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Episode.16.5 ■ 《誰もいない街》
虚無の境界”の幹部であるファングは、《誰もいない街》の古びて倒壊気味のビルの中で傷を癒していた。
「しかしだね。キミ程の男がここまで傷を負うなんてレアケース、僕も見るのは初めてだよ。キミの身体にここまでの傷を負わせるなんて、一体どんな鈍器を使われたんだい?」
「……素手だ」
「……おいおい、冗談がキツい。しかしだね。キミの身体を殴って傷つけるなんて、人間には不可能だと思うんだ。筋骨隆々の野蛮人かい? 緑の巨人を思い出すけど、そんなのと戦ったのかい?」
白衣を着て眼鏡をかけた男。華奢な体躯の彼は、髪は黒く短髪。年の頃は二十代後半といった所だろうか。端正な顔立ちをしている。
左手を白衣のポケットにツッコミ、ファングに向けて翳された右手からは淡い光が放たれている。
彼はファングに向かって流暢に語りかけていた。
「ファングをそこまで追い詰めたのは、女よ。“ドクトル”」
「いやいや、しかしだね。冗談がキツい。女でこんな傷を、しかも素手で負わせる事が出来るなんて一体どんな女だい? 下手をすればエヴァ。キミと同じ存在じゃないのかい?」
瓦礫に腰かけたエヴァ・ペルマネントに向かって、白衣の男――ドクトルは口を開いた。
「聞き捨てなりません、かも」
「あら、来たのね。“ベルベット”」
暗がりから姿を現したのは、桃色の髪を縦ロールにして、黒いゴシックドレスに身を包んだ、青と緑のオッドアイの少女。年の頃は十代前半程度だ。
さながら人形の様に整った顔立ちに、白い月の光を反射させたかの様な肌の白さ。
ベルベットと呼ばれた彼女の淡々と話す口調には、感情の起伏は感じられない。
「霊鬼兵はエヴァ以外いない、かも。なのにいたら、壊さなきゃいけない、かも。そうでしょ、フラペア?」
胸元に抱いた青い兎のぬいぐるみ。
しかしそのぬいぐるみに、一切の可愛らしさは備わっていない。
縫い跡だらけの奇妙なぬいぐるみを抱いた彼女は、愛しそうにそのぬいぐるみに語りかける。その時だけ、瞳の感情が宿っている様だ。
「それはそうだね。しかしだね、ファング。幹部連中はその女を知りたがってる。今では色々な作戦が飛び交っていて、まるで統率がついていない。まったく冗談がキツい」
「吠えたいヤツは吠えていればいい。俺は今回の作戦であの女と戦って、その強さを知っている。言っておくが、ここにいる四人の中であの女と一対一でやり合えるのは俺ぐらいだろう」
「ケヒッ、おいおい、やられた獅子が何を嘯いてんだい、ダンナァ」
更に一人。赤いバンダナを巻いて金色の長い髪を後ろに流し、耳と鼻、唇にピアスをした男が現れた。
目元の見えないバンダナには瞳を九十度回転させた絵が描かれている。
服装は黒いライダースの上下。ところどころにチェーンがあしらわれ、ジャラジャラと音を立てている。
「相変わらずの口の利き方だな、“グレッツォ”」
ファングがバンダナの男、グレッツォに向かって小さく口を開いた。
「ダンナァ、女の獲物は俺っちのモンでしょーが。柔肌を斬り裂く感触忘れる前にさぁ、俺っちに頂戴よ、それ」
「無理だと思う、かも。グレッツォは挑発に弱い、かも。すぐに怒って暴れて、相手に気取られる。そうでしょ、フラペア?」
「あぁん? おい、ベルベット。テメェ、俺っちに切り裂かれたい訳?」
「やれるものならやってみれば良い、かも。フラペア、グレッツォ食べちゃって良いわ」
いつの間にグレッツォの手に握られたナイフ。そして、ベルベットの青いぬいぐるみの瞳が赤く光る。
「やれやれ、冗談がキツい。グレッツォもベルベットもやめておいた方が良い。そうでしょう、“陽炎”」
ドクトルの言葉に、一人の男がベルベットとグレッツォのすぐ隣りに姿を現した。
真っ黒な忍者の様な服装に、黒い口当てをした鋭い目つき。腕を組んで立ち尽くすその姿に、グレッツォはため息を吐いてナイフをしまった。
「ケヒッ、相変わらず陽炎のダンナは神出鬼没だなぁ」
「ベルベット反省してる、かも?」
「しかしだね。まぁこうして諸君らに集まってもらったのは、他でもない。“スカーレット”と“デルテア”が来ていないのは困ったものだけどね」
ドクトルがファングに向かって翳していた手を下げ、クイっと眼鏡を直す。
「今回ファングがやられたという相手、黒 冥月とかいう女についての意見を纏めたいんだが、どうだい? ちなみに、スカーレットとデルテアは僕らに一任すると言っているよ。まったく冗談がキツい」
「ケヒッ、ドクトル。アンタはどうなんだ?」
「僕かい? 僕は、出来るなら仲間に欲しい所だねぇ」
「仲間に? それは難しい、かも」
「ベルベットの言う通りね。でも、ユーの言う通り、確かに実力は確かね。ファングと殺り合うだけの実力があるんだから」
