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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.11 ■ 二人のアリア






 ――時は遡る。


「ここだ……」

 火山の火口へと訪れた呪術師は、背負っていたバッグから円筒型の物体を取り出した。筒に入ったそれは、おおよそ直径二十センチ。長さにして五十センチ程度の物だった。
 それこそが、彼が持っていた『タイムマシン』である。

「火山……。これならば、膨大な熱量で起動する条件を満たし、目的は達せられる……!」

 呪術師は口角を吊り上げ、歪な笑みを浮かべる。

 彼の目的は、『タイムマシン』の超動現象。
 人類の消滅を願う呪術師は、妖気のある山の極熱に浸せば時が加速し続け、地球上の全生物が老衰死する結果に辿り着くと考え、それを実践する為にこの『火山』へと訪れたのであった。

 ――しかし、そこで予期せぬ二つの事態が巻き起こる。

「――ッ!! 何だ、あの光は……!?」

 火口へと投げ込まれた『タイムマシン』が唐突に、直視出来ない程の光量を発し、呪術師は顔を覆った。

 確かにこの時、呪術師の目論見通りに『タイムマシン』は超動現象を引き起こした。
 しかし、熱加速に限界が来て、数か月時が飛んだ辺りで機能を停止してしまったのだ。

 これには彼も、予想をだにしていなかった為に膝から崩れた。


 しかし、その直後でもう一つの予期せぬ事態が訪れたのであった。


 時間の流転を急速に発した『タイムマシン』は時空に“歪”を生み出してしまい、それによってこの『火山』は『雪山』へと変わってしまった。


 しかし、オリジナルであった彼はそれに気付かない。
 自分もまた、『タイムマシン』の生み出した時空の歪の向こう側へと飛ばされてしまったのだ。


 『現行世界』に現れた雪山。元は火山であり、呪術師が『タイムマシン』を投げ込んだその周辺数十キロには、その影響が及び、異界の雪山と人間以外が入れ替わったのであった。

 当然、その範囲内にいた人間たちやアリア。そして、偶然にも取材に訪れていた三下は範囲内にいた事から『焼き写し』に巻き込まれ、その存在が二つとなってしまった。


 ――全ては呪術師が一人で起こした行動であったのが、全ての始まりであった。


 この事態を逸早く察知し、利用したと考えたのが虚無の境界の鴉であった。

 『焼き写し』された人間たち――つまりはドッペルゲンガーを妖怪の媒体にし、この『現行世界』に大量に妖怪を出現させるに至ったのだ。

 元々、この世界のオリジナルとは違う彼ら《ドッペルゲンガー》は、オリジナルの消滅が完了するまでは非常に不安定な存在であった。
 世界がその存在を認め、“定義”を書き込む事が起きる前に、鴉はその不安定な存在を“上書き”する事に成功したのだ。

 それは、彼の持つ異能が成せる業。

 彼の持つ異能とは、『死屍操作』と呼ばれ、死んだばかり遺体などを妖怪に変える力であり、それがドッペルゲンガーには有効であったのだ。
 生者として認識されていないドッペルゲンガーは、次々と鴉によってその存在を書き換えられた。

 こうして、虚無の境界はこの“不測の事態”を利用する事に成功したのだ。




「……こんな所、かしらね」

 鍵屋 智子はそのレポートをパソコンに打ち込み、マグカップに注がれたコーヒーを口にした。
 『タイムマシンの性能と副作用』と書かれたこのレポートは、いずれ何かの役に立つだろう。そんな考えから、智子はそのレポートを作り上げていたのであった。

「……しかし、見れば見る程に面白い現象を引き起こしてくれたのね、『これ』は」

 智子は小さく笑いながら、自身の部屋に置いてある円筒型の道具を見つめて呟いた。

 それは、呪術師が火口に投げ込んだ物と同じ物。
 智子はすでに、それを改良・複製する事に成功していたのであった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「……どっぺるげんがー?」
「そうです。『タイムマシン』によって二つの存在が平行してしまったと考えられ、アナタはその存在を捕まえない限り消滅してしまうでしょう」

 白王社、月刊アトラス編集部にてアリアは桂とルカ、武彦と麗香を前にその事実を突き付けられていた。

「ボクもこれを使って時空間を行き来してます。なので、その事態が訪れない様にいつも危惧し、その影響を最小限に留めてはいるのです。ですが、虚無の境界がそんな事に気を回すとは考えられません」
「影響があったとしても、問題はないって事か」

