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Episode.19.5 ■ 偵察
「それで、ファング。実際の所どうなんだい?」
「何の話だ」
「決まっているだろう。黒 冥月の戦闘能力に、彼らで対抗出来るのかって話だよ」
ドクトルの言葉に、ファングが目を閉じて考え込む。
グレッツォとベルベットの能力と、黒 冥月の能力に戦闘能力。それらを比べて頭の中でシミュレートした。
「……状況と戦い方次第だろうな。各個撃破されるか、一対一ならまず勝てないだろう」
「嫌になりますわね。ベルベットはともかく、グレッツォはあれで戦闘に関しては有能な人材ですわ。ベルベットと組んで戦って、始めて勝敗が解らない程にバランスが取れる、とでも仰るつもりですか?」
ドクトルとファングの会話にデルテアが口を挟んだ。
ドクトルもファングのこの回答には、腑に落ちない部分があるのは確かであった。しかしファングは誰も過大にも過小にも評価しない。
その性格を知っているからこそ、ドクトルはファングがどう答えるのかを待つ事にした。
「怒らせなければ、何とかなるかもしれんがな」
「……はい?」
「昔の話だ。アイツは今まで、二度俺と対峙している。一度目はまだ幼い子供の頃。そしてもう一度が今回だ。前回はまだ幼かったが、俺以外の部下は一瞬で使い物にならなくなった」
「な……っ、何それ……」
「お前達が虚無の境界に来る前の話だ。そして今回は、磨かれた実力と洗練された能力を使う様になっていた。つまり、強くなっているのは間違いないと言う訳だ」
ファングの言葉にドクトルとデルテアが小さくため息を漏らす。
予想以上、と言うべきだ。
下手を打てば、グレッツォもベルベットも屠られる可能性がある。
「まったく嫌になりますわね……。まぁ今回は偵察のみ。下手な真似はしないでしょうね……」
「……あの二人が?」
「…………」
ドクトルの言葉に、それ以上デルテアは答えようとはしなかった。
「マジありえねぇー。ベルベットと一緒とかマジありえねぇー」
「それはこっちのセリフ、かも。フラペアに食べられた方が良いと思う」
グレッツォとベルベットの会話は実に非生産的なものである。お互いにお互いが相性が悪いと判断している二人に、譲歩した着地点というものが存在していない。
《誰もいない街》から出て来た二人は、先程までと似た様な廃工場でそんな会話を続けていた。
困惑させられているのは彼ら二人の部下である。
虚無の境界の幹部連は、基本的にその性格に近しい者や同調する者が多い。グレッツォの部下には猟奇的な殺人を好む者など、何しろ危険思想が多く、ベルベットの部下には、若干電波的な少女が多く存在している。
グレッツォ派は十一名。対するベルベット派は二十名以上という大所帯だ。
ベルベットの部下はどちらかと言うと、ベルベットを嫌っている上に失礼なグレッツォを好ましくは思わない。
他者を威嚇する様な殺意を放つグレッツォの部下達に比べ、呪いにも近い陰湿な殺意を抱くベルベットの部下達は、それをグレッツォに向けている。
「でよぉ、ベル。どうするっつの? 俺っちあんまり細かいの好きじゃねぇから、任せるぜ」
「能力・過去の組織・生活拠点・活動範囲。それに勢力や趣味。全て洗いざらい調べてしまうのが手っ取り早い、かも」
「ケヒッ、俺っち寝てて良い?」
「ダメ。グレッツォは能力と活動範囲を調べさせて。あと私がやらせる」
「うぇー、めんどくせぇ。っつー訳で、お前ら、とりあえず行って来いっつー訳」
突然投げ出された部下達に困惑の色が走る。ベルベットはその横暴ぶりに小さくため息を漏らし、細かく指示を出し始めた。
「グレッツォのトコは活動範囲と勢力を調べて。二手に分かれれば良い、かも。うちのトコは生活拠点と過去の組織の情報。それに、どんな事が好きで嫌いか。細かい事調べて来て欲しい、かも」
「はっ、ベルベット様」
「もう動いて良い、かも。話聞いてて解らなかったなら、フラペアにお仕置きしてもらう」
「ははっ」
ベルベットの部下達は返事をして一斉に動き出した。
「実力やら能力やら見るっつーなら誰か一人差し向けて戦わせちゃったらいーんじゃねぇの?」
「うん。それで良い、かも」
完全なまでの投げやりから、グレッツォが自分の派の部下に向かって口を開いた。
「っつー訳だから。誰か俺の代わりに戦ってきてぇの、いるかー? 俺っちは禁止されてっから、誰でも良いぜー」
「だったら俺に行かせて下さいよ」
一人の男が声を上げる。
黒髪に黒い瞳の、日本人の男だ。十代後半でありながら、その実力を買われている準幹部クラスの実力者。
その勝気な性格を裏付ける様な鋭い眼光に、不敵とも取れる笑みを浮かべている。
能力者としては異例とも取れるが、身体能力が異常に発達した能力者。その筋力を利用したスピードも、純粋に速さだけを競う競技であれば、幹部達にすら勝る程である。
