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Route7・邪眼の真実/ 藤郷・弓月
雲に覆われた思い空を見上げて、ため息を零す。こうしてため息を零すことが、すごく多くなった。
全ては一週間前に、鹿ノ戸さんが消えてから。
これが彼のせいだって、彼がいけないんだって、そんなこと言うつもりはない。
むしろ、これは全て私のせいだから。
私が彼の足を引っ張るから、だから彼は……。
「……今日も、いない……」
広い公園のベンチに腰を下ろして足を投げ出す。
ここに来る前、鹿ノ戸さんが働いていた喫茶店にも足を運んだけど、やっぱり彼は戻って来ていなかった。
彼の消息は未だ不明のまま。
鹿ノ戸さんのお友達だって心配しているし、オーナーさんだってずっと待ってるんだって聞いた。
「本当に、どこに行っちゃったんだろう……」
思い付く場所は毎日足を運んでる。それでも見つからないのは何か理由があるのかもしれない。
「何か、足りないのかな?」
ポツリと零れた声にため息が乗る。
こんな弱気じゃダメだってわかってるけど、どうしてもたまに弱音が口を吐いちゃう。
それを大きく息を吸い込むことで回収すると、私は勢い良く立ち上がった。
「まだ行かなきゃいけない場所が残ってるんだし、落ち込んでる場合じゃない!」
パンッと自分の頬を叩いて歩き出す。
重い足も、憂鬱な心も、吐き出してしまえばきっと止め処なく溢れてきちゃう。
もしそんなことになったら、気持ちに負けて歩くのを止めてしまいそう。だから足を止めることも、憂鬱に浸ることも絶対にしない。
「鹿ノ戸さんを見つけるまでは、負けないんだから!」
拳を握り締めて空に掲げる――と、その腕が何かに引っ掛かった。
「これって……梅の木?」
枯れていて確かな判別は出来ないけど、小さくついている蕾が僅かに色を付けている気がする。
寒い寒いと言っても、春が少しずつ近付いているんだ。
「まだ完全な花でも蕾でもないけど、頑張ってるんだね」
思わず笑みを零して腕を下す。
何度見ても梅の木は枯れたまま。それでも花を咲かそうと頑張って準備してるんだ。
こうして頑張っている何かを見ると、自分も頑張らなきゃって思えてくる。
「よし!」
私は勢いよく駆け出すと、最終目的地の墓地に足を踏み入れた。
前に鹿ノ戸さんと来たことがあるこの場所は、彼が来る可能性の一番高い場所だと思ってる。
だってここには鹿ノ戸さんのお父さんやお母さんが眠っているから。
「こんにちは。今日も来ちゃいました」
そう言って照れ笑いを零す。
「鹿ノ戸さん、今日も見付けられなくて……えっと、お2人の所には来てくれましたか?」
もしかしたら、私の居ない時に来ているかもしれない。
そうだったら良いな。
もしそうなら鹿ノ戸さんは無事だってことだもん。
「鹿ノ戸さんの怪我、良くなってると良いんですけど……」
最後に見た彼は怪我をした。
それは誰かに傷付けられた怪我ではなくて、きっと――
「っ……私に何の力もないから。だから、鹿ノ戸さんはいなくなったんでしょうか? それとも、鹿ノ戸さんの家の血が理由なんでしょうか?」
もしかしたら、それら全てかも知れない。
「……知りたい。もっと、鹿ノ戸さんのことが知りたい……」
込み上げる感情に蓋をするよう、ギュッと唇をかみしめる。
こうでもしないと、鹿ノ戸さんのご両親の前で泣いてしまうもの。それだけは、避けないと。
私はそう思って顔を上げた時だ。
「力無き娘よ」
「!」
ドクンッと鼓動が早くなった。
全身から血の気が引く感覚がして、それから足が下がる。まるで本能的に逃げようとする自分に驚きつつ、私の目が動いた。
声を掛けたのが誰なのか。
そんなのは見なくてもわかる。
「……檮兀さん」
やっぱり、目の前にいたのは檮兀さんだった。
彼は私を見て足を止めたんだと思う。
お墓から少し離れた位置で私を見ている。
「力無き娘よ。何故、此処に居る」
ここに居るのが不思議でたまらない。そう言われて私の足が止まった。
「鹿ノ戸さんを、探しに……」
この人は怖い。でも、この人は鹿ノ戸さんのことを知っている。
鹿ノ戸さんのご両親のお墓に足を運ぶくらいには、彼のことを知っているんだ。
だったら、彼からなら鹿ノ戸さんのことを聞けるかも知れない。それなら逃げちゃダメだ。
「力無き娘よ。未だ諦めていなかったのか」
「……私は、どんなことがあっても諦めません。鹿ノ戸さんの傍に居るって、そう決めたんです」
まるで自分に言い聞かせるように発した言葉。これが決意となって自分に勇気を与えてくれる。
「檮兀さん。檮兀さんが鹿ノ戸さんを狙ってるのは、彼の呪われてる血があるからですよね? 教えてください! 彼の血や因果がどういうものなのか!」
真っ直ぐに見詰めた先に、驚いた表情が見える。
彼からすれば、何の力も持たない私がこうして意地になっているのが理解できないんだと思う。
「どうして彼は苦しまなきゃいけないんですか?」
「……知って如何する」
静かな問いだった。
