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<東京怪談ノベル(シングル)>


鬼門島に聖女、降臨


 鋭利なハイヒールが、タラップを踏んだ。
 すらりと美しく伸びた両脚は、黒のストッキングに包まれて、あまり露骨ではない控え目な色香を漂わせている。
 ミニのタイトスカートには、食べ頃の白桃を思わせる尻の形がぴっちりと浮かんで、タラップを下りる歩調に合わせて微かに魅惑的に揺れる。
 胴は形良く引き締まり、胸はスーツに閉じ込められていささか窮屈そうだ。
 髪は艶やかな茶色。優美な背中のラインを撫でる感じに、サラリと伸びている。
 前方をまっすぐに見据える青い瞳は、鋭いほどに澄んで濁りがなく、それでいて一筋縄ではゆかぬしたたかさを秘めてもいる。すっきりと整った鼻梁に、愛らしく尖った顎、端麗な唇……理知的なその美貌には、非の打ち所がない。
 白鳥瑞科。21歳。神に仕える身である。
 神の教えを、綺麗事ではなく実力行使で押し通す仕事を1つ終え、帰って来たところである。
 ふと視線を動かす。空港の一角に車が止まっており、その傍らに1人の神父が立っていた。こちらに向かって、にこやかに手を振っている。
「さっそく次のお仕事……という事ですわね」
 瑞科は苦笑し、軽く手を上げて応えながら歩み寄って行った。
「おかえり、シスター瑞科」
 太り気味の初老の神父が、まずは労ってくれた。
「報告は聞いたよ。大変だったろう」
「大変でしたわ。神の教えを理解出来ない、かわいそうな方々が本当に多くて」
「その憐れみの心を忘れずに、次の任務に取りかかって欲しいんだ」
 神父は瑞科を車の後部座席に導き入れ、自身も乗り込んだ。
 運転手が、車を出した。
「行方不明になった人々がいる」
 走行中の車の中で、神父は言った。
「もちろん失踪者は年間、何万人にも上っているわけだが……それとは違う、明らかに何者かの仕業としか思えない行方不明が12件ほど確認された。警察ではなく、私たち教会の領分と思われる12件だ」
 教会、と呼ばれる組織がある。表向きは、無害な宗教法人である。
 そこに白鳥瑞科は所属しており、神に仕える者でなければ出来ない仕事を行っている。
「教会が相手にするべき者たちによって、12人もの人々が拉致された……そう考えて良いと思う」
「犯行声明のようなものは、出ておりますの?」
「いや。だが12人が連れ去られ監禁されている場所は、教会の情報課が掴んでいる。あとは君に、その12人を救出してもらうだけだ」
「12人……使徒の方々と同じですわね。それに、人の運命を司る星座の数も12」
 12で一組の有名な何かがあと1つ、あったような気もするが、瑞科は思い出せなかった。


 さらわれた12人に、共通点は全くないようだ。強いて1つ挙げるとすれば、若い、という事くらいであろうか。最年少は10歳の少女で、最年長は21歳の青年であるらしい。
 子供や若者がさらわれた、となれば、まず疑われるのは人身売買である。
 だが警察ではなく教会に依頼が来たという事は、人間の犯罪者の仕業ではない可能性が高い、という事だ。
「まあ……行ってみればわかる事、ですわね」
 形良く引き締まった左右の脚に、瑞科はぴっちりとニーソックスを被せていった。その上から、編上げのロングブーツを穿く。
 スリムに豊麗に伸びた美脚が、挑発的に戦闘的に飾り立てられた。
 優美な両の細腕は、天使の翼が刺繍された白い長手袋に包まれている。
 むっちりと豊かな尻回りには純白のショーツが貼り付き、胸では同じく純白のブラジャーが、大きな膨らみを拘束して深く柔らかな谷間を作っている。
 上下2つの純白の間で綺麗にくびれた胴体が、我ながら実に良い感じだと瑞科は思う。最も脂肪がつき易い部分をここまで凹ませるのは、並大抵の事ではなかった。
 まさに神の試練とも言うべき過酷なトレーニングで美しく作り上げてきた身体を、瑞科はバサリと修道服で包み込んだ。そして、胴にコルセットを装着する。圧倒的な胸の膨らみが、強調される形となった。
 さらりとした茶色の髪の上からヴェールを被り、長手袋の上から革のグローブをはめる。二重に防護された繊手で、武器を握る。今はまだ鞘を被った、細身の長剣。
 更衣室の鏡で、瑞科は己の姿を確認した。
 修道服にはスリットが入っており、柔らかく筋肉の締まった太股が、かなり際どい高さまで露出している。
 戦闘シスター……武装審問官・白鳥瑞科の姿が、そこにはあった。


 一応は東京都に区分されている、とある島。
 その上空で、教会のヘリコプターが強風に揺すられていた。
「なるほど、これは確かに……警察ではなく、教会の領分ですわね」
 ヘリコプターから身を乗り出し、島を見下ろしながら、瑞科は呟いた。
 無人島、という事になっている。半分以上は荒涼たる岩石だが、緑が全くないわけではない。人間の手が全く加えられていない、草木が伸び放題の混沌とした緑である。
 だが、明らかに人間の手によるものとわかる構造物が1つだけあった。
 巨大な、鳥居である。
 島の中央から見て北東の海岸に、まるで海を睨み据えるかの如く立てられている。
 北東……いわゆる鬼門である。
 鳥居とは聖域への入口であるはずだが、この鳥居は、鬼門から禍々しいものを呼び入れている。瑞科は、そう感じた。
 人間の犯罪者による人身売買の類ではない。人間ならざるものと関わりのある凶事が、この島では行われている。12人の少年少女若者たちが、恐らくは生贄のように扱われている。
「一刻の猶予もありませんわね……ありがとう、ここまでで結構ですわ」
「どうか、お気をつけて……神の、ご加護を」
 ヘリコプターの操縦者が言った。
 微笑みだけを返してから、瑞科は空中へと身を躍らせた。
 ヴェールと修道服の裾を強風にはためかせる戦闘シスターの姿が、邪気の渦巻く島の大地へと、まるで天使の如く降臨して行った。