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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 魔眼の娘

 長く艶やかな黒髪を揺らし、家路を急ぐ石神・アリス(7348)は煉瓦造りの宵闇令堂の前を通りかかった。
 ただの店なら興味も持たず、さっさと通り過ぎるのだが……今日はふと、それを見上げて足を止めてしまった。
「……こんなところに、随分時代を感じさせる建物があったなんて。
全く気づかなかったわ」
 不思議な魔力に包まれているこの古ぼけた館、【OPEN】という金属製の小さなプレートが掲げられていることから、どうやら店舗のようである。
 時間もそれなりに遅くなっているし、店舗だとしても閉店準備をしているかもしれない。
 通り過ぎても良かったが、何故か強く興味を持ったアリスは時計を一瞥し、小さく頷いた。
「何か心を掴むような、素敵なものでも見つかるかしら‥‥?」
 多少の期待を込めて、アリスはその重厚な扉を、押し開いた。


「――いらっしゃいませ」
 店に入ってすぐアリスの耳に届いたのは、若い男の声だ。
 カウンターにいる白いシャツの男は、すぐに水を用意し始める。
 いかにもウェイター、という服装と態度だ。
 それを数秒と視界へ入れぬうちに、アリスの視線は店内に走らされていた。
 店の佇まいは小さいものに感じたが、内部は思っていたよりずっと広い。
(あれは……随分質のいいものを使っているわね……)
 テーブルは上質の大理石。気持ち程度の明かりを灯しているシャンデリアの装飾には、透明度の高いクリスタルを使用している。
 棚に入っているグラスのいくつかは、ガラス愛好家たちにとっては垂涎するような年代のものまで見受けられた。
 その他、無造作に置いてあるものまでが高値で取り引きされそうなものである。
 価値を判断できる観察眼は、一流の美術品に囲まれて育ったアリスだからこそ発揮できた物なのだろう。

 店の雰囲気に圧倒されているのだと思ったのか、ウェイターはアリスに声をかける。
「全席空いていますから、お好きな席へどうぞ」
 この通りどこでも、と閑散とした店全体を手で指し示し、入ってきたアリスを見つめるウェイター。
「……想像より広くて驚いたわ。お酒は未成年だから飲みませんけど、
そんなに長居する気もないので、カウンター席でいいわ」
 それにはウェイター……絢斗も意見する気はないようだ。
 カウンターへと近づいて自分の隣の席へ荷物を置くと、スツールに腰かけながら『何があるのかしら』と尋ねたアリス。
「アルコール以外のメニューはあるの?」
「勿論。昼間よりは少ないですけどね」
 メニューを受け取りながら、怪訝そうに眉を上げたアリスに、絢斗は『昼間は喫茶店なんですよ』と説明する。
 だから何だというのか――そうアリスは心の中で呟いた。
 この店が酒場だろうが食堂だろうが、例えどのような商売だろうとアリスには何ら関係のないことだ。
 良い美術品はあっても、割とつまらない店かもしれない。そう思ったときのことだ。

「可愛らしいお嬢さん、外は冷えたでしょう。温かい紅茶は如何?」

 今度は、耳に優しい女の声が耳朶に触れた。
 アリスは思わずメニューから視線を外し、声のしたほうへ顔を向けると……黒いドレス姿の銀髪の女性が、アリスを見つめて優しく微笑んでいた。

 人間にしては少々白すぎるが、きめ細かな肌。
 琥珀のような印象的な瞳の色と淡い微笑みが、この女性を幻想的にも見せている。

 ほんの一瞬、アリスの心はその女性に奪われた。

「……じゃぁ、それをいただこうかしら」
 何事も無かったかのようにメニューを閉じ、謎めいた隣の女性……寧々を一別するとフッと笑うアリス。
「このお店にはあの男の人だけかと思いましたが、貴女のような綺麗な『花』があるなんて思わなかったわ」
「まぁ」
 若いのにお上手ねと言いながら笑みを返す寧々と共に、静かな微笑みを向けたアリス。 
「このお店の常連さんですか?」
「いいえ、この店のオーナー……と言ったところかしら」
 見えないでしょう、と寧々は言いながら、その瞳にアリスの姿を映す。
 そうだったんですか、と感嘆の声を上げたアリスは、先ほどよりもじっくりと店内を見渡した。