「へぇ。んじゃ、お前で良いわ。やってみ。他はさっさと行けー」
指示を受けたグレッツォの部下達が一斉にその場から散る。残された日本人の男は不敵な笑みを浮かべたままグレッツォとベルベットを見つめていた。
「その相手って幹部クラスの実力があるって言われてんですよね?」
「あ? あぁ、そんな事言われてんなぁ」
「だとしたら、そいつを倒せば俺も幹部入りさせちゃもらえません?」
男の言葉にグレッツォがニタっと笑う。
「ケヒッ、面白そうじゃねぇか。伝えてやんよ」
「約束ですよ」
男が弾ける様にその場から飛び出した。
風圧で揺れるスカートを手で押さえ、ベルベットがグレッツォを見上げて口を開いた。
「グレッツォ、あの生意気なの、フラペアに食べさせて良い?」
「ケヒッ、まぁ良いじゃねぇか。どうせアイツはスピードだけ。まぁ実力はあるからな。勝ったら今回の騒動は終了。負けてきたら、厄介払いで良いっしょ。うん、俺っち天才じゃね?」
「そうね、天災ね」
「なんか違う字で言われた気分なんだけど?」
なかなかに鋭いツッコミに、思わずグレッツォが小首を傾げた。
「でも、実際その黒 冥月とかって人とぶつかったら、彼勝てると思ってるの? ずいぶん威勢のいい殺気で堂々と出て行ったけど」
「ま、十中八九勝てねぇだろーな」
グレッツォが当たり前の様にそう告げた事に、ベルベットは一瞬逡巡する。
「だからよ、アイツ――“リュウ”は噛ませ犬にちょうど良いってな。それなりの実力もねぇヤツじゃ、ファングのダンナと引き分けに持ってったヤツと戦っても、相手にならねぇだろうしな。それに、何でもエヴァのお嬢に助けられたみてぇじゃねぇか。いくら何でもファングのダンナが一方的にやられる様な戦いをする相手だ。勝てるなんて思っちゃいねぇんだよ」
ベルベットは知っている。
グレッツォが間髪なく喋り続けるというのは、真面目に本音を語っている時のみである事。故に、ベルベットは、冥月に対して興味を抱いた。
あまり気にしていなかった事だ。
ファングが怪我をした。そして、その相手が黒 冥月だったという現実以外には、ベルベットの興味が及ぶ事はなかった。
しかし、今まさにグレッツォの言葉を聞いて、真相を知った。
「……それ、私とフラペアでも倒せると思えない、かも。そうでしょ、フラペア?」
ベルベットの腕の中に抱かれていたぬいぐるみの眉根が下がった。
◆ ◆◆ ◆◆ ◆
夕闇で助かった。
冥月はそう思いながら武彦の部屋の窓から屋上へとするりと飛び出た。
こんな姿をご近所様方に晒せば、今後冥月は『草間さんトコの綺麗な女探偵さん』から『草間さんのトコの可愛いネコ娘ちゃん』に危うくグレードダウンする所だ。
もちろん、そんな事を危惧しているのは冥月だけなのだが。
「それにしても……」
夜風の向こう側から現れた殺気。
「まるで野生の狩り慣れていない獣だな。いくら何でも馬鹿でも気付くレベルだ」
冥月は静かに思考を巡らせた。
その殺気と同じ場所に神経を注いだおかげで普通ではない気配が幾つか、方方に散っている事は理解出来た。
もちろん、これはあくまでも気配だけなので、能力を使って一人ずつ潰していくという訳にもいかず、そもそも猫セットのおかげで能力は使えない。
「……隠す気がないのか、はたまた隠す事も出来ない程に馬鹿なのか。何にしても、さっさと終わらせてこの玩具から解放されなくてはな」
語尾に「ニャ」をつけて話さなくてはならない、というのは不便だが、それでも冥月の中では幾分楽だ。何せ、武彦との想いが通じ合った後なのだから。
武彦からの告白と、そしていつもの笑顔。
思い出しただけで頬に朱が差し、口元はだらりと力なく開き、尻尾がくねくねと踊りだす。
「……はっ……! い、いかんいかん……。相手は馬鹿でもそれなりの実力はありそうだ。気を引き締めなければ……」
ぽふん、と自分の頬を肉球で叩く冥月。どうにも閉まらない気分ではあるが、この程度のハンデを背負った所で気にする必要はなさそうであった。
屋根伝いに、周囲に散った気配を追いながらも一番強く自分に向けられている殺気を見つめ、冥月が駆け出す。
to be countinued...
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ご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。
虚無側も動き出しましたw
猫セットをつけた冥月さんは一体どうなるのでしょうか……!
まさかの猫パンチ……!?
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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