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Episode.9 ■ それぞれの一手目
「――とりあえず、増え始めた妖気について調べてみようと思ってる」
武彦の言葉を聞いたアリアは、その言葉を聞いて小さく頷いた。
「……行方不明者は?」
「手をつけなきゃいけないのは事実なんだがな。どっちにしても、無関係とは思えない。おかしな話かもしれないが、今回の件、まるで人間が減る分だけ妖怪が増えている様にすら思えて来てるんだ」
「……うん、そうかもしれない」
「だからこそ、色々な方面から調べなきゃいけねぇんだ。アリアは妖怪が何をしているのか調べてくれ。人間の方は俺が今色々な所に当たって情報を集めてるんでな」
「……うん、分かった」
そう告げると、アリアは草間興信所を後にした。
武彦がアテにしている情報源。それには、先程ルカが接触した白王社・月刊アトラス編集部もその数に入っているのだが、その時のアリアやルカがそれを知る由もない。
互いに違った場所からではあるが、徐々に事件に向けてそれぞれに動き出そうとしていたのであった。
◆ ◇◆ ◆◇ ◆
ルカはアイス屋に帰って来て名刺を見つめてリビングで寝転んでいた。
「雑誌の編集者……。アイツ、アタシが人間じゃないって気付いてた……よな」
先程すれ違った女性、麗香。人間である事は間違いないが、それでもルカの正体に気付き、そのまま放っていくという、人間としては少々奇特な存在に、ルカはどう対応するべきか決めかねていた。
「あら、ルカちゃん。お帰り」
「あ、ただいま」
リビングに顔を出したのはアリアの母であった。
「おかしいわねぇ……」
「……? どうしたの?」
「ルカちゃん、パパ見なかったかしら?」
「え……? そういえば最近ずっと見てなかった様な……」
「そうなのよねぇ。帰って来ないのよ〜」
「そ、そんなリアクションで良いの……?」
あまり焦る様子でも心配する様子でもないアリアの母の様子に、ルカが思わず疑問をぶつける。
「そうねぇ。仮にも私のダンナ様だから大丈夫だとは思うんだけど、連絡もなく家をこんなに長い事空けるなんて今までなかったのよねぇ」
「何処に行ってるのか、心当たりもないの?」
「そうねぇ」
ルカはしばらく考え込む様にその場で唸り出した。
人間社会の常識には疎いルカではあるが、これには間違いなく何かが絡んでいるだろうという違和感は感じていた。
突如として行方をくらませたのが、アリアの父。そんな身近で起きた事件に、ルカは何処かで嫌な予感を感じながら、それを噛み殺す様に小さく息を飲んだ。
「行方……不明……? あ、そうだ……」
不意にルカは今しがた眺めていた名刺を見つめ、思い出す。
『最近頻発している、行方不明者続出の事件を追ってるのよ。何か知らないかしら?』
それは麗香の言葉だ。
「ねぇ! 携帯電話貸して!」
「え? 良いけど、どうしたの?」
アリアの母がポケットからそれを差し出すと、ルカは早速携帯電話を受け取り、名刺に書かれた携帯番号に電話をかけた。
『もしもし』
「さっき会ったわよね?」
『……あぁ、さっきの赤毛の子かしら?』
「そうよ」
電話越しに麗香が納得する。独特な強気な少女の声に、麗香はすぐにその判断に及んだのだ。
『それで、どうしたの?』
「行方不明者がこっちでも出てるわ。何か情報が欲しいの」
『情報、ねぇ……。何かネタになる様な情報を差し出せると云うなら、話してあげても良いわよ』
交換条件を持ち出される事を予想していなかったルカが、その言葉に逡巡する。
『難しいかしら?』
「情報らしい情報なんて……」
『そう……。どっかの探偵が妖怪がどうとかって言ってたけど、そういう事でも良いのよ?』
その言葉が武彦を指している事などルカには理解が及ばなかったが、ルカは妖怪という言葉を聞き、ある男の存在を思い出す。
――ルカに催眠術をかけて洗脳していた、あの呪術師だ。
あの男が関係していた、“虚無の境界”。そこからなら妖怪の情報は手に入るかもしれないと考えたのだ。
「良いわ。じゃあ、夜までにもう一度電話かけるわ」
『そう。待ってるわ』
切られた電話を見つめて、ルカがアリアの母に向き直った。
「これ、借りてて良い?」
「えぇ、いいわよ。アリアの番号も入ってるからね」
「うん、分かった。ちょっと出掛けてくる!」
ルカは弾ける様にアイス屋を飛び出した。向かう先は、虚無の境界と落ち合う時に使っていた場所だ。洗脳が解けている事さえ知らせなければ、どうとでもなるだろうと考えたルカであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……機は刻々とその実を熟れさせている。鍵屋、貴様のおかげだ」
光は壁にかけられた燭台に灯された、僅かな蝋燭のみ。