ドクトルの言葉にベルベットとエヴァが続く。
「ケヒッ、味方にならねぇんなら殺せば良いんじゃねぇの? 俺っちにやらせてくれよ」
「まったく、嫌になりますわ。相変わらずの統制の無さですわね」
遅れてやってきた、銀髪の女性。黒い上下のパンツスーツを着て、ローファーをカツカツと踏み鳴らす。
長い銀色の髪を後ろで髪留めを使ってアップにした女性の目は何処か眠そうなタレ目で、目元には泣きぼくろ。
年齢は二十代後半といった所だろうか。
そんな彼女は、呆れた様に呟いた。
「ドクトル。グレッツォは戦いたがりますわ。それに、ベルベットは興味もない。陽炎は、そうね、任務とあればって所ですわね。倒す算段をまとめている様ですし。そんな事、いちいち聞かなくてもお分かりでしょう?」
「いやはや手厳しいね、“デルテア”。来ないと言っていたのに、どういう風の吹き回しなんだい?」
「“スカーレット”に頼まれたのです。「かつてその女と同じ組織にいた男を嬲ったが、有用性は高いだろう。利用する方向で考えさせておけ」、ですって。嫌になりますわ、小間使いに私を使うなんて」
デルテアがため息を吐いて肩を竦める。
「なるほど。しかしだね、デルテアの意見はどうなんだい?」
「私ですか? 私なら、倒せるでしょうね。ですが、ファングの獲物を取る訳にはいきませんわ。それに、グレッツォも戦いたがってますし、嫌になりますわね。だったらスカーレットを支持しますわ」
「ふむ。どちらかと言えば味方にするか駒にするか、戦って倒すか暗殺するか。そして、何も考えていないベルベットだね。冗談がキツい。意見がすっかり割れてしまっているじゃないか」
「それ失礼、かも」
ドクトルが深いため息を漏らす向こうで、ベルベットが頬を膨らませる。
「しかしだね。こうも割れてしまっては、統制を取るなんて難しい。エヴァ、盟主様に判断を頼めないかい?」
「仕方ないわね。ちょっと待ってなさい」
エヴァがポケットから携帯電話を持って、「ヒミコ」と声をあげる。直後、エヴァの姿がその場から消えた。
街の外へと出たのだ。
「ケヒッ、どう出るかねぇ?」
「陽炎はどうしたいの? やっぱり暗殺したい、かも?」
「……任務に従うのみ。殺れと言うならば、殺る」
「相変わらず簡単だね、陽炎。しかしだね。利用するとなれば色々と交渉材料が必要になるだろうね」
「交渉材料はベルベットに集めてもらえば良いわ。でも、殺せと仰るなら、グレッツォとファングが好きに決めるしかないでしょうけど、スカーレットが怒るでしょうね。嫌になりますわ」
「スカーレット怒ったら恐い。フラペア、そうでしょ?」
他愛ない話をしている面々の前に、エヴァが再び姿を現した。
「スカーレットに一任する、との事よ。いないと告げたら、デルテアに指示をもらう様に、と言われたわ」
「ケヒッ、なんだぁ、退屈だなぁ。俺っちの出番はなさそうじゃねぇか」
「ベルベット、グレッツォを連れて調べてきて――」
「――いや、俺が行く」
「冗談がキツい。ファング、キミの怪我はまだ治っていないし、目の敵にされている様じゃないか。キミは暫くは大人しく治療だよ」
「むぅ……」
「デルテア。グレッツォと行きたくない、かも」
「ケヒッ、殺し合っちまうかもしれねぇぜ、姐さん」
ベルベットとグレッツォの言葉で、その場の空気が一瞬にして張り詰める。
「くだらない事を言って、私とスカーレットを怒らせたいのかしら?」
グレッツォとベルベットの表情が歪む。
背筋に走った悪寒が、二人の背に嫌な汗を感じさせた。
「美人が怒ると恐いのは世の常であるな、うん。冗談がキツい」
「ケヒッ……、しゃーねぇ。行くぜ、ベルベット」
「……フラペア、デルテアも怒ったら恐い。そうでしょ?」
「黒 冥月が、味方になるとは思えんがな……」
ファングの声が小さく虚空に消え入る。
―――
――
―
「へっくち!」
武彦の部屋で、冥月がくしゃみをして改めて手元を見つめる。
その手に握られていたのは、憂から渡された『猫セット』である。
「……せ、せっかくもらったんだから、つけてみなくてはな、うん……」
黒い猫耳を握り、ごくりと唾を飲んで呟いた。
to be countinued...
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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。
さてさて、今回は虚無の側で起きている作戦会議という事で、
なかなか色々なキャラが出てきました。
シチュエーションの方もなるべく早くお送りしますw
濃いキャラばかりですが、よろしくお願い致しますw
白神 怜司
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