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<東京怪談ノベル(シングル)>


【掃討作戦】―U 殲滅





 人里から離れ、孤島に降り立った瑞科の目に移っているのは、先程までのそれとは全く違う物だ。
 明らかに人の手が加えられ、人工物で覆われた施設。真っ白な廊下。壁や天井も白く、上部を走るLEDの照明が建物の中を明るく照らしている。

「……お出迎えはなさそうね」

 拍子抜けした、とでも言わんばかりに瑞科は呟いた。
 堂々としたその歩く様は、まるでモデルがファッションショーの最中に歩くかの様な姿勢の美しさを魅せつけている。
 監視カメラに目を配せ、それでも隠れる様子もなく、自分の通った形跡を教えるかの様に一つ一つの監視カメラを銀閃と共に斬り裂く。

 こうすれば、敵の目は自然と瑞科に集中され、わざわざ取り逃す事もないだろうという心算。言うなれば、眼前に控えた敵勢への挑発である。

 たかだか女一人を相手に逃げ出す事が出来るのか、とでも言わんばかりに瑞科は堂々と歩き続ける。




 しばし続いた廊下を進んだ先で、瑞科は地面や壁を伝う振動を感じて足を止めた。瑞科の視線の先の扉から、ざっと十名程度の男達が姿を現した。
 手には刀剣やナイフを持ち、目は赤い眼光を宿し、その口からはだらしなく涎を垂らしいている。

 その姿は、独特の『魔憑き』の現象。
 低級の悪魔に身体を与え、人間とは到底思えない程の戦闘能力を手にするという、まさに諸刃の剣である。

 こうなってしまえば、すでに身体を元に戻す術はなく、上位の悪魔の指示によってのみその行動を決める事になる。
 まるで獰猛な獣が、獲物を前にして威嚇するかの様な声。すでに彼らには自身の意思は存在しておらず、ただの駒でしかない事が窺えた。

 だからこそ、瑞科は銀色の細い剣を鞘から抜き取り、髪を掻き上げる。

「躾がなっていないなんて、憐れな末路ですわね」

 クスっと笑った瑞科の一言がきっかけとなり、瑞科に向かって男達が飛び掛かる。

 人間とは思えないその速度は、やはり常人では対処出来ない。彼らが銃器を使わない理由は、シンプルに銃器では戦いにくいからである。
 身体能力が高ければ、わざわざ弾数に制限がある武器を好んで扱う必要はないのだ。

 しかし、それは瑞科も同じである。

 横薙ぎに振られた剣をバックステップでかわし、更に飛び掛かる獣の様な動きを誘いながら、後方へと退く。
 直線へと集まった所で、細剣を手に構えると、バリッと音を立てて剣が電気を帯びた。

 ――直後、一振りの一閃。

 真っ直ぐ駆け抜ける雷撃が男達の身体を捕らえ、飛びかかっていた物や男達の身体の動きが鈍く揺らぐ。
 本来であれば、この一撃に大の大人ですら意識を刈り取られ、倒れていたであろう。
 しかし、彼らはそれでも動けるのだ。

 否、動けてしまうからこそ、その後の瑞科の追撃に狙われる事となったのだ。

 バックステップで後方に下がっていた瑞科が一転、駆け出した。
 意識があれど、身体は電気信号を狂わされ、言う事をきかない。テンポが遅れた攻撃をひらりとかわす事など、瑞科にとって造作も無い事であった。

 一刀を身を屈め、その瞬間に舞った僅かな香水の匂いと共に血の臭いが広がった。
 挟み込もうと瑞科に駆け寄った男が、返り血によって目を潰され、さらに一閃によって葬られる。

 僅か一秒程度の所業。
 長くきめ細やかな髪を揺らし、瑞科は再び男達の視線が外れる様に動き出す。

 突き出されたナイフも、振りかぶられた剣も、全て受け止める事も傷付けられる事もせず、瑞科は通り抜ける。
 髪を振り上げ、胸を揺らしつつ、スリットから覗かせた脚はキュッと引き締まり、次の動作へ。髪が追い付こうと言う頃には既に次の挙動を取っている。

