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黒 冥月の油断
「武彦、少し部屋を借りるぞ」
「ん? あぁ、構わねぇぞ」
聞くや否や、冥月はそそくさと武彦の部屋へと入り、ドアを背でそっと閉める。
バレていないだろうか。怪しまれていないだろうか。
思えば、これ程までの緊張感溢れる潜入ミッションはいつ以来だろうか。
冥月の暴走した思考は斜め上の解釈に彩られ、自分でも分かっていない単語を頭の中に羅列させていた。
「……すぅ……はぁ〜……」
深呼吸する冥月。
沸騰しそうな頭の中を整理する為。
悶えそうな恥ずかしさに覚悟を決める為。
「……武彦の匂い……」
脱線して冷静になった冥月は、その着地地点を誤っている事に気付かない。
――そもそも、憂に不意に渡された『猫セット』。これが冥月を狂わせた原因だ。
零の部屋を借りようにも、零は今、憂の採血が終了したばかりで安静にしなくてはならない。
なら、何処がある。そう考えた矢先に、武彦の部屋が思い浮かんだのだ。
そして今、冥月は武彦の眠るベッドに座って腕を組み、目の前に取り出された猫耳・猫尻尾・肉球ハンドに向かって唸っている。
「……お、「男は猫耳に弱い」だったな……」
憂の言葉が脳裏を過る。
確かに、日本の文化ではコスプレや獣耳が流行っている事は冥月も知っている。そして、コスプレはキャラクターになりきる事で、違う一面を味わう事が出来るという事も、冥月は耳にした事があった。
僅かな沈黙から、ごくりと生唾を飲み込む音。
「ま、まぁせっかく貰った物だし? い、一度ぐらいつけてやらなければ……その……そう、失礼というものだな、うん……」
一人誰に届くでもない声を呟きながら、誰に届くでもない言い訳をしてみる冥月。
頬を朱に染め、猫耳を震えた手で掴み、ふるふると揺らしながら頭に被ってみる。
「尻尾は服の上からでも良いのか……?」
説明書を見つめながら冥月が小さく呟いた。
【尻尾について】
・タイトなズボンなら反応はします。出来れば下着の上、もしくは肌に直接つけましょう。
「……し、下着の上から……? ま、まぁとりあえず、ズボンの上からなら……」
タイトなパンツスーツならば大丈夫だろうと踏んだ冥月が、尻尾を恐る恐る尾てい骨の上に近づけると、まるで磁石がひっついたかの様にペタンとはりついた。突如動いたせいで思わず小さい悲鳴を上げるが、どうやら無事に張り付いてくれた様だ。
冥月が立ち上がると、尻尾はくたっと地面に下りる。
そして次に、肉球ハンドを手に取り、かぽっと腕にはめ込む。
『……『ねこねこセット』Ver,黒ネコ。セットを完了しました。起動致します』
頭の中に直接響いた音声。強張った身体でキョロキョロと周りを見回すが、特に誰かがいる訳でもない。
「……こんな物が好きなのか……。確かに愛嬌は出た気がするが……、こういうのは零とか可愛い女性が似合うんじゃないか……?」
そうは言いながらも、冥月は姿見の鏡の前に立ち、手を前に出してわきわきと肉球ハンドを動かす。
中の指に連動するかの様に動くその動きは、手を動かしている感覚と大して変わらない。
顔を赤くしながら、「こう、か? いや、こっちの方が……」などと言いながらポーズを決めてみるが。その度に顔はみるみる赤くなる。
「ふむ……、誘惑……。やはりポーズとセリフか……ニャ?」
そこまで口にした所で、ついに冥月は我に返った。
「な……、何を浮かれてるんだ私は……。奴に乗せられて馬鹿ではないか。武彦がまだ彼女を背負っているなら、誘惑しても意味ないじゃないか……」
そう呟きながら、肉球ハンドを掴み、外す。
そう、外すつもりだった。
「……え……?」
どれだけ引っ張っても外れない肉球ハンド。何かの不具合が起きたのか、はたまた陰謀か。冥月は慌ててベッドの上に置いていた説明書に目を向けた。
「ど、どうなってる……!? 説明書にはこんな……!」
ふと、冥月が目を向けた。
そこには微細な僅かな線が描かれている。
冥月は懸命に目を凝らし、その文字を読み取りながら、肩をプルプルと震わせた。
「……ひょ、表示法違反で訴えてやりたい!!」