 武彦の言葉に、桂は小さく頷いて答える。
 対するアリアは相変わらずのきょとんとした表情で、桂の懐中時計を見つめていた。

「でも、桂。あなたが言った通りだとすれば、そのドッペルゲンガーってのに会わなくちゃいけないって事よね? 何処にいるのか見当はついているの?」
「恐らく、雪山となってしまったあの火山でしょう。空間の歪みが発生して異界と入れ替わってしまったと考えれば、そこまで不思議はありません。あの雪山に、本来この世界にあった火山とを繋ぐ歪は今も残っているはずです」

 桂の言葉に、アリアは首を傾げていた。
 正直な所、アリアにとってはあまり興味が沸いていない話ではある。むしろ実感していない、というのが本音ではあるのだ。

「アタシがいた火山ね。って事は、アタシも元々、異界の住人だったって事、なのかしらね」
「でも、そうなると何でルカはこっちの世界に来たのに消えてないんだ?」
「異界から何らかの力がきっかけになって弾き飛ばされた可能性があります。恐らく、『焼き写し』が成されなかったのでしょう」
「……なるほどな。元々は二人存在する事がネックになる現象か。つまりルカは、こっちの世界に元々いない存在だったから、『焼き写し』にも合わず、偶然弾き出されてこの世界に来たって事、か」

 アリアの母が言った、絶滅していただろうという話は確かに合っていた。
 だからこそ、ルカはこの『焼き写し』の現象とは無縁であり、この世界で生き永らえる事が出来たのであった。

「詰まる所、そこのアリアちゃんが助かる為には、その雪山に行かなくちゃいけない。それに、もしその説が正しいのであれば、行方不明者はその異界とやらの火山に軟禁されている可能性があるって事?」
「色々気になる事はありますが、恐らくはその通りでしょう」
「ねぇ。入れ替わった妖怪ってのを殺したらどうなるの?」

 ルカが尋ねたのは至極当然な疑問であった。

「特に問題はないでしょう」
「じゃあ、ドッペルゲンガーとなった存在である妖怪や相手を倒して消滅させれば、オリジナルが消えずに済むって事?」

 桂はそのルカの言葉に首を横に振って答えた。

「今回問題になるのはアリアさんです。消えた人間達はドッペルゲンガーを妖怪化され、存在が重なる事はありません。よって、消される事はありません。ですが、アリアさんはすでに消滅が始まっている様です。つまり、ドッペルゲンガーはアリアさんとして、異界にいると考えられます。それに、倒した所でそれはすでに世界の判断に委ねられているので、助かるとは……」
「行方不明になってる人間達は生きてる可能性が高いが、アリアを助ける為にはドッペルゲンガーと会わなくちゃならないって事か……」
「アリア、行くわよ!」
「……うん?」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「そうですか……。はぁ、やっぱりアナタも……」
「えぇ。気が付いたらここに……」

 アリアの影を追って歩いてきた先に、氷で覆われた鉄格子。それを見つめながら、多くの人々が膝を抱えて座り込んでいる中で、アリアの父は三下と共に話し込んでいた。
 事態は把握出来ていない上に、この監禁状態。そんな状態で、平然としていられる程に人は強くない。

 混乱し、泣き叫び、そしていずれ力尽きたかの様に人々は項垂れているのであった。

 思わず氷を見て、妻や娘の事を思い出したのは当然と言える反応であった。

「――ッ、アリア……! アリア!」

 氷で覆われた鉄格子の向こうにいるアリアを見かけ、アリアの父は慌ててその場へと駆け寄った。しかし、分厚い氷の向こうにいるせいか声は届かず、アリアはそれに見向きをしようともしない。

 何故自分の娘がいるのかも、どうして自分たちとは違う、氷の向こう側にいるのかもアリアの父には理解が出来なかった。

「アリア! 聞こえないのか!? アリア!」

 氷を叩いてみても、その分厚い氷はビクともせず、音すら響き渡らせない。
 娘が何に関係しているのかは解らずとも、アリアなら氷を溶かして自分達を救える。そう考えたアリアの父は必死に氷の壁を叩き続けていた。

「だ、ダメですよ! そんなに殴ってたら、手が!」
「は、放してくれ! あそこにアリアが……! 娘がいる!」
「む、娘さんですって?」
「アリア! アリア!」

 アリアはその声に気がつく事もなく、何処かへ向かって歩いて行くのであった。





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