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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.10 ■ 刻限






「……以上が、アタシが手に入れてきたネタよ。虚無の境界の関係者から捻り出した情報だから、嘘や偽りって事もあるかもしれないけど、辻褄が合うと思う」

 東京都某所。ビルをまるまる使っている白王社の、月刊アトラス編集部に訪れていたルカは、麗香に向かって手に入れた情報を伝え、返答を待った。

「……熱を動力にするタイムマシンに、『焼き写し』……。存在が二つに変わってしまう現象――言うなれば、ドッペルゲンガー現象って所かしらね」

 メモを取りながら麗香はブツブツと呟いた。

「どう? 行方不明者たちとの関係はありそう?」
「……そうね……」

 ルカの問いに、麗香は静かにため息を漏らして呟いた。

 この現象の概念は理解出来る。しかし、それが今回の行方不明騒動とどう関係しているのか、いまいち繋がるきっかけが足りない。
 麗香はそのすっぽりと空いた穴を埋める材料さえあれば、と小さく思考を巡らせた。

 そんな折、麗香の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

「っと、ちょっと待ってね」

 ルカが頷いて答える姿を見て麗香が携帯電話に表示された名前を見つめ、電話に出た。
 今回の件で別行動になりながらも情報を集めている、武彦からの着信であった。

「もしもし」
『よう、今平気か?』
「えぇ。何か進展あったの?」
『まぁ、な。そっちはどうなんだ?』
「おかげさまで、情報は得られているわ。でも、どうしてもピースが一つ足りないって所かしらね」

 麗香が煙草を咥え、紫煙を吐き出した。

『今何処にいる? 編集部にいるなら、俺も近くにいるから顔を出す。そこで一度、情報を持ち寄り合って話し合わないか?』
「情報交換、ね。良いわ」
『十分程でそっちに着く』

 武彦からの電話を切った麗香は、ルカを見つめて小さく笑った。

「パズルのピースが揃いそうよ。きっと情報を得られるわよ」

 誰と電話をしていたのか知らないルカも、その言葉に思わず小さな期待を胸に灯す。

 その瞬間だった、背後に人の気配を感じ、ルカは振り返った。

「ふぅ、ギリギリセーフですね」
「あら、桂。いたのね」
「今着いたばかりです」

 白いコートを着た中性的な顔立ちの桂の姿は、まさに性別の判断がつきにくい容姿をしている。
 しかし、ルカの視線は桂の背の後方――つまり、桂の気配を感じた場所を見つめ、その違和感に気付いた。

 それはかつて、呪術師がタイムマシンを使った時に残った、空間の歪みの残痕。それと似たモノがある事に、ルカは気付いていた。
 ルカが何をしたのかと探る様に桂を見つめると、右手に握られた懐中時計が魔力を漂わせている事に気付き、桂の顔を見つめた。

「……面白い物、持ってるじゃない」
「これはボクのお祖父ちゃんの遺品でしてね。なかなか古めかしいでしょう?」
「……そう、ね」

 あくまでシラを切るつもりなのか、とルカは懐疑的な眼差しを桂に向けた。桂もその視線に気付いたのか、はたまたルカの存在が人間とは違う事に気付いたのか、僅かに目を細めた。

「編集長、この子は一体?」
「行方不明事件の情報と引き換えに、情報を提供してくれたルカちゃんよ。なかなかに興味深い情報をくれたのだけど、ね」
「興味深い情報、ですか?」
「えぇ。『タイムマシン』についての情報、とかね」

 桂はその言葉に、ルカが何故自分に懐疑的な視線をぶつけていたのかを理解した。

「……なるほど。ボクと“似た”物を使う存在がいる訳ですね」
「やっぱり“それ”もそうみたいね」
「……?」

 桂とルカの間で行われるやり取りに、麗香は軽く首を傾げた。

 麗香は知らない。
 桂がいつも神出鬼没であり、いつの間にか編集部に顔を出している事には大した違和感を持とうともしなかった。
 三下という部下がいる為に、影が薄い存在には興味がないとも言えるのだ。

 二人が口を開こうという所で、編集部の扉が開かれ、武彦が姿を現した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「鴉。首尾よく動けているみたいね」

 真っ暗な闇の中からヒールを踏み鳴らしながら響いた声に、鴉は椅子から立ち上がった。
 艶っぽい声の色気と、空恐ろしいとも思える冷たい口調。この声を鴉が聞き間違えるはずもなかった。

