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<東京怪談ノベル(シングル)>


裁きの聖女(前編)


 近くの岩陰に、何者かが隠れている。
 瑞科は、細身の長剣を突き付けていた。身体が、気配に反応し、勝手に動いていた。
「ひっ……」
 か細い悲鳴が上がった。
 細い剣先を突き付けられ、怯えているのは、2人の少女だった。抱き合って震えている。
 片方は中学生くらいの、ほっそりとした美少女。まだまだ発育途上にある身体を、水着のようなレオタードのような衣装に包んでいる。細い両脚は網タイツに包まれ、愛らしい尻にはウサギの尻尾……いわゆるバニーガールの格好である。頭にピンと立ったウサギの両耳は、しかし飾り物ではなく本物に見えた。
 もう片方は、どう見ても小学生の女の子だった。幼い身体のあちこちに、白くフワフワとした獣毛がランジェリーのように生えている。頭の両側から生えた角は、くるくると巻いてカタツムリの形をしている。
 2人とも、かわいそうになるほど怯えていた。
 角の生えた幼い女の子をしっかりと抱き締めながら、バニーガール姿の少女が声を漏らす。
「お願い、見逃して……家に帰して……」
「貴女たちは……」
 瑞科は、まず確認した。
「卯年と……未年?」
「は、はい……そのせいかどうか、知りませんけど……こんなんになっちゃって……」
 少女たちが、しくしくと泣き出した。
「こんなとこ嫌……パパとママに会いたいよォ……」
「大丈夫、すぐに会えますわよ」
 瑞科は微笑み、少女2人の頭を撫でた。
「恐かったでしょうね。でも、もう大丈夫……貴女たちには神の御加護がありますわ」
「お姉ちゃん……助けてくれるの……?」
 角の生えた少女が、そう言いながらもまだ怯えている。
「でも、でも……恐い人たちが来る……」
 その言葉に呼応するかの如く、地響きが起こった。
 洞窟全体を揺るがすような、それは足音だった。こちらへ近付いて来る。
「あら、確かに……ふふっ、恐い御方のようですわね」
 瑞科はとりあえず少女たちから離れ、ゆっくりと横に動いた。洞窟の奥から現れつつあるものの注意を、少女2人から自分へと引き付けた。
 それは、毛むくじゃらの巨漢だった。力士の如く肥え太った巨体が、ふさふさと獣毛に包まれている。
 首から上は猪である。鼻息は荒く、口からはみ出た牙は、瑞科の細い剣などへし折ってしまいそうだ。
 その巨漢が、雄叫びと共に突っ込んで来た。鈍重そのものの外見に合わぬ、高速の突進である。
(もう、お1人様……いらっしゃいますわね)
 気配を察知しながら、瑞科は軽く右側に跳んで突進をかわした。毛むくじゃらの巨体が左側を激しく通過し、立ち止まれぬまま岩肌に激突する。洞窟全体が揺れ、細かな岩の破片がパラパラと降った。
 揺れる地面をしっかりと踏み締めつつ、瑞科は剣を振るった。火花が散り、高らかに金属音が響き渡る。細身の刀身が、何者かの攻撃を受け流していた。
 受け流された刃を構え直しつつ、その何者かが着地する。
 小柄な身体を、黒い忍び装束に包んでいた。右手には抜き身の忍者刀。尻からは、細長いネズミの尻尾が伸びている。
 その姿が消えた。消えた、と思わせるほどの高速の斬撃が、瑞科を襲った。
 疾風の如く斬り掛かって来た忍者刀を、瑞科は長剣で弾いた。火花が生じ、音が響き、それが消えぬうちに瑞科は反撃へと転じていた。長い脚が修道服を割って踏み込み、細身の剣先が一直線に突き出される。が、かわされた。
 同時に、またしても地響きが轟いた。
 猪のような巨漢が、まるで暴走トラックの如く突進して来て瑞科に迫る。
 かわそうとせずに、瑞科は左手を掲げた。
「神の救いを……」
 綺麗な唇が、祈りを紡ぐ。革手袋で防護された優美なる五指が、掌が……暗黒、としか表現しようのないものを発した。
 小規模な、重力の塊だった。光をも吸収する、暗黒の砲弾。
 それが発射され、突進中の巨漢を直撃した。
 毛むくじゃらの巨体が、重力の暗黒に絡み付かれて束縛され、苦しげに動きを止める。
 その間、瑞科は右手で剣を操り、忍者刀の斬撃を受け流していた。