その声を聞いて私の中で確かな答えが浮かんだ。
そう、これが私の願い。そしてこれが、鹿ノ戸さんと紡ぎたい未来。
「鹿ノ戸さんと笑います」
「何?」
「鹿ノ戸さんと普通に笑いあえる未来を作りたいんです。だからそのための方法を探します」
何も知らなければ解決方法なんて見えない。
知って後悔することかもしれない。でも、知らないで彼を失う方が怖いって、私は知ってるから。
「教えてください。お願いします!」
そう言って、勢い良く頭を下げた。
「……鹿ノ戸の血は呪われている」
絞り出すように紡ぎ出された声。その声に私の頭が上がった。
「鹿ノ戸の血には、邪眼と呼ばれる因果が付き纏う。使用する程に命を削る負の力だ」
いつの間に傍まで来たのか、檮兀さんは鹿ノ戸さんのご両親のお墓を見てそう言った。
邪眼――それは前に見た、人とは違う異形の目のことだったよね。
「私、見たことがあります。その力を使った鹿ノ戸さんはすごく苦しそうでした」
「邪眼の力は発動と同時に身を削る程の痛みを発する。だが、血の呪いはそれだけではない」
「え」
檮兀さんは言葉を切ると、私の覚悟を確かめるように向き直った。
話すべきか、それとも話さぬべきか。
そんな自問自答のような時が過ぎ、そして彼の唇が動く。
「血は末代まで続く。子を成せば子へ、子々孫々、未来永劫に苦しむ」
鹿ノ戸さんの子供にも、お孫さんにも、彼の血を継ぐ全ての人に、彼が持つ邪眼の力が受け継がれる――彼はそう、言っているんだ。
この言葉を聞いたとき、いろいろなことが頭を駆け巡った。
そして出た答えは1つ。
「その呪い、解けませんか?」
呪いを解かなければ彼を助ける事なんてできない。それが檮兀さんの言葉で証明された。
それなら解く方法を探さなきゃ。
「勿論ある」
「! それって、どんな――」
思わず詰め寄った私に、檮兀さんの手が伸ばされた。
それ以上近付くな。
そう言わんばかりの行動に、私の足も言葉も止まる。
その代り、低い、唸りのような声が響く。
「血を絶やせば良い。即ち滅する事。これこそ鹿ノ戸の血、最大の解呪の法」
血を絶やす?
滅する?
「それって、鹿ノ戸さんが死ぬことで……呪いが解けるっていうこと、ですか?」
呆然と呟く私に、檮兀さんは当然とばかりに頷く。
「解呪は我の使命。鹿ノ戸の血は根絶やしにせねばならぬ」
これが檮兀さんの鹿ノ戸さんを狙う理由。
そして彼が助かる唯一の手段が、ここに居る檮兀さんだってこと?
「そんなの嘘です!」
思わず叫んだ私に、檮兀さんの目が細められる。
「そんなんじゃ、鹿ノ戸さんが普通に笑えるようにならないじゃないですか! そんなの嫌です! 私は絶対絶対諦めませんから!」
もしそれが現実だとしても、受け入れられるものと受け入れられないものがある。
勿論これは受け入れられないものだ。
「血が呪われていたって、私が絶対に幸せにしてみせるんだから……――!」
そう叫んだ時だった。
不意に視界が歪んで、私の体が斜めに倒れてゆくのがわかった。
何が起きたのか、何が起きるのか、そんなこと私にはわからない。
ただ意識が途絶える瞬間、あの人の――鹿ノ戸さんの声が聞こえた気がした。
***
まどろむ意識の中、私は見知らぬ場所に立っていた。
草原のような広い敷地で、2人の男性が仲良く話をしている。その2人の顔は良く似ていて、それだけで彼らが双子なんだってわかった。
『あ、子供』
パタパタと2人の元に駆け寄ってくる男の子に思わず声を零す。
その子は2人に楽しそうに話しかけると、その内の1人に抱き付いた。
幸せそうな光景で、見ている私まで笑みが零れてくる。と、そこまできて私はあることに気付いた。
『あの2人、あの人の顔に……似てる?』
2人の顔を良く見ると、その顔がある人に重なってきた。それは意識を失う直前まで見ていた「檮兀さん」の顔。
年はずっと若いけど間違いない。
あの顔は檮兀さんと同じ。
『でも、どういうこと?』
ここはお墓じゃないし、いつの間にこんなことに?
そう思っていると、また意識が遠のいてゆく。
そして次に目を覚ましたとき、私は信じられない光景を目にすることになるのだった。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】
登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート7への参加ありがとうございました。
引き続きご指名頂きました、千里とのお話をお届けします。
今回、お言葉に甘えて例の力を発動させてみました。
次回は例の力を発動させた状態のままスタートしますので、その辺も踏まえていろいろ練ってみて下さい。
ではまた機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂けて下さい。
このたびは本当にありがとうございました。
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