コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


これが休日の過ごし方?





 朝早く。
 まだ夜霧が僅かに残っている日の出直後の教会の中庭。風を斬る音が響きわたっていた。

 ピッチリとした黒いパンツにブーツ。上着は黒いタンクトップで、その女性らしい膨らみは否応なく存在を強調する。

 振られる度に音を奏でる剣。その銀色が昇った朝陽に照らされて煌めく。

 朝の鍛錬と呼ぶには、あまりにも速い剣の動き。そして、髪を舞わせる度に煌めきながら飛ぶ僅かな汗の雫。

 誰かが彼女の戦い方を剣舞と称する様に、その光景は舞いを見るよりも美しく、しなやかな身体と上気した頬は男女関係なく見惚れる事は必至であろう。


 それが、白鳥 瑞科という女性である。


 朝の鍛錬は本来、祈りを捧げた後で瞑想に耽るなどと言った、いわゆる『静』の鍛錬が多い。『動』の鍛錬は昼前などに行われる事が多いのだが、瑞科の場合はこの逆を行う事が多い。

 これは、火急かつ重要な任務に当たる瑞科だからこその訓練スタイルであり、武装審問官としてはなかなか珍しい形となる。

 朝の礼拝こそ不参加でも認められるのだが、瑞科は朝に『動』の鍛錬を行い、シャワーを浴びてから朝の礼拝も欠かさない。
 敬虔な信徒として、周囲からは尊敬すらされている所以はそこにある。



 正直な所、瑞科にとっての休日とは任務がない日そのものと変わらない。


 お嬢様口調である事や、品のある佇まいや行動から、瑞科はどうにもお嬢様気質である様に思われる事もあったのだが、その実は全く逆であった。

 それらを認めさせるだけの努力と実力。そして、誰に対しても物怖じしない確固たる自身の誇りを胸に秘めているからこそ、彼女は強く美しいと称される。


 だからこそ、任務のない休日でも鍛錬を欠かす事はしない。






 【教会】は表向きには一般と変わらない教会の形を取ってはいる。
 しかし、この瑞科のいる教会は広く、歴史ある建物である事から、その敷地は広く、さながら城塞の様に囲まれた環境である。

 武装審問官という立場である瑞科達にとって、この場所での勤務はまさにエリート街道である。何せ、【教会】の中でも中枢の中枢。選ばれた教会の人間にしか、立ち入りすら許されない様な場所だからだ。

 しかし、この日は違った。
 朝食を食べていた瑞科に、同僚の女性武装審問官が声をかけてきた。

「ねぇねぇ。今日の洗礼式、瑞科も見に行かない?」
「洗礼式ですか?」

 洗礼式とは、武装審問官のランク分けを行うという、言うなればテストの様なものだ。各地の教会からこの場所に集まり、戦闘能力を調べ、任務における戦力のランクを決める。

 ランクとはGランクからSランクまであり、それぞれの評価を示したものである。

 言うまでもなく、教会随一の実力を持つ瑞科は、Sランクを通り越え、SSS《トリプルS》ランクと呼ばれている存在である。

 ちなみにこの教会にいる武装審問官は、最低でもBランク以上でなくてはならない。

 Bランク以下であれば、他の教会に飛ばされる事もあるのだ。
 そして瑞科に話し掛けてきた彼女はSランク。瑞科には及ばずとも、実力は既にトップクラスに仲間入りしている為、洗礼式は参加する必要がないのだ。

「色々な場所から来る実力者だし、Sランク以上なら見に行ってあげた方が気合も入るだろうしさ。ね?」
「とは言ってますけど、本当は誰かに見に行くって約束して、一人じゃ行きにくいだけじゃありませんの?」
「う……ッ」
「それに、わたくしは特に興味もありませんわ」
「えー、どうしてー?」
「わたくしはソロが多いので、チームでの活動もありませんわ。ですから、誰がどの子達と組むのか。それに、どの子がウチに来るのか、なんて事、気にした事もありませんもの」

