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<東京怪談ノベル(シングル)>


選ばれし者

 抜けるような晴天。雲ひとつなく何の穢れさえも知らないその空の下、沈む人々の姿があった。
 照りつける太陽の暑さを感じつつ、水面にはつい数時間前に墜落した航空機の黒い油が一面に広がり、それらを見詰める人々の気持ちと同じように暗い影を落としていた。
『ダイヤモンドダストや北狐の皆さんとももぉすぐお別れ♪私、うんっっと暖かい所に行くんだ☆てーねちゅーがく三年二組白瀬さゆきっ』
 この場に似つかわしくない故人の明るい声が辺りに響く。その声が、より一層この場にいた全員の悲壮感を駆り立てる。
「どうしてこんなことに……」
 すすり泣く人々の中にそう呟きながら供花を海に投げ入れる者がいる。
「ちくしょーっ! 何でなんだよ!」
 虚空を見上げ、溢れる涙もそのままに怒号を上げる者がいる。
 この場にいる全員が級友を偲び、悔やみ、そして涙に暮れていた……。


             ******

 賑やかな街並みが広がる札幌市内。
 普段は多くの人で行き交うはずのこの場所は、今は騒然としていた。
 あちらこちらから火の手が上がり、怪我人たちが危機迫った表情で逃げ惑っている。
「おかぁさーん! おかぁさーん!」
 焼け焦げた臭いが立ち込め、鎮火しない火の海の中で親からはぐれた幼子が泣きじゃくりながら母を呼ぶ姿があった。
 黒い煤が立ち上る空。その空には、突如として現れた怪魚の群が湧き、制空権をそれらによって奪われた。
 飛び交う怪魚の群は火を吹きながら飛んでいる。その中で少女は尚一層激しく母を呼び続ける。
「お母さーんっ! どこーっ!?」
「キミ! ここは危ないよ! 早くこっちへ!」
 大声で泣き叫び、母を呼ぶ少女を通りがかりの男性が腕を掴んで強引に避難場所へと連れて行く。
 少女は抵抗をするが男性の力に敵うはずもなく、避難所へと連れて行かれたのだった。
 後に、この男性は沙雪の里親となり彼女を養っていく事になる。


         *****


「丸坊主なんてイヤっ!」
 沙雪は声を荒らげ、引き戸式の玄関のドアを力任せに開いた。
「待ちなさい! 沙雪!」
 男性の呼び止める声が背後から聞こえるが、沙雪はそちらを一度振り返ると思いっきりアッカンベーをして家を飛び出した。
 手には大きな荷物が一つ握られ、一心不乱に歩を進める。
 沙雪は、里親である叔父の寺を継ぎ、丸坊主になることがイヤで仕方が無かった。
 つい昨日の夜、沖縄に住む叔母に「そちらに移り住み、高校、そして豪州のサーファーズパラダイスの大学に行く旨を叔父に内緒でこっそり話していたことが、うっかりバレてしまい喧嘩になっていた。
 今朝になってもその喧嘩は収まらず、沙雪は反対し続ける叔父を押し切って家を飛び出したのだ。
「あたしは留学するんだから! お寺なんて絶対継がないわ!」
 そう豪語しながら歩き出した沙雪の足は、一路千歳空港へと向かっていた。


 千歳空港では、沖縄行きの旅客機が駐機していた。大型のジャンボジェットで、その飛行機の両脇には対スカイフィッシュ用の戦闘機が2機控えている。
 搭乗手続きを済ませた沙雪は、出発ロビーで彼女を見送りに駆けつけた友人達と出発までの時間を潰していた。
「お前、ほんとに行くのか?」
「うん、あたし先々はサーファーズパラダイスに留学するんだっ♪」
 明るく語る沙雪に、呆れた表情を浮かべる男子生徒が溜息混じりに呟いた。
「なんだ。うんと暖かい場所ってそこのことかよ」
「そうだよ。変?」
「別に変じゃねぇけど…」
 困ったように言う男子生徒とは別に、傍にいた女子生徒があまり感心しないような顔で口を開く。
「っていうか、このご時世に良く飛行機なんかに乗れるよね」
「だって……」
 友人の言葉に反論しようと口を開いた時だった。聞き慣れた荒々しい下駄の音が耳に飛び込み、思わずその場にいた全員でそちらを振り返った。
「むぁたんかぁああぁぁぁーっ!!」
 何の恥じらいもなく、凄まじい形相でゲートに乱入してきたのは、沙雪を追いかけてきた叔父だった。
「うわっ! やば……!」
 顔が引きつりそうになりながら後ろを振り返ると、飛行機に乗り込める時間帯になっていることに気が付き、沙雪は急いでそちらに走り出した。
「それじゃ皆! またね!」
「沙雪ーーっ!!」
 耳障りなほど大きな怒鳴り声を背に受け、沙雪は飛行機に飛び乗ったのだった。
 まさかこれが最後の姿になるなど、その場にいた全員は然り、本人でさえも知るはずもかった……。


               *****

 波の音だけが響いてくる。
 意識が朦朧としている沙雪は、壊れた飛行機の破片の上に全身血まみれになってぐったりとしていた。
 あぁ、自分は夢をかなえることもできず、このまま死んでしまうんだな……。
 自分を狙って空を旋回している怪魚の群をぼんやりと見詰めたまま身動きが取れない。
 やがて旋回していた怪魚たちは、沙雪に狙いを定め降下し始めた。
 沙雪はもうどうすることもできないのだと諦め、その目を閉じようとしたその瞬間。大きな影が沙雪と怪魚の間を素早くすり抜けた。
 閉じていた瞳を開きそれを見ようと力を振り絞ると、次々に怪魚が海の中に沈んでいく姿が見える。
 大きな鉄の翼を持った竜のごときその背には、一人の女性が跨り取り付けられた手綱を鮮やかに裁いて怪魚に立ち向かう。
 目標を変えた怪魚たちはその女性に標的を変えて追いかける。
 女性は手綱を軽やかに捌き、空を大きく弧を描きながら颯爽と飛び去っていく。その傍から攻撃を加えられた怪魚たちは、まるで雨のように海の上に降っていった。
 一度上空に舞い上がり、大きく羽ばたくと翼下の機銃で次々に怪魚たちを倒していった。
 怪魚たちが怯んだところを、女性はすかさず手綱を裁き沙雪の傍に降りてくると彼女の体を抱え上げて微笑んだ。
「大丈夫よ。治してあげるわ。新しい体を与えてあげる。うんと綺麗な女の子になろうね」
 遠退く意識の向こうで、女性がそう言ったように聞こえた。
 女性は沙雪を抱き締めて、襲い来る怪魚たちを振り切りその場から立ち去った。
「銀河戦線・航空翔洋軍団司令部へ! 士官候補生を確保。逸材よ」
 飛行しながら、飛竜の背に備え付けられていた発信機を作動し司令部へと伝言を送る。
『よくやった。で、その候補生とやらは大丈夫なんだな?』
「うん☆ 私のイチオシよ」
 女性は意識のない沙雪を抱き締めたまま、嬉しそうに微笑んだ。