し訳なく…ただただ申し訳なかった。
「…うぅ。あれ? 皐?? なんでここにいるの? なんで私の頭は痛いの?」
弥生は後頭部を押えて周りを見た。涙目だったが自業自得である。
「姉さん…ようやく正気に戻ったんですね」
皐が改めてほっとしたように、女性と少年に向き直り謝罪した。
「姉がご迷惑をおかけしました。俺、藤堂皐と言います。こちらは姉の弥生ハスロ。怪我はありませんか? ありましたら姉にしっかり償わせますので、何なりと言ってください」
3.
丁寧な皐の挨拶に、女性と少年も自己紹介をする。
「春日謡子(かすが・ようこ)といいます。こっちは…」
「弟の遥風ハルカ(はるかぜ)です。あの、ねーちゃんに怪我はないっぽいけど…」
謡子とハルカはそういうと覗き込むように弥生を見た。
弥生は皐にどつかれた頭を抱え込んでいる。
「…? あぁ、姉はこれくらいで死ぬようなタマじゃありませんから、ご心配には及びません」
微笑んで皐は少しでも謡子とハルカに安心してほしかった。
「皐! その言い方は酷いんじゃないの!?」
「正気に戻ったなら、まず謝るべきです。姉さん」
笑顔の下に少々の怒りを抑えつつ、クールに対応する。
「…あんまり覚えてないんだけど…何かしたのならごめんなさい。悪意はないの」
にっこりと笑った弥生は、先ほどと違った大人の女性の雰囲気だった。
…いつもこれくらいでいてほしい、というのは高望みなのだろうか?
「あぁ、わが子はどこに!?」
騒然とするパーティー会場に、悲痛な子供を誘拐された家主の声が響く。
「? 何かあったんですか?」
「さっきここの家の子供がいなくなったとか…誘拐とか言ってたんです」
皐の質問にハルカが答えると、皐は何やら考え始めた。
悪いことのすべてが妖怪の仕業ではないが、その可能性を最初からはずして考えることはできなかった。
「…おにーさんも推理するんすか?」
「推理って程じゃ…でも、困ってるなら手助けしたいなと」
まさか妖怪の話をするわけにもいかず、控えめに皐は答えた。
その言葉にハルカはパァッと顔を明るくした。
「じゃあ俺手伝うっす!」
ハルカはやる気満々だ。
「とりあえず、事情を聴きに行ってみましょうか」
皐の後にハルカが続く。
事件の中心では一つのメモを巡って皆が頭をひねっていた。
そのメモを皐とハルカも見せてもらう。
「…『犯人はヤ+ナ…』?」
これだけではさっぱりだ。だが、どうやら妖怪の匂いはしない。
きっと人間の仕業だ。
…だからと言って、ここで手を引くことはしないが。
唐突にハルカが「わかった!」と声を上げた。
皆の視線がハルカに注がれる。
「ヤ…ヤ…犯人はヤス! 大昔のゲームであったんすよ。主人公の助手が実は犯人だったってやつ。ってことはおにーさんの助手だから…俺?」
期待のまなざしが懐疑のまなざしへと変わり、ハルカの身に降り注ぐ。
「あんた、本当にバカね…」
ハルカの慌てふためく姿に、謡子は思わずうなだれた。
「な!? そんなこと言うならねーちゃんも推理してみろよなー」
「あ、あたしが!?」
ハルカにそう振られて、謡子はうーんと考える。
少々の沈黙ののち、謡子から出た答えは…
「ヤ+ナ…ヤとナだから…ヤナ…えーと、やな感じ? その子にとってやな感じの奴が犯人なんじゃないの?」
「や、それなら『+』いらなくね? 普通にヤナって書きゃいーじゃん?」
至極まっとうな意見であった。しかし、人間痛いところを突かれるとやっぱり痛いわけで…。
「う、うるさいわね! いいわよ、もう口出さないから! 弥生さん、行きましょう!」
「え? あ〜…皐、じゃあ悪いけど謡子さんと飲んでくるわね」
「いってら…え!? 飲んでくるって…!?」
皐の焦る声を背に、謡子と弥生はすぐ近くのテーブルに陣取った。
これは…できるだけ早く解決しないと…。
春日さんの身が危ないかもしれない…!!
4.
「皐さんはさ、おねーさんと年離れてるの?」
「姉さんは26歳。俺は24歳だから2歳差だね」
事件の手掛かりを求めつつ動く皐の後ろを、ハルカはちょろちょろとついて回る。
「うわ、うちのねーちゃんと同じ年だ。…全然違う…。あれ? そういえばおねーさん苗字が??」
「姉さんは結婚しているから、苗字が変わったんだよ」
「結婚!? まじすか! うちのねーちゃんなんて最近は彼氏のひとりも連れてこねーのに…」
ハルカはよく喋った。しかし、それは耳障りではなく、むしろ明るい口調で親しく語りかけるハルカの話は面白かった。
ふと皐の足元に小さな鉛筆が落ちているのをみつけた。
「鉛筆…?」
それは手の小指ほどの長さもない小さな鉛筆だ。
「さっきのメモはこれで書かれたのかも…」
皐はそれを持ってメモの元へ戻る。
ハルカもそれにちょこちょことついていく。
「濃さは一緒だけど…これで書いたとは断定できないかな」
皐はそう言うと、再びメモを睨んだ。
もし、この鉛筆で書いたとするなら…とても書きにくかったのではないだろうか?
「ねぇねぇ! 『ヤ』ってひっくり返すと『4』に見えない? でさ、『ナ』って『十』に見えるでしょ?」
「…うん、まぁ、見えなくもないね」
ハルカの言葉に皐は考える。違うものに…見える?