 実際、瑞科の任務は一人で動く事が圧倒的に多い。もちろんサポートはいるのだが、戦地では自分が背中を預けるぐらいならば、一人の方が対処出来る程の実力差を持ちあわせているからだ。

「そんな事言わないでよー。それに、今年はちょーっと面白そうなのがいるんだよね」
「面白そう?」
「うん。SS《ダブルS》ランクになるんじゃないかって言われてる子。今度からここで働くらしいんだけど、その子は洗礼式出るらしいから」
「珍しいですわね」
「なんか、洗礼式に出て自分の実力をアピールしたいみたい。SSランクなら瑞科も組むかもしれないでしょ?」
「……どうでしょうね」







―――
――








 結局、瑞科は洗礼式の見学に連れられていた。
 総勢五十名程度。各教会のトップ武装審問官達が、今まさに最高峰にいるのだと自覚してか緊張感を漂わせながら整列している。

 そんな中、瑞科が一人の少女に目を向けた。

 赤い髪をした少女は、明らかに周囲とは異質な雰囲気を放っている。

「お、早速目をつけたね」
「あの子、ですか?」
「そう。ここ数ヶ月でメキメキと腕をあげて、あの“ベルメット”のトップにまで上り詰めてる子だよ」
「……そう、ですか」

 瑞科達の会話を他所に、洗礼式が始まる。

 洗礼式はそれぞれの代表がトーナメント式で戦う、試合形式を取っている。とは言え、武器も真剣を使い、能力を使用する事も許されている為、時には死傷者も出る危険なものだ。
 しかし、これは武装審問官として通らなくてはならない道。かつて瑞科も、この洗礼式には参加した事があるのだ。

 トーナメントが開始し、次々と戦う武装審問官の女性達。
 そして、ついに赤毛の少女の番が訪れた。

「やっと来たねぇ」
「……おかしい、ですわね」
「どうしたの?」

 洗礼式が始まり、赤毛の少女が剣を構えて動き出す。
 それと同時に、瑞科がその場から飛び出し、洗礼式の舞台上へと躍り出て少女の剣を弾き飛ばした。

「――ッ!」
「瑞科!?」

 突然の横から攻撃に唖然とする参加者や閲覧者。
 そんな中、いつもの武装服を身に纏っていた瑞科が少女を見つめ、剣の切っ先を少女に向けた。

「悪魔ですわね。シスターでありながら、悪魔に心と身体を捧げるとは何事です?」

 瑞科の言葉に、周囲の人間は息を呑んだ。
 赤毛の少女はニヤリと口角を吊り上げ、瑞科を睨み付ける。

「死ねぇぇぇ!」

 襲い掛かる凶刃。しかし、瑞科は動じる事もなく剣の切っ先を弾き、すれ違い様に少女の首をトンと叩いて意識を刈り取った。

「早く祓わなくては……。どなたか、祓魔師を!」
「は、はい!」






◆◇◆◇






 結局、瑞科の休日はこうして洗礼式に飛び込み、紛れ込んだ悪魔の正体を見破って拘束する事で一日を終えようとしていた。

 悪魔は少女に取り憑き、教会の中へと侵入して武装審問官を暗殺する心算であったそうだ。それは、瑞科が捕まえた少女が正気を取り戻してから聞かされた事件の顛末であった。

 瑞科は見事に休日らしく何ともない一日を、悪魔と見破れる程の鋭い目の持ち主という評価を受ける形となって、休日に幕を引いたのであった。







                               FIN




■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

ご依頼ありがとうございました、白神 怜司です。
結局五話目も事件が起きてしまいましたが、
瑞科さんの実力によって、大惨事となる前に決着がつきました。

色々と書かせて頂きましたが、
お楽しみ頂ければ幸いです。


それでは、今後とも是非とも宜しくお願い致します。

白神 怜司