思わず顔を真っ赤にしながら冥月が説明書を投げる。
ひらひらと舞った表示法には、こう書かれていた。
【ねこねこセットの操作方法のお知らせ】
@ ・対異能絶対防御術式:あらゆる異能を跳ね除ける最強レベルの術式が素材に施されているので、無駄なあがきはやめましょう。
A ・異能封印術式:装着している間、装着者はあらゆる能力を封じられる。つまり、能力は使えませーん。
B ・防刃防弾耐熱耐寒耐衝撃仕様:何をやっても壊れません。諦めましょう(笑)
C ・一度装着すると三十分以上、登録対象者(装着後、最初に声を猫耳が感知した相手)と会話をしないと外せません。
D ・音声認識。語尾に「ニャ」をつけて話した時間になるので、必ず言わなきゃ外せません(笑)
「……ハメられた……、かっこ笑いって書かれてる時点でハメられた……! それに何だこの無駄に高性能な玩具は!」
ベッドの上で肩を震わせている冥月の耳に、突如響き渡ったノック音。ビクンと尻尾がピーンと起き上がる。
「お、おい。どうした? なんか叫んでなかったか?」
『音声認識完了。草間 武彦氏を対象者として登録しました』
「な、な、なんだとぉぉ〜!?」
「おい、開けるぞ!?」
影で壊す事も不可能。隠れられる場所もない。
咄嗟に冥月が取った行動。それは、武彦のベッドへとダイブする事だった。
と同時に、ドアが開く。
「くっ、来るな……! 来るなぁ……! 来ないでぇぇ〜!」
「な、なんだよ。どうした……ん……だ……?」
武彦の目に映った、黒い尻尾。
冷静なる冥月には有り得ない、まさに「頭隠して尻隠さず」。
しかし、それだけではない。
くねくねと動くその尻尾の動きは、妖艶にゆらめく。
猫セットの効果を、この時の冥月も知らない。
その科学の結晶をつぎ込まれたそれは、本能を刺激し、性格を大胆に。そして、興奮状態に自制をことごとく溶かす魔性のアイテムである。
今まさに、冥月の心はパニック状態に陥っている。
武彦の匂いが充満した布団の中、危機的状況になりながらも冥月の鼻腔をくすぐる匂い。そして、高鳴る心臓。
それらに反応して尻尾がゆらゆらくねくねと動いてその姿を現しているのだ。
「冥月、その尻尾……」
「や、やぁ……! 見ないでっ!」
「お、おい。ちょっと出て来いって!」
勢いよく布団を引っ張った武彦に引っ張られ、冥月の姿が顕になる。
涙目になりながら、冥月が上目遣いで武彦を見上げる。
「う……うぅ〜……」
「……な、何事だ……?」
「……成る程。つまり、憂のヤツがそのアイテムを手渡してきたが、そこには巧妙なトラップがあった、と」
「……そう……にゃ。こうして語尾に「ニャ」をつけないと時間が換算されないにゃ……」
いつもの男口調に無理やり「ニャ」をつけるのが無理だと悟った冥月が、諦めて話をする。
その間も尻尾はくねくねと動いてみたり、隣りに座る武彦の背中に巻き付いたりと、まさに本能の赴くままに動いている。
「わ、笑いたかったら笑え……にゃ! どうせ武彦も、バカだって思ってるんだにゃ!」
「……ぶっ!」
「わ……笑ったにゃ!!」
「悪い悪い。なんか可愛らしくてつい、な」
「〜〜〜ッ! お、おかしな事言うにゃー!」
『五分経過しました。あと六倍です』
嫌味ったらしい音声を聞きながら、冥月は顔を真赤にして武彦をぽかぽかと肉球で叩くのであった。
説明を混じえても五分がせいぜいだという現実に、何処か意識が遠のく事を感じる冥月であった。
to be countinued....
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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。
さて、ついに始まりました、憂による拷問。
まさに容赦ない技術の全てを注ぎ込まれたセットが、
今冥月さんの身体に……!
なんともまぁ可愛らしい感じになってしまうのですw
それでは、次回も続きます、猫セット編。
楽しみに待ってます!←
白神 怜司
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