「……お店のグラスや装飾も、価値のある物がたくさんありますね」
 こんなに揃えているなんて凄いです、と、年相応の笑みを向けるアリス。
 しかし、これは表向きの笑顔だ。
 実際のところ、この店にあるような美術品に接する機会は少なくない。
 芸術性を感じるようなものは母親の経営する美術館や、
 自身も参加する非合法すれすれの物を取り扱うような、オークションでも目にしたことはある。
「美術品に興味がおありなの?」
 そう尋ねられたときも、ええ、と素直に応じた。
「美術の奥深さに見せられたとでもいうのかしら。
わたくしは美術部の部長も務めている、本当に普通の学生ですよ」
 とはいうものの、アリスはそのオークションの帰りであり、目当ての商品を落札できたことで彼女の心が弾んでいた。
 それに、この女性となら少しは会話を楽しんでも構わないかな、と思う程度には気に入ったようだ。

 ちょうどそこでダージリンの入った白いティーポットが置かれ、
 良いタイミングで言葉を切ることができたアリス。
「――よい作品づくりには、より良い物を見ておく必要があると思うの。
美術館巡りなども好きなの。惚れ惚れしてしまうわ」
 紅茶をカップに注ぎ入れると、紅茶の良い香りがふわりと広がる。
 紅茶の味も思ったよりも良く、アリスは素直にその味を褒めると、
 今まで見た巨匠の絵画の感想、実際に描くことなどの難しさ、色調……美術品について趣味と実益を兼ねた美術の話にも熱を入れながら語りだした。
 その中にも適当な感想や、事実とは誤った見解をわざと残しておいた。

 彼女の知識や性格としてもそれは本当に不本意であるのだが、この程度の女子が『詳しすぎてはいけない』のだ。

 アリスの知識をもってすれば、
 あの巨匠の絵の下には何度も上塗りした形跡があるとか、かの有名な壺と謳われる商品、実は贋作があの美術館に展示されているとか、
 そういった一般が知る由もない情報も握っているが、そんなことを『普通の学生』が知っているはずはないのだ。
 だから、自身の秘密を勘付かれるような間抜けなことはしない。
 彼女は秘密を知られることや情報の漏えいを極端に嫌っており……そう、ある意味恐れているのだ。
 寧々もそれなりに美術には興味があるらしいが、自分が綺麗だと思ったもの以外は、全く分からないという狭い領域らしいが。
「……美しいものは、心が惹かれますよね。わかりますよ」
 アリスはそう言って寧々に同意すると、わたくしもそう思いますから、と口にした。

「美しいものは永遠に残しておく――たとえそれが人間であったとしても、変わりません」
 そこで、アリスは……本当に瞬きの間に消えてしまうくらいの刹那の時間。

 寧々に、何かしら良からぬ思惑を秘めたような笑みを向けていた。

 寧々はそれに気づいているのかいないのか、いつもと変わらぬ様子で、そう、と微笑みを向けていた。
 二人の視線が交わって数秒……アリスはふと、腕時計に視線を落として『あら』と声を上げる。
「――いけない……結構長居をしてしまったのね。喋りすぎてこんなに遅い時間になってしまったわ」
 連絡もしてないから、家族が心配するかも。
 慌てるようなそぶりを見せながらも冷えてきた紅茶を最後に一口だけ飲み、アリスはカップを置くと立ち上がる。
「また、機会があったら是非立ち寄りたいわ。貴女とのお話、とても楽しかったもの」
 それでは、と一礼して店を出ていくアリス。

 白い息を吐きながら、こつこつと冷たく堅いアスファルトに足音を刻んでいくアリス。
(ふふ……なかなか、掘り出し物の有りそうな店だったわ。
あの店の女性……なかなか悪くない。いつか、コレクションに加えたいわね……)
 幻想的な雰囲気のあの女性は石になっても、本来の雰囲気を失わずに置いておけるだろう。
 今は出来ずとも、いつかその機会があるかもしれない。
 その時にはこの魔眼で、気に入ったものを手中に収めることが出来るかもしれない……いや、できるのだ。

 手に入ったときのことを考えるだけでアリスの唇の端は徐々に吊り上がっていき、
 先ほど店で楽しそうにお喋りしていたアリスとは全く違う天使の表情に悪魔の魂を宿し、アリスは嗤う。

「是非またお会いしましょう、寧々さん……?」
 

-END-


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7348/ 石神・アリス (いしがみ・ありす)/ 女性 / 15 / 学生(裏社会の商人)】