「足して14だから…何だろ? おにーさんどう思う?」
ハルカがそう言って首を傾げると、皐はハッとしたようだった。
「うん、ハルカ君の考え方は悪くないと思うよ」
そう言うと皐はメモをにさらさらと文字を書いた。
『 ヤ ナ ギ 』
「ヤナギ?」
「そう、ここから一本線を点に変えてみると…」
『 ヤ + ナ …』
「あ…!」
会場がざわつく。1人の客に視線が集まる。丸々と太った女性客だ。
「あいつを取り押さえろ!」
その声と共に警備員が女性客を取り押さえ、家主の子供は無事に女性客のいたすぐ近くのテーブル下に置かれていたスーツケースから保護された。
女性の名は柳原。どうやら多額の身代金目的だったようだ。
「サッチー、すげーーー!!」
ハルカが尊敬のまなざしで皐を見たので、皐は不思議そうな顔で思わず聞き返した。
「…サッチー?」
「そ。皐さんのこと、俺サッチーって呼ぶから! あ、俺のことも好きに呼んでよ。ちなみに俺、本名は春日遥なんだけどね」
徐々に事態が収束していく会場の中で、2人は食べ物の並ぶテーブルに移動した。
少し喉が渇いていたから、皐は弥生を監視するためアルコールを断った。
「しっかし、すごいなぁ。サッチー、テレビの探偵みたいだった!」
「いや、遥君の推理がなかったら俺も気が付かなかったよ」
「俺の?」
「違う視点を持つっていうのは大事だよね。ありがとう」
ハルカは少し照れくさそうな笑顔で「そうかなぁ」と言った。
「サッチーはさ、趣味とかあるの? 俺さ、こう見えて音楽やってるんだ」
「そうか、音楽か。俺は…」
そう言って皐が弥生の方を向いたとき、思わず血の気が引いて瞬発的に走り出した。
ハリセンを取り出し、天に…義兄に向かって懺悔する!
「こんなのが嫁でごめんなさい! 義兄さん!!」
そんな叫びと共に3度目のハリセンが、弥生の後頭部を直撃した。
皐の後を追ってきたハルカは、倒れそうになった謡子を慌てて支えた。
この姉の酒癖ある限り、俺はハリセンを持ち続けよう。
皐はそう心に決めた…。
5.
「本当に…本当にすいませんでした! 一時でも目を離すべきじゃなかった…」
深々と頭を下げた皐に、謡子が慌てる。
「あれは冗談ですから…だから、あまり謝らないでください」
「いえ、姉が本気かどうか位はわかります。ご迷惑をおかけしました」
「そういえば、誘拐の方はどうなったの?」
頭をさすりながら涙目の弥生は正気に戻ってそう訊いた。
まったく状況が読めていないようだ。
「サッチーが見事解決! あ、俺も協力したよ! ね? サッチー」
『サッチー!?』
「遥君のおかげです」
にこやかに笑う皐に謡子が深々と礼をした。
「なにかご迷惑かけませんでした? すいません、子守させたみたいで…」
「こっ…!? 俺子供じゃないし!」
「そうやって怒るところが子供なの」
謡子が窘めるとハルカは不服そうにそっぽを向いて皐に向き直る。
「俺ら男同士で友情を深めたの。だからこれからさらに友情深めてくる!」
「遥君、お借りしますね」
そう言うと、ハルカと皐は軽く会釈して弥生と謡子をおいてパーティー会場を後にした。
近くの…といってもだいぶ距離があったが、ファミレスに腰を据える。
ハルカは未成年者なので、ここでもソフトドリンクだ。
皐は結局迷ったが、未成年者の前で酒を飲むのも申し訳ないので同じくソフトドリンクにした。
「サッチーのおねーさんって美人だよなぁ。ねーちゃんもあれくらい美人だとよかったのに」
「そう? とてもいいお姉さんだと思うけど…むしろ少しはうちの姉さんに謡子さんを見習ってもらいたいね」
「ねーちゃんの? どこを?」
「そうだな…冷静で大人なところかな」
ハルカが噴き出した。
なぜ噴出したのかわからない。
「うちのねーちゃんそんなに冷静で大人じゃないよ。実はここだけの話…」
遥は謡子の普段を話始める。とても楽しそうに。
「ふむふむ…」
皐はそれを楽しそうに相槌を打って聞いた。
新春の夜更けに姉の話で盛り上がり、気が付けば空が白んできた。
「うわっ、もうこんな時間!? サッチー、仕事とか大丈夫?」
「大丈夫。でも、そろそろお開きにしようか」
えーっとハルカは不満顔をする。
しかし、皐はにこりと諭す。
「また次の機会に話せばいいさ。そうだ。連絡先を教えておくよ」
「マジで!」
2人は連絡先を交換すると、別々の方向へと歩き出す。
「それじゃ」
そう言った皐に遥は大きく手を振った。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8508 / 春日・謡子 (かすが・ようこ) / 女性 / 26歳 / 派遣社員
5548 / 遥風・ハルカ (はるかぜ・はるか) / 男性 / 18歳 / 自称マルチアーティスト
8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女性 / 26歳 / 請負業
8577 / 藤堂・皐 (とうどう・さつき) / 男性 / 24歳 / 観測者
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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藤堂 皐 様
こんにちは、三咲都李です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
ずいぶんお待たせしましてすいません。
お姉さまの暴走を止めるのはあなたしかいない!!
…暴走気味に書かせていただきました。皐様、お姉さまのために今年も頑張ってください!
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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