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<東京怪談ノベル(シングル)>


【掃討作戦】―潜入






 ――【教会】専用戦闘潜水艇。
 瑞科の行動をサポートする為に、太平洋海中に潜り込んだ一隻の潜水艇。今しがた船からボートで出立した瑞科の行動を、衛星カメラを使って確認し、更に別のモニターではケープの留め具についた小型カメラからの映像を見つめている。

「白鳥 瑞科、現在敵本拠地の孤島に単独上陸成功。今の所、反撃などの兆しはありません」
「了解。途中で銃撃されるかとも考えていたが、これといって問題はなかった様だな」
「そうですね。ですが、彼女なら銃撃の雨の中だろうが傷一つ負わないかもしれませんが、ね」
「確かにな」
『――フフ、聴こえてましてよ?』

 スピーカー越しに瑞科の声が船内へと響き渡った。

「なぁに、我々なりの賛辞というヤツだ。どうだね、白鳥クン。死地に赴いた感想は?」
「それはもうちょっとオブラートに……」
『そうですわね。プライベートにするには砂浜も整備する必要があるでしょうし、あまり良い場所ではありませんわね』

 瑞科の回答に、船内ではクスクスと笑いが巻き起こる。

「……やれやれ。キミがそう言ってしまっては、緊張感に欠けるな。敵は相当に厄介だぞ、気を引き締めたまえよ、諸君」
「はっ、申し訳ありません」

 やれやれ、とため息を漏らしながらも司令官は小さく笑う。
 死地に赴く戦士が冗談を漏らすなど、作戦を理解していない大馬鹿者か、あるいは作戦を前に危機感を感じる程の難易度ではないと余裕を持っているかの二択。

 まず確実に、白鳥 瑞科という女は後者なのだ。

 絶対的な実力と、鼻にかけても嫌味にすらならない程の圧倒ぶり。まさにその力があるからこそ、今こうして和気藹々とした任務かの様な雰囲気が流れる。

 本来であれば、今回の任務は数十名単位での戦闘を別に控えた、事前調査の潜入のみが目的だろう。


 そう。彼女でなければ、それが普通なのだ。


 幾度となく多くの戦場で傷一つ負わず、退屈そうに帰って来る彼女だからこそ、今回の任務は任せられるのだ。それは、この船内にいる誰もが感じている現実である。

 現場を預かる司令官として、出来る限りのサポートはするつもりだ。でなければ、自分達が来た意味すらなくなってしまうのだから。

「衛星班、周囲に人影がないかを当たれ」
「はっ」







◆ ◇ ◆ ◇






 人の手の行き届かない孤島。かと思えば、明らかに人工的な堀や道が作られ、頭頂部に向かって続いている。
 衛星写真上では何も確認されない島ではあるのだが、事前調査によると島内からエネルギー反応は明らか。ならば、それは地中から生まれている可能性があるのだ。

 潜入して捜査する斥候ですら近寄れなかった島なので、入り口も定かではないという。そんな場所で、潜入から掃討。更には施設の破壊をたった一人で行えというのは、いくら瑞科とは言え、少々手間が多い。