「盟主様。首尾は上々です」

 つい先程まで智子と話していた場所。蝋燭の炎に揺られる薄暗い部屋の中、虚無の境界の盟主――巫浄 霧絵が姿を現した。

「フフ、座ってて良いわよ。様子を見に来ただけ、だもの」
「いえ、そうはいきません。どうぞ」

 自身が座っていた椅子を譲り、そこに霧絵を座らせた鴉は跪いて霧絵を見つめた。

「呪術師。あの男の使った『タイムマシン』によって、すでに周辺数十キロ範囲の『焼き写し』が行われ、入れ替わった人間達は“向こうの世界”で集めてあります」
「そう。じゃあ“贄”としては役立ってくれそうなのね」
「はい。入れ替わりの存在はすでに妖怪に食わせ、残るオリジナルのみを“贄”としている為、『虚無』の復活への下準備は滞りなく行われています」

 鴉はそう告げて、嬉々とした表情を噛み殺す。
 全てが順調であり、その全てが目的へと向かって進んでいるのだ。それは、虚無の境界にとっても鴉にとっても悲願。

 故に、鴉は嗤う。

「“贄”の監視はどう?」
「えぇ、『アリア』がしっかりとやってくれています」
「氷の女王の血脈、少女だったわね。オリジナルが仲間になった、という訳ではなさそうね」
「はい。こちらの味方になったのは『焼き写し』の方です。消滅を間近に控えた『呪われた』オリジナルなど、捨て置いても問題はないでしょう」

 霧絵に向けた鴉の言葉は、すでに自信に満ち溢れている。

「なら良いわ。あとは貴方に任せるわ」
「ハッ、お任せ下さい」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「――どういう事!?」

 武彦の情報と、麗香やルカの情報を統合した結果、すでに四人は全ての答えに辿り着こうとしていた。
 だからこそ、その馬鹿馬鹿しい程に現実離れした現実を前に、麗香は声をあげるのだった。

「タイムマシンによって、行方不明者と妖怪は“入れ替わった”という可能性が高い。そう考えれば、虚無の境界が関係している事も説明がつくだろう」
「一体何の為に……!」
「単純だ。『虚無』の復活の為の生贄を必要としているんだろうよ」

 吐き捨てる様に武彦が答える。

「恐らく『タイムマシン』は何らかの副作用をもたらす代物になってんだろうよ。その“副作用”をあえて利用した事件。それが、今回の事件のキーとなる部分だろう」
「副作用?」
「……アンタ、何か知ってるんじゃないの?」

 武彦と麗香の言葉を聞いていたルカが、桂に向かって投げかける。

「……そうですね。これのおかげで、その“副作用”は少々思い当たる節があります」
「桂、その懐中時計……」
「えぇ。碇さんには黙ってましたが……。実はこれも、今話題に上った『タイムマシン』と似た道具なのです。いや、『魔具』と呼ぶべきでしょうね」
「……魔具?」
「その話はいずれ。“副作用”について、ですが……――」







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「……凍れ」

 真正面にいた黒い小さな鬼に向かって、アリアは手を翳して呟いた。
 ビキビキと鈍い音を立てながら、小さな鬼の身体が氷によって覆われ、やがてその場に氷像となって動かなくなった。

 町中に増えた妖怪達とぶつかり合いながら、アリアは自身の違和感に気付いていた。

 氷の力を使う事に問題はないものの、うっすらと指先がぼやけている。

 氷鎚とも呼べる大きなハンマーを具現化し、さらに襲いかかる妖怪を殴り飛ばし、空気中に幾つもの氷の刃を具現化させ、グルっと周囲を回転させて薙ぎ払う。
 十はいたであろう妖怪達が、瞬く間にアリアによって殲滅させられていた。

「……おかしい、感じ……」

 アリアが自身の指先を見つめて呟いた。

 そんな折、ポーチの中から携帯電話の呼び出し音が鳴り響き、アリアは携帯電話を手に取った。

「……もしもし」
『アリア!? アンタ今何処にいるの!?』
「今……どこ?」

 周囲を見回してアリアが逆に尋ねるという状況に、電話をかけてきたルカは重いため息を漏らした。

『アリア、時間がないの! アンタ、このままじゃ消えちゃうかもしれない!』
「……?」
『アンタを連れて、異界に飛ぶわ! アンタは“アンタ”と会わないと大変な事になるのよ!』
「……ルカ、熱あるの?」
『ないわよ! とにかく、今から言う場所に来なさい! 場所は……――』
「――……うん。分かった」

 あまり危機感のないアリアを急かす様に、ルカはアリアに白王社の場所を告げた。

 ぼやけている、とアリアが感じていたその指先は、すでに“世界の定義”が動き出している前兆である事を、この時のアリアは知らない。







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