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<東京怪談ノベル(シングル)>


【掃討作戦】―V 掃討





 赤褐色色の肌は隆々と盛り上がり、獰猛な瞳は紅く染まっている。伝説上の生き物が今、悪魔となって瑞科の眼前に立っていた。
 牛頭人身の怪物はその瞳を吊り上げ、瑞科を見つけて狂喜する。

 若い生娘の身体こそ、悪魔にとっては至高。ミノタウロスの餓えは咆哮と共に瑞科に向けられていた。

 ミノタウロスの後方に広がる亜空間への扉。恐らくそれこそが『門』としての役割を果たしている。起動する為に使われた血で描かれた魔法陣は煌々と赤い光を放ち、亜空間への扉はギシギシと軋む様な音を立てながらその口を大きく開こうとしている。

「聞こえてます? 門の閉じ方を調べておいて頂けます?」
『……あ、あぁ……。だが……』

 通信機越しの声は恐怖に震えている。映像越しに映ったミノタウロスの圧倒的な迫力を前に、画面越しだと言うのに怯えているのだ。

 ミノタウロスと対峙している瑞科は、こんなにも楽しそうに口角を吊り上げていると言うのに、それをモニターから見る事は出来ないのだろう。

 瑞科が細剣を構え、弾ける様に飛び出した。

 ミノタウロスはその鈍重そうな見た目とは裏腹に、俊敏な動きを見せて瑞科を迎え撃った。大地を割らんばかりに振るわれる大斧が、瑞科を捕らえようとしていた。
 しかし、瑞科はその切っ先の僅かな動きを見極め、一歩。右足を地面に叩き付け、揺れた髪を巻き込む様にクルッと左へと回りながら避ける。

「髪を切られるのは困りますわ」

 髪の毛さえ巻き込む事の出来なかった大斧は文字通り地面を砕いた。砂塵を巻き上げるも、その砂塵に飲み込まれる様な場所には瑞科の姿はない。
 すでに後方でミノタウロスの膝の裏に斬撃を見舞っていた。

 浅い手応え。

 身体の組織がそもそも違う。まるで岩でも斬り付けたかの様な感触に、瑞科は痺れかけた右手から剣を左手に持ち替え、後方へと飛ぶ。同時に横薙ぎに振るわれた大斧が瑞科がいた位置へと振られた。

 もしもそのまま立っていれば、間違いなく首を飛ばされていたであろう一撃。しかし、何も偶然ではない。僅かな動きから躍動した筋肉の動きが、ミノタウロスの動きを瑞科に教えていたのであった。

「鍛えあげられた自慢の肉体も、わたくしにとってはタイプではありませんわね」

 クスっと笑って告げた瑞科の言葉が挑発にすら思えたのか、再びの咆哮をあげるミノタウロス。
 真っ直ぐ振り下ろすだけでは捕らえられないと悟ったのか、今度は右手の大斧を振り上げ、斜めに振り下ろした。しかしそれも虚空を切る事となった。
 手応えもなく、動いた事にも気付かなかったミノタウロスは周囲を見回す。人間以上に嗅覚が鋭いミノタウロスでも、これだけ血の臭いが充満した室内では鼻が多少の麻痺を起こしていた。

 それが仇となる。

 瑞科はミノタウロスの更に上を飛び、雷撃を帯びた剣を振り下ろした。
 高熱を伴ったその斬撃はミノタウロスの肩口から深く入り込むが、それでも斬り裂くには至らない。それどころか、筋肉に引っかかり、細剣は抜けなくなってしまった。

 暴れるミノタウロスから離れ、素手のまま瑞科はミノタウロスと対峙する。

 好機と踏んだのは敵であった。
 ミノタウロスは武器を失った瑞科を攻撃しようと、再び大斧を振るう。しかしそれも瑞科には掠りもせず、瑞科の姿を見失った。

 先程の攻撃と同じ感覚に、ミノタウロスは上空を見つめた。
 そして、瑞科の姿を捕らえ、空中にいる瑞科へと大斧を振り上げる。

 しかし、突如大斧は瑞科に向かう程にその速度を衰えさせ、やがて瑞科は大斧をミノタウロスの真上で踏みつけた。

「自らの武器で潰してさしあげますわ」

 妖艶な笑み。スリットから覗かせた脚、ふわっと弾む胸。
 しかし、それらが全て寒気すら感じさせる程の魅力へと変わる。

 瑞科の言葉の意味を理解したのか、ミノタウロスは慌てて逃げ出そうと斧を手放そうとした。しかし、既に斧は支えられない程の重さを持ち、ミノタウロスの眼前へと落とされていく。

 まるで柔らかいチーズを裂く様に、何の抵抗もなくするりとミノタウロスの身体を両断した大斧は、地面に柄もろともにめり込んだ。

 返り血さえも地面にまっすぐ落ちていくその光景に、映像を見つめていた者達はようやく気づいた。

 ――瑞科の持つ重力操作。

 重力弾を斧に向けて放ち、その重力のみを使って斬り裂かせたのだ。
 瑞科がわざわざ同じ動きをして上空に位置取りしたのはその為だった。

 倒れたミノタウロスの身体から細剣を引き抜いた瑞科は、ツカツカと門へと歩み寄る。

「さて、あとは『門』を閉じればミッションコンプリートですわね」

 何を難しい事があったのか、とでも言わんばかりの余裕に満ちた瑞科の声が鳴り響いた。






◇◆◇◆◇◆






 【教会】へと帰って来た瑞科は、相変わらず任務に出る前と全く変わらない見た目で帰って来ていた。もしも瑞科が任務に出ていた事を知らない者が彼女を見れば、今日はオフの日だとでも思った事だろう。

 しかし、任務に出ていた事。それも、死地へと赴いていた事を知る者達から見れば、それは空恐ろしい光景である。

 ギリシャ神話に出て来たミノタウロスを相手に。そして、銃器を構えていた敵達にも触れさせもせずに殲滅した瑞科の戦いぶりは、それこそ次元が違うのだ。
 そんな現実を目の前にして、両手放しに喜んでいられる程に脳天気でいられる者は少ない。

 ――そう、彼を除けば。


「ご苦労だったな。よくやってくれた」

 任務の達成を報告した瑞科に、全幅の信頼を寄せられている神父が労いの言葉をかける。リムジンの中で会った時と同じく、どこか掴み所のない神父。
 それは瑞科も同じかもしれない。

「ミノタウロス。それなりに強い相手でしたわ」
「無傷で言う言葉ではないだろうな」
「あら、言いましたでしょう? “それなりに”、と」

 クスっと笑う瑞科の笑みは艶めかさを纏っていた。

「それなりに、か」

 瑞科につられて神父も小さく笑みを孕み、頷いて答えた。

「次の任務はありますの?」
「ハハハ、そうして仕事熱心なのは有難いが、そうそう君ばかりに全てを任せるつもりもない。まぁ少しぐらいゆっくり休んだらどうだ?」
「そこまで火急な用件はない、という事ですわね」
「そういう事だ。どうしても外せない任務にはお前の力が必要になる。休養はたまには必要なものだ」
「そういう事でしたら、お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 クルっと髪と胸を弾ませ、瑞科は執務室を後にするのであった。




                        to be countinued...