コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


聖女の鬼退治


 教会の情報部が調べ上げたところによると、島の地下には洞窟が縦横無尽に走って迷宮さながらの様相を呈しているという。
「隠れて悪さをするには持って来い、というわけですわね」
 北東の海岸に立つ鳥居、その足元で口を開いた海蝕洞に、瑞科は足を踏み入れていた。ここが地下迷宮への入口となっているらしい。
 海蝕洞の内部は、岩の足場と海水がほぼ半々で、瑞科から見て大雑把に右側が岩場、左側が海面である。
 湿った岩をロングブーツで踏み締めて、瑞科は洞窟の奥へと向かった。そして、すぐに立ち止まった。
 複数の人影が岩陰から現れ、立ち塞がったからだ。不穏な気配を、瑞科は先程から感じてはいた。
 平安時代風の狩衣に身を包んだ男たちである。男である事はわかるが、顔はよく見えない。全員、奇妙な紙の札を額に貼り付け、顔に垂らしているのだ。
 そんな男たちが十数人、腰に帯びた太刀を抜き放ち、瑞科に向けてくる。
 腰に吊った細身の長剣をまだ抜かずに、瑞科は会話を試みた。
「あらあら、いけませんわ。そのような物を、いきなりお持ちになっては……わたくしも手加減、出来なくてよ?」
「教会の牝犬か……いずれ、嗅ぎ付けてくるとは思っていた」
 額に札を貼った男の1人が、言った。
「毛唐の神に仕える、欧米かぶれの狂信者が! 我が国古来の呪力を思い知るが良い」
「我らは陰陽師。鬼門より招き入れたる力を得て、人ならざるものと化す……」
「人を超えたるものと化す! 我が国古来の正当なる呪力をもって、この国を守るために!」
 陰陽師、と名乗った者の1人が、斬り掛かって来た。太刀が、凄まじい速度で振り下ろされて瑞科を襲う。
 なかなかの剣技ではある。鬼門の鳥居から、確かに何らかの力を取り入れ吸収しているようだ。額の札は、その力を人体に定着させるためのものであろう。
 その斬撃を、瑞科は身を揺らして回避した。そこへ、他の陰陽師たちも一斉に斬り掛かる。
 様々な方向から襲い来る太刀を、瑞科は小刻みにかわしていった。コルセットで強調された胸の膨らみが、男たちを挑発するように揺れる。修道服の裾が割れ、むっちりと形良い太股が見え隠れする。それらの近くを、陰陽師らの斬撃が超高速で通り過ぎる。
 直後。瑞科の腰に吊られた鞘から、光が走り出して一閃した。
 陰陽師たちが、首筋から真紅の霧を噴出させ、次々と倒れてゆく。
 ぴたり、と瑞科は動きを止めた。革手袋に包まれた優美なる片手に、抜き身の長剣が握られている。細身の刃には、赤い汚れが少しだけ付着していた。
 倒れた陰陽師たちの中に1人だけ、辛うじて息のある者がいる。
 瑞科は剣先を突き付け、にこやかに訊問した。
「連れ去られた方々は今、どちらにおられますの?」
「すぐに……わかる……ふ、ふふふふふ」
 札の下で、陰陽師は苦しげに笑った。
「あの12人は、我らの手によって……この国の、守護神となった……」
 足音と気配が、洞窟の奥から近付いて来た。
「我らはな、鬼門より招き入れたる力によって……守護神を、作り上げたのだよ……」
 現れたのは、3つの人影である。がっしりと力強い身体に胴丸鎧を着用し、太刀を佩いている。
 3人とも、人間ではなかった。首から上が、1人は牙を剥く猛犬、1人は凶暴そうな猿、1人は鋭利なクチバシと鶏冠を振り立てた鳥である。
「あら……まるで桃太郎さん、ですわね。確かにここは鬼ヶ島のようなもの……」
 言いかけて、瑞科は気付いた。
 事前の情報を思い出してみる。さらわれた12人に、共通点はない。