 ――剣舞、というものがある。

 剣を使って舞うその動きは美しく、その事から見世物として伝統とされてきた事がある程のものだ。
 まさにそんな物を眼前にしている様な錯覚。

 男達の中に眠っていた悪魔達は、その美しさに魅了されながらも命を刈り取られていくのであった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 十幾つ。
 それだけの『魔憑き』を相手に、そこまで圧倒的な戦闘能力で翻弄する者が、かつてこの世界にいただろうか。

 【教会】の潜水艇でモニターを見つめていた者達は、あまりにも目まぐるしく動いていた映像を、瑞科のヴェールを額の上で留める赤い宝玉に包まれたカメラ越しに見つめて息を呑んだ。

 それは、先程談笑していた事ですら納得出来てしまう程の圧倒的な実力。勝者の視線を示していた。

 司令官はこの映像を見つめ、背筋に嫌な汗をかいていた。

「……しょ、所要時間十一秒……弱……」

 戦闘開始から、瑞科が全てを地にひれ伏させるまでの所要時間。
 今回の任務に臨んでいた誰もが、その数字を聞いて口を開ける事となった。

 一人一秒弱というレベルではないのだ。
 戦闘開始から数秒を後方に引きながら釣り上げ、さらに攻撃を開始したのはつい先刻。

 そして早すぎる映像に追いついた次の瞬間には、細剣についた血を布で拭い、鞘に剣を納める姿と、倒れている『魔憑き』の男たちの姿。

 視線を落とし、鞘を見つめたのだろう瑞科。その先に映った身体には、返り血一つ浴びておらず、息切れしている様な荒い息遣いすら聴こえて来ない。

「……諸君、これが武装審問官の最高峰、白鳥 瑞科の戦いだ」

 かつてこの姿を見て、周囲の部下達と同様に口を開け、唖然とした事のある司令官は、改めて瑞科という存在を部下達に向かって告げた。







◆◇◆◇◆◇◆◇






 その後も同じ事を繰り返すかの様に、瑞科はぶれる事もなく敵と認識した相手を屠っていく。汗一つかかないその姿は、さながら歩いている最中に飛んできた小さな虫を手で追い払うのと同義であるかの様な光景であった。


 ――しかし、瑞科が不意に立ち止まった。


 かつて感じた事のない圧倒的な強者による殺意。それが今、瑞科が向かっている先から感じ取れたのだ。
 常人であれば身を竦め、その場に膝を折っているであろう程の凍てつく程の殺意。

「……面白くなりそうですわね」

 その言葉を紡ぎ出すにはあまりに不釣り合いな状況だと言うにも関わらず、瑞科はそう呟いて再び歩き出すのであった。





 ――最深部と思しき鉄扉。
 その前で瑞科は背を走る悪寒に武者震いしていた。

 この扉の向こう側に、この悪寒の正体がいるのだという事は瑞科も気付いている。

 鉄扉をゆっくりと開いた先に広がる赤黒い部屋。
 その部屋の灯りは、関節照明で照らされたかの様な薄暗さに包まれ、同時に血の臭いを充満させていた。

 五十畳程あるだろう広間に、血の臭いは充満し、こびり付いて乾いている。
 その中央にいる鈍い色を放った巨大な斧を持った悪魔は、体長三メートル程度はあるであろう大きさで、腕の一本だけでも瑞科の華奢な身体とほぼ同等な程の太さをしている。

「ギリシア神話に登場する牛頭人身の怪物……。ミノタウロス、ですわね」

 よもや伝説上の生き物が眼前に立ち尽くしている事に、驚きもしない瑞科。
 細剣で傷付ける事が出来るかどうかも怪しい相手に、小さく笑っていた。






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