ゆらゆらと揺れるその灯りは、二人の影を上下左右に伸び縮みさせながら、赤い絨毯の上に照らし出していた。
「別に私は貴方たちが何をしようとしているのかなんて興味ないわ。興味があるのは“あの装置”だけ」
セーラー服にコートを羽織った少女――“鍵屋 智子”が媚び諂う事もせずに答えた。
「フ……クククッ、まるでなびく気はなさそうだな、鍵屋。まぁ良い。今回は利害の一致。元より手を組む気などないのだろう?」
「そうよ。もうここには私も用はないわ。短い間だったけど、楽しませてもらったわ、“鴉”」
鴉と呼ばれたのは二十代後半程度の男。その名に相応しい烏の濡れ羽色に似た黒髪と黒い瞳。その年齢も素性も、一切知られていない。
それでも、この“虚無の境界”を動かす力を持っている男。
それ故、智子は鴉に対して一目置いている。
盟主――巫浄 霧絵以外に虚無の境界の手練れを動かせる男。それだけでも智子にとっては興味深い存在なのだ。
「良いさ。それはお互い様だ。貴様が誰かに口を滑らせる様な事もないだろうしな。口封じに消す事も考えたが、それは徒労に終わりそうだ。今回は綺麗な関係でいようではないか」
「……そう。まぁ面倒事は御免だもの。そうしてくれるに越した事はないわ」
鴉へとそう告げて歩き出した智子が、不意に足を止めた。
「……解ってるとは思うけど、『焼き写し』とオリジナルの接触には気を付けなさい。下手に接触されたら、オリジナルに“取り返される”わよ」
「無論解っている事だ。一応その忠告は改めて肝に命じておくとしよう」
「それが賢明ね。それじゃね」
カツカツとローファーを踏み鳴らして鍵屋は歩く。
智子が関わっていたのは、かつて呪術師がその発明に取り組んでいたとされる『タイムマシン』の研究であった。
智子の知識から、検証を重ね、改良を加えてきたそれは、一応の完成を見せた。
しかし、それは『タイムマシン』は使用の際にある条件を満たしてしまうと副作用を発生させるという側面を持った。
とは言え、その副産物として生まれた『タイムマシン』は、結果として虚無の境界にとっては朗報をもたさらせる事になった。
※ 一日以上の時を飛ばされた生物が再び元の時間軸に戻る際に起きる副作用。それにより、『もう一人の自分』が焼き付き、この世に存在するようになる。
※ “世界”が二つの存在を許さず、『元になった存在(オリジナル)』を消滅させる事で、バランスを保とうとする、世界の定義への抵触。
※ オリジナルが助かる為には、『焼き付きによって生まれた、もう一人の自分(ドッペルゲンガーの様な者)』とハグをしなければならず、一週間と経たずに消滅する。
「酔狂……と、誰もが思うでしょうね。こんなに楽しいと思えるなんて」
クスっと笑った智子の言葉は誰の耳にも届かずに、虚空へと消えるのであった。
―――。
一方で、鴉は一人で目を閉じ、笑みを浮かべる。
『タイムマシンを使う』というあの呪術師の考えによって、より虚無の境界としての目的に近付く工作が出来たのだ。
これを嗤わずしていられるものか、と口角を上げていた。
「……増える妖怪達に、消える人々。『虚無』の生贄となれる事を誇りに思うが良い」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……人々の行方不明に、妖怪の大量発生。これに関係しているのは一体何だ……?」
武彦は一人、事務所で改めて思考を巡らせる。
「……何か。何かが繋がっている気がしてならない……。アリアが関係している事、か? いや、今回の件とアリアは何も……――」
そう呟いた所で、アリアが関係した呪術師の存在を思い出し、武彦が口を開いたまま固まった。
「……タイムマシン……だったか……。それに虚無の境界が関わっているんだとしたら……?」
詰まった時は、保留にしていた案件から当たるべし。
それは、武彦が探偵として動く上での信条の一つであり、原点であった。
「……虚無の境界の差し金なら、妖怪が関わるのも説明出来る、か」
怨霊や妖怪の類を利用する事もある虚無の境界。武彦の勘が、閃きが、そこに一つの道標を見出そうとしていた。
to be countinued...
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ご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。
頂いた設定を整理し、今回の5話分でプロットを決めさせて頂きましたので、
これから数日に分けて執筆、お届けさせて頂きます。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、これから5話分、改めて宜しくお願い致します。
白神 怜司
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