 最年少は10歳の少女、最年長は21歳の青年。10歳から21歳の各年齢1人ずつ、計12人。
「まさか……」
「ふ……気付いた、ようだな……さあ戦え、日本国の守護神・十二神将よ!」
 陰陽師の死に際の叫びに応え、犬の頭の鎧武者が太刀を抜く。そして名乗る。
「我が名は、バサラ……」
「我は……アンチラ!」
 猿の頭の鎧武者が、同じく名乗りながら抜刀し、斬り掛かって来た。
 陰陽師たちとは比べ物にならぬほど鋭く強烈な斬撃を、瑞科は軽く跳んでかわした。
 着地したところへ、鳥頭の鎧武者が猛然と襲いかかる。
「我は! メキラ!」
 その太刀を、瑞科は細身の長剣で受け流した。焦げ臭い火花が散った。
 瑞科の考えが正しければ、この怪物たちを死なせるわけにはいかない。
「神の、ご加護を……」
 瑞科は細身の長剣を眼前に立て、目を閉じ、祈りを呟いた。
 細く鋭利な長剣が、バチッ! と光を帯びた。電光だった。浄化をもたらす、聖なる電撃。その輝きが、目を閉じた聖女の美貌を鮮烈に照らし出す。
 バサラが、アンチラとメキラが、3方向から容赦なく斬り掛かって来る。
 閉じられていた両眼が、カッと開いた。青い瞳が、清冽な眼光を放つ。
「神の救いを……!」
 瑞科は踏み込んだ。美しく膨らみ締まった太股が、修道服の裾を割った。
 ヴェールが茶色の髪と一緒にはためいて舞い、そして電光をまとう剣が一閃する。
 聖なる雷の刃が、バサラを、アンチラを、メキラを、打ち据えた。衝撃と電撃が、彼らの身体に流れ込む。
 太刀を振り下ろそうとする姿勢のまま、人ならざる3体の鎧武者はバリバリと感電し、踊るように痙攣しながら倒れてゆく。
 瑞科が剣の舞いを止めた、その時。大量の水飛沫が散った。
 海中から、巨大なものが姿を現していた。小型船舶くらいなら締め潰してしまえそうな大蛇、いや竜である。
「我が名はハイラ!」
 日本語を吐きながら海竜が、瑞科に向かって牙を剥いた。人体など、一噛みで両断してしまうであろう牙。襲いかかって来るそれに向かって、
「神の、御慈悲を……」
 瑞科は長剣を掲げた。掲げられた細身の刀身から、電光が激しく迸った。
 海蝕洞を崩落させてしまいかねない雷鳴が、轟いて響き渡った。
 ハイラの巨体が、電撃光に包まれて苦しげにうねり、そして倒れ込んで来る。
 倒れ込んで来た海竜を、瑞科は両の細腕で抱き止めた。いや、それはもう巨大な海竜ではなくなっていた。
 ほっそりとした、人間の少年である。
 同じく人間の、若い男が3人、岩肌に倒れて気を失っていた。先程までバサラ・アンチラ・メキラであった男たちである。
「う……ん……」
 瑞科の腕の中で、少年がうっすらと意識を取り戻した。
「あれ……? 何、ここどこ……って、誰?」
「神の使い、と言ったら信じて下さるかしら」
 瑞科は微笑み、少年の細身を出来るだけ優しく、岩の上に横たえた。そして1つだけ確認した。
「貴方は……辰年の生まれ?」
「そうだけど……よくわかるね」
 やはり、と瑞科は思った。気絶している若者3人は、恐らく戌年・申年・酉年の生まれであろう。
 瑞科は立ち上がり、携帯通信機に話しかけた。
「要救助者、4名確保……救護班の手配を、お願いしますわ」
 恐らく人間ではないものに変えられてしまっている残り8名を、一刻も早く救い出さねばならない。
 この4人についていてやりたいところではあるが、瑞科は洞窟の奥に向かって歩き出していた。
「間もなく助けが来ますわ。心細いでしょうけど、ここで大人しくお待ちになって……ね」
「ち、ちょっと待ってよお姉さん。ワケわかんねえよぉ」
 少年が情けない声を出している。瑞科はあえて無視し、ブーツの足音を高らかに反響させた。