 忍び装束をまとう小柄な身体が、受け流されて前のめりに泳ぐ。そこを狙って、瑞科は右足を離陸させた。
 修道服の裾が割れて舞い上がり、美しく強靭な太股がむっちりと躍動し、ロングブーツに包まれた脛と足首が斬撃の如く弧を描く。そして敵を直撃した。
 忍者姿の小柄な身体が、蹴り飛ばされて宙を舞いつつ重力に捕まり、猪の巨漢の方へと引き寄せられ、暗黒の束縛の中へと吸い込まれる。
 重力による拘束が、大小の敵2体を一緒くたに捕えていた。
 暗黒に締め付けられて苦しむ彼らに対し、瑞科は長剣を掲げた。
「神の、御慈悲を……」
 清冽な美貌の眼前で、細身の刀身がバチッと電光を帯びる。
 その剣を、瑞科は一閃させた。
 刃から迸り出た稲妻が、重力に捕われた者たちをまとめて直撃し、雷鳴を洞窟全体に轟かせた。
 電光も重力の暗黒も、飛び散って消えた。
 2人の人間が、岩肌に投げ出されて倒れた。1人は、高校生くらいの小柄な少年。もう1人は同じくらいの年頃の、大柄でたくましく肥え太った、女の子だった。
 瑞科はつい、失礼な事を口走ってしまった。
「あら……女性の方、でしたのね」
「は、はい……レスリングやってました」
 てっきり気を失っているかと思われた巨体の娘が、むくりと起き上がって応える。
「全国大会にも出ました。男ぶん投げた事もあります……でも、お姉さんには敵いませんでした。完敗ッス」
「い、いえ……貴女も、お強くてよ」
 瑞科は、いささか慌てて咳払いをした。
 小柄な少年は、まだ気を失っている。救護班がそろそろ来ているであろう海蝕洞の入口まで、この大きな女の子に運んでもらうしかないか。
 そう思いながら、瑞科はとっさに身を屈めた。凄まじい風がブンッ! と頭上を通過した。
 蹴りだった。網タイツに包まれた華奢な右脚が、しかし恐るべき脚力で、瑞科を背後から襲ったのだ。
 空振りをした蹴りが、勢い余って岩塊の1つを直撃した。岩が、発泡スチロールか何かのように砕け散った。
「ちょっと! かわしてんじゃないわよクソババア!」
 バニーガール姿の少女が、態度を豹変させていた。
「侵入者ブチ殺せば、もっと強ぉい力くれるって言われてんのよォ!」
「お金もくれるって言われてまぁす」
 未年の幼い少女が、にこにこ笑いながら角を伸ばして来た。カタツムリの如く巻いていた角が、しゅるしゅるっと蛇のように伸びて高速で宙を泳ぎ、瑞科を襲う。
「パパもママもお小遣いちょっとしかくれないしぃー」
 そんな言葉に合わせて襲い来る角を、瑞科は立て続けにステップを踏んで回避した。その足元の岩肌が、角によってザクザクと抉られてゆく。
 別方向からは、細身のバニーガールが襲いかかって来る。
「死ねよババア! 若作りしやがって、ハタチ過ぎてりゃみんなババアなんだよぉおおっ!」
 岩をも砕くその蹴りを、瑞科はかわさなかった。かわす必要もなかった。脚は、瑞科の方が長いのだ。
 その脚を、振るうだけで良かった。優美な脚線が、修道服を跳ねのけて一閃し、卯年の少女を直撃する。
 蹴り飛ばされたバニーガールが、悲鳴を引きずって宙を飛び、未年の少女に激突する。人外と化した女の子2人が、泣きそうな声を発しながらもつれ合い、倒れ込んだ。
 そこに瑞科は、剣を突き付けた。にっこりと出来る限り優しく、微笑みかけながら。
「そうですわね。女は、あっという間に年を取ってしまうもの……気をつけましょう」
「やめて、お姉様……許して、綺麗なお姉様ぁ……」
「ちょっと、お茶目しちゃっただけだよぅ……」
 少女2人が、抱き合って怯える。
 自分が男であれば心動かされる事もあるのだろうか、と思いながら瑞科は、
「……神の、裁きを」
 容赦なく、聖なる雷を迸らせた。
 細身の長剣から電光が溢れ出し、2人の少女をバリバリバリと包み込む。悲鳴と雷鳴が、同時に響き渡った。
 少女2人が、目を回して倒れた。ウサギの耳もカタツムリのような角も、消え失せている。
「お手数ですけれど……洞窟の入口まで、この子たちを運んで下さる?」
「は、はい……どうも、お世話んなりました」
 亥年生まれの大きな女の子が一礼し、気絶している2人の少女を運んで去って行く。
 男が後回しになってしまうのは、まあ仕方がなかった。