 おおよそ八十五平方キロメートル。伊豆大島と大差ない程度の土地を一人で散策するのは骨が折れる。

 瑞科はわざわざ視界の開けた場所へと姿を現し、雷撃を使って光源を発生させる。

「……フッ!」

 剣を勢いよく振り抜き、虚空を斬るかの様に見えたそれは、火花を散らして甲高い音を放った。

「見つけましたわ」

 視線の先、およそ数百メートルの場所へと歩き出した。




―――
――





 風がないのは僥倖だった。
 突如発した光源に向かって照準を合わせた男は、そこに立つ美しい女声に目を見開き、口笛を鳴らした。

「殺すのは惜しい美人だが、これも仕事なんでな」

 もう一度言う。風がないのは僥倖。
 弾道は狂わず、スポッターがいなくても狙撃は安易。だからこそ、彼は迷わず引鉄を弾いた。


 ――そして、彼は困惑した。


 遠距離から放った狙撃用のライフルは、確実に光源を放った女を撃ち抜いたはずだった。だと言うのに、突如剣を振るい、銃弾を切り捨ててみせたのだ。

「化け物かよ……!」

 二射目を装填し、引鉄を弾く。
 そして再び振るった剣が、火花を散らした。

 どうなっている。
 混乱した頭の中で、警鐘が鳴り響く。何処に逃げるでもない。既に肉眼で解る程に女は迫って来ているのだ。

「クソッ!!」

 第三射。
 先程よりも早い着弾時間。しかし、それも銀が弾いてみせた。

 もはや彼に逃げる気力はない。銃声を聞いた仲間がこちらに気付くまで、僅かでも時間を稼げれば重畳であろう。

 その判断は、相手の見た目が女だという事が惑わせた判断。

 銃弾を弾いてみせる相手に正面から挑む事など馬鹿げているのだが、パニック状態に陥っている彼は、その現実から目を背けていた。




――
―――



 飛び出してきた男はスナイパーライフルを投げ捨て、拳銃とサバイバルナイフを構えていた。
 瑞科は対峙した男に向かって、小さい口を開いた。

「施設の入り口まで、案内願えますかしら?」
「そんな真似出来る訳ねぇだろうが!」

 男は駆け出し、最初に拳銃を二射。しかし、それは倒れ込む様に上体を倒した瑞科にかすりもせずに虚空へと突き進む。
 慌てて銃口を向け直した男。そして、長く美しい髪とヴェールを揺らして、瑞科は再び口を開く。

「気は済みまして?」
「クソ、化け物が!」

 再び引鉄を引いた男。しかし、瑞科が歩み寄りながら銃弾を斬り落とす。そして、突如駆け出し、男との距離を詰めた。
 慌てた男がナイフを振り下ろそうと構えるその瞬間、喉元に鋭利な銀色が突き付けられた。

「……な……」
「化け物、というのは少々傷付きましたわ。これでも容姿を磨く事は怠ってませんのよ」
「……あ……ぁ……」

 途絶えがちの声は、男の絶望と驚愕を物語っていた。

 ――これには、どう足掻いても勝てない。

 その現実を銀の切っ先に乗せて突き付けられた男は、言葉を失って手から武器を落とす事しか出来なかった。

『おい、銃声が鳴っていたがどうした?』

 不意にインカムのスピーカーから響いた声に、瑞科が答える様に顎で促す。男はそっとそれを手に取り、声を絞り出した。

「す、すまねぇ。試射してただけだ」
『あぁ、そうか。あんまり無駄遣いすんじゃねぇぞ』
「あぁ、悪いな」

 自分の命を守る為の嘘。男はそう答えた後で瑞科の顔をまっすぐ見つめた。

「入り口の座標、教えてくださる?」
「――ッ、座標、だと?」

 男の声が強張る。
 この島の入り口は、GPSを使って座標で記録されているのは確かだ。しかし、何故それを眼前にいる瑞科が知っているのか、男にはそれが理解出来なかった。

 瑞科にとっては簡単な推理だ。

 目の前の男がインカムを手に取った際に見えた、小さいスマホ程度のタブレット端末。それが、座標を確認する為の機械だと判断出来たのだ。

「それ、お借りしますわね」
「え――」

 男の返事を待たずに、瑞科が男の横へと歩み寄り、端末を引き抜く。
 ふわりと舞った女の香りを鼻にした途端、男の後頭部に痛みが走り、そのまま男は気絶した。

「入り口はこちら、ですわね」

 端末を手にした瑞科は、まるで迷路のアトラクションを楽しんでいるかの様な飄々とした雰囲気で、赤い三角のある地点へと向かって歩き出す。






 ――入り口には、自然とはあまりに不釣り合いな人工的な扉がついていた。

 瑞科はその場に倒れている二人の男を放ったまま、その人工的な扉を開けて中へと足を踏み入れるのであった。





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